「放置」の街から〈21〉 かわいいわがまま

花屋の脇に放置された自転車は撤去された。
それは、彼女の新しい人生のスタートを
意味した。そのスタートに新しいワインを。
約束のワインバーに足取り軽くやってきた
彼女は、「きょうは飲みたい気分」と、
目を輝かせ、ボトルを注文した――。
連載 「放置」の街から
第21章 かわいいわがまま
それは、彼女の新しい人生のスタートを
意味した。そのスタートに新しいワインを。
約束のワインバーに足取り軽くやってきた
彼女は、「きょうは飲みたい気分」と、
目を輝かせ、ボトルを注文した――。
連載 「放置」の街から
第21章 かわいいわがまま

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A番の勤務は、午前10時で終わる。
集合場所に戻ったオレの顔は、どこかニマついていたのかもしれない。
「何、ニヤニヤしてるんだよ」と、高木長老には突っ込まれたが、しかし、その理由には、だれも気づいてないようだった。
「お疲れさんでした」と駅へ向かおうとすると、「あ、松さん」と、リーダーの倉橋嗣義が声をかけてきた。
「来週のお別れ会なんだけど、ちょっと、場所を変更しようかって話になって……」
最初は、中華料理店を予定していたが、その店が「店内全面禁煙」になってしまった。喫煙者の都合も考えて、居酒屋に変えることにしたけど、いいか――という話だった。
「いい」も「わるい」もない。班のメンバーの中でタバコを吸うのは、リーダーの倉橋とオレだけだった。もうひとり、マナーのわるい喫煙者がいたが、その坂口昭一は、もう第7班にはいない。というより、「放置自転車防止」の指導員から外された。市民からの通報で路上喫煙を咎められたリ、強圧的で説教調の指導への抗議を受けたりしたことが、市からセンターに通告され、センターがメンバーから外すことを決めたのだ。
結局、第7班は、1名欠員のまま、半年間の任務を終えることになった。
「ほんとは、川添さんもいてくれたらよかったんだけどね」
倉橋リーダーは、亡くなった川添益男への追悼の想いを口にした。
川さんと飲んで、この班での仕事を終えたかった――と、オレも思った。
「ところで……」と、倉橋リーダーがオレの顔をのぞき込むようにして言った。
「花屋の自転車、とうとう、警告書貼ったんだね?」
「もう、待つの、止めたんだそうですよ」
「ヘェ、そう……」
そりゃよかった――というふうに目を細めて、ロータリーの彼方をあごでしゃくって見せた。
「こちらは、M市役所です。駅付近は、自転車の放置禁止区域と……」
テープの音声を流しながら、1台の白いトラックがロータリーに進入してくるのが見えた。
集合場所に戻ったオレの顔は、どこかニマついていたのかもしれない。
「何、ニヤニヤしてるんだよ」と、高木長老には突っ込まれたが、しかし、その理由には、だれも気づいてないようだった。
「お疲れさんでした」と駅へ向かおうとすると、「あ、松さん」と、リーダーの倉橋嗣義が声をかけてきた。
「来週のお別れ会なんだけど、ちょっと、場所を変更しようかって話になって……」
最初は、中華料理店を予定していたが、その店が「店内全面禁煙」になってしまった。喫煙者の都合も考えて、居酒屋に変えることにしたけど、いいか――という話だった。
「いい」も「わるい」もない。班のメンバーの中でタバコを吸うのは、リーダーの倉橋とオレだけだった。もうひとり、マナーのわるい喫煙者がいたが、その坂口昭一は、もう第7班にはいない。というより、「放置自転車防止」の指導員から外された。市民からの通報で路上喫煙を咎められたリ、強圧的で説教調の指導への抗議を受けたりしたことが、市からセンターに通告され、センターがメンバーから外すことを決めたのだ。
結局、第7班は、1名欠員のまま、半年間の任務を終えることになった。
「ほんとは、川添さんもいてくれたらよかったんだけどね」
倉橋リーダーは、亡くなった川添益男への追悼の想いを口にした。
川さんと飲んで、この班での仕事を終えたかった――と、オレも思った。
「ところで……」と、倉橋リーダーがオレの顔をのぞき込むようにして言った。
「花屋の自転車、とうとう、警告書貼ったんだね?」
「もう、待つの、止めたんだそうですよ」
「ヘェ、そう……」
そりゃよかった――というふうに目を細めて、ロータリーの彼方をあごでしゃくって見せた。
「こちらは、M市役所です。駅付近は、自転車の放置禁止区域と……」
テープの音声を流しながら、1台の白いトラックがロータリーに進入してくるのが見えた。

