西暦2072年の結婚〈2〉 2人の夫を持つ女

直美仁美が立花真弓にすすめたのは、
ダブルやトリプルといった「複婚」だった。
「たとえばこの人」と直美が取り出した
女性のプロファイルに立花は息を吞んだ。
かわいいッ! しかし、彼女にはすでに
2人の夫と2人の子どもがいた——。
連載 西暦2072年の結婚
第2章 2人の夫を持つ女

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「かわいいでしょ、その子?」
「その子……?」
立花は、思わずその言葉を復唱した。直美コンシェルジュの言い方が、まるで、マッサージ店やサロンの受付嬢のように聞こえたからだ。
「あ、失礼しました。お客様に向かって『子』はないですよね。でも、かわいいでしょ、その人?」
プロファイルに添付された写真を見た瞬間、立花は「ハッ」と息を?んだ。
長い髪を後ろ手にシュシュでまとめようとしているポーズで、カメラを見てニコリとほほ笑んで見せているショット。どう見ても、自撮りではない。しかし、写真館で撮ったのでもない。だれか親しい人間に気を許して撮らせた写真。そんなショットに見える。コンシェルジュの言うとおり、その笑顔は、アニメのキャラのようにかわいく、どこ妖精っぽくもあった。
「その方、実はいま、3人目の夫が欲しいと探していらっしゃるんですよ」
「エッ!」と思わず声が出た。妖精のような無垢な顔立ちと「3人目の夫」という言葉が、どうしても結びつかなかった。
「どうしても会社に出て働くというのがいやだとおっしゃるんですよね。ご希望は、家で家事をこなしながら、子どもを育てて一生過ごしたいんですって。子どもは、最低でも3人は育てたいとおっしゃってますねェ」
「さ、3人?」
「最低でも……ですよ。そんなご希望をかなえるには、私どもの分類で言うと、マネジャー・クラスか、オフィサー・クラスの上に属する男性を選ばないとムリ、ということになるのですが、そういうクラスの方たちは、同じクラス同士でまとまりたいという方が多くて、うまくマッチングできないんですよ。それに……」
と、直美コンシェルジュは、ファイルをめくりながら立花の顔をのぞき込んだ。
「この方、ちょっと変わってましてね、いくら希望が満たされても、上流クラスの男性とは人生を共にしたくないとおっしゃるんです。あくまで、庶民として暮らしたい――って。いまどき、珍しいでしょ?」
「ヘェ……」と感心しながら、立花は気になっている質問をぶつけた。
「庶民として暮らすにしても、専業主婦となって子どもを最低でも3人――ってなると、それなりに費用はかかりますよね? この人は、そこらへんをどうするつもりなんでしょう?」
「この会員さんが出しておられる条件は、夫となる男性にはその収入を、いったんすべて、家庭に入れてもらうってことですね。家賃も、光熱費も、食費も、服飾費も、雑費も、すべて妻がマネジメントしてまかない、夫には、お小遣いとして収入額の15%を渡す。そんな条件になっていますねェ」
「それでやっていけるんですかね?」
「いま、夫になっておられる男性2人の月収は、手取りで18万と19万ちょっとですから、合計で37万強ってところですか。その中から、お小遣いとして2万7千円と2万8千円、合計5万5千円を渡してしまいますから、残り31万5千円で、妻と夫2人、子ども2人の生活費すべてをまかなうわけです。ショージキ、かなりきついようですよ。でもね、そこにもうひとり、月収20万程度の夫が加われば……というわけです」
そうなると、ざっと48~49万で家計をまかなうことになる。
妻と夫2人、こども2人、計5人が31万5千円で暮らすとすると、ひとりあたりにかけられる生活コストは6万3千円。しかし、夫1人と子ども1人が増えて、計7人が49万で暮らすことになれば、ひとりあたり7万まで使えることになって、いくぶんラクにはなる。
計算としては成立する。
自分たち下流の人間が、家庭を持って子どもを育てていくには、それしか方法がないのかもしれない。
しかし、愛情問題としてはどうなのか?
「その子……?」
立花は、思わずその言葉を復唱した。直美コンシェルジュの言い方が、まるで、マッサージ店やサロンの受付嬢のように聞こえたからだ。
「あ、失礼しました。お客様に向かって『子』はないですよね。でも、かわいいでしょ、その人?」
プロファイルに添付された写真を見た瞬間、立花は「ハッ」と息を?んだ。
長い髪を後ろ手にシュシュでまとめようとしているポーズで、カメラを見てニコリとほほ笑んで見せているショット。どう見ても、自撮りではない。しかし、写真館で撮ったのでもない。だれか親しい人間に気を許して撮らせた写真。そんなショットに見える。コンシェルジュの言うとおり、その笑顔は、アニメのキャラのようにかわいく、どこ妖精っぽくもあった。
「その方、実はいま、3人目の夫が欲しいと探していらっしゃるんですよ」
「エッ!」と思わず声が出た。妖精のような無垢な顔立ちと「3人目の夫」という言葉が、どうしても結びつかなかった。
「どうしても会社に出て働くというのがいやだとおっしゃるんですよね。ご希望は、家で家事をこなしながら、子どもを育てて一生過ごしたいんですって。子どもは、最低でも3人は育てたいとおっしゃってますねェ」
「さ、3人?」
「最低でも……ですよ。そんなご希望をかなえるには、私どもの分類で言うと、マネジャー・クラスか、オフィサー・クラスの上に属する男性を選ばないとムリ、ということになるのですが、そういうクラスの方たちは、同じクラス同士でまとまりたいという方が多くて、うまくマッチングできないんですよ。それに……」
と、直美コンシェルジュは、ファイルをめくりながら立花の顔をのぞき込んだ。
「この方、ちょっと変わってましてね、いくら希望が満たされても、上流クラスの男性とは人生を共にしたくないとおっしゃるんです。あくまで、庶民として暮らしたい――って。いまどき、珍しいでしょ?」
「ヘェ……」と感心しながら、立花は気になっている質問をぶつけた。
「庶民として暮らすにしても、専業主婦となって子どもを最低でも3人――ってなると、それなりに費用はかかりますよね? この人は、そこらへんをどうするつもりなんでしょう?」
「この会員さんが出しておられる条件は、夫となる男性にはその収入を、いったんすべて、家庭に入れてもらうってことですね。家賃も、光熱費も、食費も、服飾費も、雑費も、すべて妻がマネジメントしてまかない、夫には、お小遣いとして収入額の15%を渡す。そんな条件になっていますねェ」
「それでやっていけるんですかね?」
「いま、夫になっておられる男性2人の月収は、手取りで18万と19万ちょっとですから、合計で37万強ってところですか。その中から、お小遣いとして2万7千円と2万8千円、合計5万5千円を渡してしまいますから、残り31万5千円で、妻と夫2人、子ども2人の生活費すべてをまかなうわけです。ショージキ、かなりきついようですよ。でもね、そこにもうひとり、月収20万程度の夫が加われば……というわけです」
そうなると、ざっと48~49万で家計をまかなうことになる。
妻と夫2人、こども2人、計5人が31万5千円で暮らすとすると、ひとりあたりにかけられる生活コストは6万3千円。しかし、夫1人と子ども1人が増えて、計7人が49万で暮らすことになれば、ひとりあたり7万まで使えることになって、いくぶんラクにはなる。
計算としては成立する。
自分たち下流の人間が、家庭を持って子どもを育てていくには、それしか方法がないのかもしれない。
しかし、愛情問題としてはどうなのか?

