西暦2072年の結婚〈1〉 下流、結婚すべからず

日本の人口が8000万人台に突入した
西暦2070年代の初め、立花真弓は、
もはや数少なくなった結婚情報会社の
オフィスでカウンセリングを受けた。
しかし、そこで紹介された結婚の形は、
立花が想像もしていないものだった——。
連載 西暦2072年の結婚
第1章 下流、結婚すべからず
「エーと、立花さんでしたよね。運送会社勤務となっていますが、具体的にはどんなお仕事をなさっているんですか?」
身上書をパラパラとめくりながら、担当の直見というコンシェルジュが、「どうでもいいんですけどね」という調子で尋ねてきた。
2010年代までは、結婚情報産業のトップを走り続けていた「I&You」のオフィス。そのカウンセリング・ルームで、立花真弓は、入会手続きをするために面接を受けていた。
「仕事は、ま、トラックの運転とか荷物の配送とかですかねェ」
「ということは、ワーカーですね?」
「ワ、ワーカー……?」
「ワーカーっていうのは、時間給、日給、月給などの賃金を得て一般的な労務を提供する、という働き方をしている方たちのことを言うんですよ」
「I&You」では、会員を3つの階層に分けて、結婚戦略を練っているという。
「ワーカー」のほかに、「オフィサー」「マネジャー」という階層が設定されている。
「オフィサー」というのは、本来は、軍隊の高級士官や官吏、会社であれば部課長クラス以上の管理職を指す言葉だが、「I&You」では、単に「管理職クラス」という意味で使ったり、高度な専門知識や技術を備えて「専門職」として組織の中での地位を確立または自立して活動している人たちを指す用語として使っている。
会社で言えば、人事部長も秘書課長も営業部長も顧客サービス課長も「オフィサー」だし、技術開発部署などの研究職も「オフィサー」、大病院の医師も開業医も、個人で税理士事務所などを開業している人も、「オフィサー」という分類に属する。
「マネジャー」は、一般的には、支配人、店長、経営者などを指す言葉として使われるが、「I&You」では、ある一定の組織を統括し、その資金・人事などを動かすことのできる人間、という意味で使っている。
会社で言えば、役員以上の経営者、会社や大型店舗などのオーナー、病院の理事や学校の校長や理事、そして政治家なども、「I&You」では、この階層に分類している。
「それでですがね、立花さん」
「結婚コンシェルジュ 直美仁美」というIDカードを胸にぶら下げた彼女が、やや言いにくそうに口を開いた。
身上書をパラパラとめくりながら、担当の直見というコンシェルジュが、「どうでもいいんですけどね」という調子で尋ねてきた。
2010年代までは、結婚情報産業のトップを走り続けていた「I&You」のオフィス。そのカウンセリング・ルームで、立花真弓は、入会手続きをするために面接を受けていた。
「仕事は、ま、トラックの運転とか荷物の配送とかですかねェ」
「ということは、ワーカーですね?」
「ワ、ワーカー……?」
「ワーカーっていうのは、時間給、日給、月給などの賃金を得て一般的な労務を提供する、という働き方をしている方たちのことを言うんですよ」
「I&You」では、会員を3つの階層に分けて、結婚戦略を練っているという。
「ワーカー」のほかに、「オフィサー」「マネジャー」という階層が設定されている。
「オフィサー」というのは、本来は、軍隊の高級士官や官吏、会社であれば部課長クラス以上の管理職を指す言葉だが、「I&You」では、単に「管理職クラス」という意味で使ったり、高度な専門知識や技術を備えて「専門職」として組織の中での地位を確立または自立して活動している人たちを指す用語として使っている。
会社で言えば、人事部長も秘書課長も営業部長も顧客サービス課長も「オフィサー」だし、技術開発部署などの研究職も「オフィサー」、大病院の医師も開業医も、個人で税理士事務所などを開業している人も、「オフィサー」という分類に属する。
「マネジャー」は、一般的には、支配人、店長、経営者などを指す言葉として使われるが、「I&You」では、ある一定の組織を統括し、その資金・人事などを動かすことのできる人間、という意味で使っている。
会社で言えば、役員以上の経営者、会社や大型店舗などのオーナー、病院の理事や学校の校長や理事、そして政治家なども、「I&You」では、この階層に分類している。
「それでですがね、立花さん」
「結婚コンシェルジュ 直美仁美」というIDカードを胸にぶら下げた彼女が、やや言いにくそうに口を開いた。