夕闇が迫る頃、オレは、再び、Y駅に戻った。
すでに、C番は勤務を終え、駅前に指導員の姿はなかった。花屋の前に出されて、オレが警告書を貼った自転車も、無事、撤去されたのだろう、すでに姿がなかった。
フローリスト・中田志穂が「気になっている」と口にしたワインバーは、花屋とはロータリーを挟んだ反対側の雑居ビルの3階にある。
その1階のコンビニの前――が、待ち合わせの場所だった。
そんな待ち合わせをするのは、いつ以来だろうと記憶をたどったが、思い出せなかった。それくらい昔の話、ということだ。
約束は、午後6時。しかし、オレは、10分前にはコンビニの前に着いた。集合時間の10分前には現地到着。指導員の仕事を始めて身に着いた習性が、こんなときにも顔を出す。
案の定、彼女はまだ、到着していなかった。
そうだよな、早すぎるよな。そう思いながら、ロータリー周りの雑踏に目を凝らした。その目が、無意識のうちに放置された自転車を探していることに気づいて、思わず苦笑いが浮かぶ。夕方になってどこからか集まってきた黒い鳥が、「カァ~」と鳴き、「ギャア~」とわめいた。
3分ほど経っただろうか。そうして目視している雑踏の中を、スイスイ……と、グッピーのように泳いでくる春の色が目に留まった。
黒いデニムの上に、淡い桜色のニット。肩の上で切り揃えられたセミロングが、一歩踏み出すたびに、ピョピョンと跳ねている。もう、「お嬢さん」と呼べる歳ではない。しかし、その足取りは、「おばさん」と呼ぶには少し若やいでいる。
駅のほうからロータリーを回って近づいてくるその足取りは、コンビニの前に立つオレの姿を確認すると、タッタッ……と、小走りに近くなった。
そんなに急ぐと転ぶゾ。
その姿を見ながら、オレがつぶやいた言葉は、ほとんど、ジジイが歳の離れた娘にかける言葉だった。

「きょうは、私のわがままにつき合ってくださって、ありがとうございます」
ワインのグラスを合わせると、中田志穂は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いやいや」とオレは首を振った。
「あなたのようなお嬢さんから、わがままを言われるのは、どっちかと言うと好きですから」
「お嬢さん……って、私が?」と、テレたのか、ちょっとうれしいのか、わからないような笑みを口元に浮かべて、「でも……」と言う。
「わがまま言ってくれる人なら、いっぱいいるでしょ? 奥さんとか、娘さんとか、お孫さんとか……」
「全部なし――です」
「エッ……?」
「最初のひとつ目がいないから、2つ目もなし。2つ目がなしだから、3つ目もなし。情けない男なんですよ」
「もしかして、結婚なさらなかったんですか?」
「すみません」
「別に謝ることじゃないと思いますけど……」
「日本の少子化を招いた責任の一端は、私にもあるんじゃないか――なんてね」
「じゃ、私も同罪かな」
中田志穂には子どもがいならしい――ということが、それでわかった。子どもを作るような関係性が夫との間では作れなかったのか、それとも、子どもを作れなかったから、結局は、別れることになったのか? いろんな想像が頭の中を駆け巡ったが、それ以上は訊かないでおくことにした。
ピザをつまみに、グラスで注文したワインを飲んでいたオレたちだったが、一杯目のグラスを空けたところで、彼女が言い出した。
「もしよかったら、ボトルでもらいませんか?」
「あまり、強いほうではないけど……」と言うと、「私も……」と言う。「でも、きょうは」と、彼女が口を開いた。
「自転車を撤去してもらった記念日だし……」
「自転車を撤去」は、「夫と決別した」という記念日でもある。
「だから、きょうは、ちょっと飲みたい気分なんです」
言いながら、彼女の目が、少し怪しく光った。
オレは、その気分につき合うことにした。
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2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
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妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
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2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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