「もちろん、子どもを作るわけですから、夫たちは、全員でひとりの妻を共有することになるわけです。嫉妬心が強い人、独占欲が強い人には、おすすめできない結婚スタイルなんですけどね。どうです? 立花さんが、もしダブルとかトリプルのコースを選ばれたとしたら、奥さんが他の男性と仲よくすることに耐えられますか?」
直美コンシェルジュは、探るような、挑みかかるような目で、立花の目を下からのぞき込んできた。
「そんなに独占欲は強くないほうだとは思いますが、でも、まったく嫉妬しないかと言うと……」
「じゃ、具体的にお訊きしますね」
まるで尋問を受けているようだ。テーブルの上で組み合わせた手に思わず力が入る。そこへ、コンシェルジュがゆっくり両手を伸ばしてくる。伸ばした手で握り締めた立花真弓の手をそっと包み込むようにしながら、トーンを落とした声が、やさしく、しかし、諭すように問いかけてきた。
「もしもですよ、立花さんの目の前で、あなたの妻となった女性が、他の男性……と言っても、その人も彼女の夫なんですが、何かで元気をなくしているその人の手を、こんなふうにやさしく包み込んでなぐさめていたりしたら、あなたはそれを冷静に見ていられますか?」
このコンシェルジュの手、細くてすべすべしている――と感じながら、立花は「ウン」とうなずいた。
「じゃ、その彼女の頭がゆっくりと男性の肩に傾いたら? 男性がその肩を抱き寄せ、やがてふたりが、あなたの目の前でキスを始めたら?」
言いながら、コンシェルジュは立花の手を包み込んだ手のひらに、少し力を込めた。
「ま、自分も負けずにガンバろう――とか思うんじゃないですかね。ふたりがシリアスな雰囲気なら、そっと席を外すし、単にじゃれてるだけと思ったら、今度はオレ――っていうふうに、横から口を突き出すかもしれないし……」
「なるほどね」
そう言って、コンシェルジュは包み込んでいた手を引っ込めた。

歳はいくつぐらいだろう?
そう思いながら、立花真弓は、直美仁美の顔と上半身を眺めていた。
おそらく20代前半ではない。しかし、40代ではない。包み込んでくれたときの手のひらの感触は、ザラザラでもなく、ベタベタでもなく、そこそこ脂肪のやわらかさを感じさせながら、細く、しなやかだった。
行ってても30代ちょっと。もしかしたら、20代後半。
階層的には、おそらく中流の下。彼女たちの会社の分類に従えば、かろうじて「オフィサー・クラス」というところだろうか。
彼女自身の結婚はどうなっているんだろう――と思ったが、彼女の指には、既婚者リングははめられていなかった。もしかしたら、彼女自身も「生涯未婚」組なのか……。
黒いタイトスカートに白いブラウス、短い髪を、昔あったという宝塚の男組のようにひっつめにした外観からは、どこにも、「男を魅了しよう」という下心が感じられなかった。
しばらく、タブレットに向かってカチカチと何かを打ち込んでいたが、それがすむと、「よし!」と声を出して画面から指を離し、首を右に15度、左に15度傾けて、コキッと頸骨を鳴らした。
「では、立花さん。よかったら、この女性と一度、会ってみますか?」
会員ナンバー35703201。吉高麻衣、31歳。
それが2人の夫と2人の子どもを持ち、3人目を探しているという女のプロファイルだった。
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【右】『『チャボのラブレター』
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管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



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