「立花さんの場合だと、当社では、ワーカーズ・マリッジというコースを選んでいただくことになると思うんですが、ただ……このコース、所属している女性会員が少ないんですよ」
この女、ほんとうにショーバイをやる気があるのか――と思いながら、立花は「エッ、そうなんですか?」と、驚いて見せた。
「みなさん、生活するのにいっぱいいっぱいで、とても結婚のことまで考えられないっていう人が多いようなんです」
コンシェルジュは、手元に用意したタブレットの画面をパッパッと開きながら、「ウーン……」と悩ましい声を挙げた。
「いなくはないのですが、やっぱり……みなさん、ご希望されるお相手がオフィサーとかですねェ」
次々と画面に呼び出した女性会員のデータを見ながら、絶望的に首を振る。
「やっぱり、あれですか、立花さん。どうしてもシングル・マリッジにこだわりたいですか?」
「ハ……?」と、立花は思わず声を挙げた。
「つまりですね、立花さんは、あくまで1対1のカップリングをご希望でしょうか、ということなんですが……」
「ていうか、カップリングって、ふつうは1対1じゃないんですか?」
「あら、立花さん、ご存じじゃなかったんですか?」
「な、何をですか?」
「夫婦が男1対女1のカップルで成り立つっていうの、もう、40年も前の常識ですよ。2033年の民法改正で、重婚を禁じる732条が廃止されたんですが、それ、ご存じじゃありませんでしたか?」
「ハ、ハァ……」
それは、まだ立花真弓が生まれる前の話だった。

日本中が東京オリンピックでかりそめの賑わいを見せた2020年の5年後、日本の厚生労働省から驚くべき数字が発表された。
日本の男性の「生涯未婚率」が、ついに50%を越えた。女性も40%を越えた。このままでは、日本の男女社会から「結婚」という制度が消えてしまいかねない。もちろん、少子化はもはや止めようもなくなる。
男女の出会いをマッチングし、プロデュースする結婚情報産業も、次々に倒産していったが、そんな中、危機感を募らせた国が踏み切ったのが、民法の改正だった。
「配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない」と定めた《民法732条》を廃止し、1人の夫が複数の妻を持つ「一夫多妻」も、1人の妻が複数の夫を持つ「一妻多夫」も、婚姻の形として認めよう――ということになった。それが、2033年、いまから40年近く前の話だった。
この民法改正を受けて、一部の結婚情報会社が始めたのが、「Wマリッジ」とか「トリプル・マリッジ」と呼ばれる「複婚」のあっせん業務だった。
なぜ、「複婚」が注目されるようになったのか?
理由は、ひとつしかなかった。
「I&You」が「Wマリッジ・コース」を売り出したとき、日本は、全世帯の60%強が、「年収300万以下」の「下流階級」で占められていた。「年収400万~900万」の「中流階級」が30%強。それを、わずか4%強の「上流階級」が支配する、完全な格差社会になっていた。
絵に描いたようなデートを楽しみ、あるいは見合いを重ね、盛大なパーティを催して結婚生活を始めるなんていうのは、「上流階級」か、せいぜい「中流階級」の上までの話で、「下流階級」には「結婚」そのものが、かなりハードルの高い目標となった。それ以前に、「結婚しよう」というモチベーションそのものがわいてこなくなっていた。
「私どもでワーカーと呼んでいるクラスですと、みなさん、ご自分の生活を維持するだけで精いっぱい――というのが実情だと思うんですよ。とても、結婚どころじゃない。少なくとも、男性ひとりの収入で家族を維持するなんて、とてもできないでしょ? 夫婦ふたりだけなら、何とか食べていくことぐらいはできるかもしれないけど、子どもができたら、その養育費は? 教育費は? ってなりますよね」
このコンシェルジュは、自分に結婚をあきらめさせようとしているのだろうか――と、立花は思った。
しかし、そうではなかった。
「そこでなんですが……」と、直美仁美がファイルから取り出したのは、一枚の女性のプロファイルだった。
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【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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