「放置」の街から〈4〉 警告と撤去

放置自転車
放置自転車に警告書を貼るオレたちと、
それを撤去する撤去グループの作業員は、
本来なら、協力し合う関係にある。
しかし、ときにはぶつかり合うこともある。
長老・高木は、ある日、その撤去作業員に
食ってかかった。その理由は――。


 連載   「放置」の街から 
 第4章  警告と撤去

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この話は、連載4回目です。この小説を
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 「こちらは〇〇市役所です。駅周辺は、自転車の放置禁止区域となっています。放置自転車の撤去作業を行います。チェーンでフェンスなどに繋がれた自転車は、チェーンを切断して撤去します。こちらは……」
 「撤去」のトラックは、エンドレステープの音声を流しながら撤去区域内を一周し、オレたちが貼りつけた警告書の上から、「撤去」の赤紙を貼り付けていく。その作業を終えると、トラックを広場などに停めて、1時間ほど時間を置く。時間を置くのは、貼り紙を見た自転車の持ち主に、自転車を移動させる余裕を与えるためでもある。
 それでも置いたままの自転車は、トラックに積んで保管場所に運ぶ。返還を求めるには、身分証を呈示し、手数料3000円を支払わなくてはならない。返還に応じる時間も曜日も限られているので、いったん撤去されてしまうと、かなり面倒くさいことになる。
 それを恐れるので、警告書が効果を持つのだとも言える。しかし、「撤去」は、毎日行われるわけではない。そして、オレたち指導員も、いつ「撤去」があるのか、その日時は知らされてない。
 日時を知らせてしまうと、指導員の中には、「きょう、撤去が来るから」などと市民にもらしてしまう者がいたりする。逆に、「きょうは撤去はないけれど」と、口を滑らせてしまう者もいる。それでは、「撤去」作業の実が上がらないので、「撤去日」はオレたちには知らされなくなったのだ――と、リーダーの倉橋から聞かされた。
 オレたち「放置自転車防止指導員」も、「撤去作業員」も、「街から放置自転車を一掃する」という最終的な目的では一致している。しかし、その手段が違う。
 オレたち指導員は、撤去されずにすむように、正しい駐輪の場所と方法を指導するのが仕事だ。一方、撤去の連中は、放置された自転車を撤去するというペナルティを科すのが仕事だ。
 ほんとうなら協力し合う関係にあるはずの「放置」と「撤去」の両グループだが、現場では、あまり仲がいいとは言えない。ときには、双方の思惑がぶつかり合うこともある。

            

 オレやリーダーの倉橋は、「撤去」に対して、どちらかと言うと放置自転車をかばおうとすることが多い。
 「そこにパンを買いに行くだけだから、ちょっとの間だけ、ここに停めておいてもいいかしら?」
 そう断って駐輪していった自転車は、たとえそこが「駐輪禁止ゾーン」であっても、「できるだけ早く戻って来てくださいね」と言って黙認し、警告書は貼らずにおく。しかし、そこへ運悪く、撤去員がやって来て、赤紙を貼ろうとすることがある。そんなとき、オレや倉橋は、「あ、その自転車、いま、そこにパンを買いに行っただけだから」と、自転車をかばう。
 長老・高木敏弘は、オレたちとは逆だ。「警告書貼っといたのに、あいつら、なぜ撤去しない?」と不満をもらし、ときには、作業員に食ってかかったりする。
 その自転車は、雑居ビルの入り口脇に無造作に停められていた。
 停めた位置が微妙だった。前輪が、ビルの私有地であることを示す縁石にちょっとだけかかっていた。そういう場合、オレたちはそれを「放置」とは見做さず、警告書も貼らない。しかし、高木翁は貼る。
 やがて、撤去のトラックがやって来た。高木翁が警告書を貼った自転車の前まで来ると、撤去マンは「ハテ……」というふうに首を振った。その様子は、「撤去」の赤紙を貼るべきかどうか、迷っているように見えた。
 しばらく迷った後で、撤去マンは、ハンドルに貼られた警告書に手を伸ばし、そのままグイと手を引いた。高木敏弘が貼りつけた警告書は、ハンドルから引きちぎられた。
 「あ……」と、高木翁は声を挙げた。そのまま、警告書をちぎり取った撤去マンのもとへ歩み寄っていく。
 離れた場所からその様子を見ていたオレは、「まずい」と思った。

            

 「なんで、はがすのよ!」
 歩み寄った高木翁は、撤去の男に食ってかかった。
 男は、いつも見る顔だった。丸刈りで短く刈り上げた髪には、額から側頭部にかけて剃り込みが入っている。昔は、相当やんちゃだったのかもしれない。オレたちが「おはようございます」「おつかれさまです」などと声をかけても、ただうなずくだけで、あいさつを返すこともない。強面で愛想のない男。オレたちは、その男をそんなふうに評価していた。
 その剃り込み男に、長老・高木は食ってかかった。
 「それ、私が貼ったんだけどさぁ、なんで、破り捨てるのよ?」
 「これ、撤去できないから。車輪が私有地にかかってるじゃない」
 「こいつら、インチキやってやがんのよ。ちょっと車輪かけときゃ大丈夫だ――と思ってさ。この自転車、朝から置きっぱなしなんだよ。放置でしょ、これ?」
 「ムリムリ。こういうのを撤去しちまうと、後でクレームくるのよ。クレーム受けるのは、オレっちなんだからよ」
 「撤去できないんならしなくてもいいけどさ、警告書貼ったのはこっちなんだからよ、それを黙って破り捨てるってのは、ないだろうよ」
 「警告書貼ったままで、撤去しないで置いとくとさ、今度は、なんで撤去しない――って、また文句がつくのよ。逆言うとさ、撤去できない自転車に警告書貼られるのは、ちょっと迷惑なんだよね、オレたちとしちゃ」
 「迷惑――って、何だよ、それ?」
 高木長老の闘争心に火が点いたように見えた。
 このままじゃ、ケンカになってしまう。オレはあわてて、ふたりのいる銀行前の現場に向かった。

            

 「この人さぁ、オレの貼った警告書を破いて捨てちまったんだよ」
 オレの姿を目に留めると、高木翁は救いを求めるように訴えかけてきた。
 高木敏弘の怒りの理由は、「自分が貼った警告書」にあった。たぶん、自分が判断して貼った警告書は、高木翁にとって、自分の「存在理由」とでも感じられるものなのだろう。その誇りを目の前で破り捨てられた。それが、ガマンならない――とでも思っているように見えた。
 しかし、その怒りは、あまり正当な怒りとは感じられなかった。
 「まぁ、まぁ、高木さん。オレたちの警告書は、破り捨てられるために貼るようなもんなんだからさ」
 「破り捨てられるために貼るってのかい?」
 高木翁は、不満そうな声を挙げた。
 「オレたちの仕事の目的は、警告書に驚いた持ち主が、警告書を破いて自転車を移動させてくれることなんだからさ。捨てられてなんぼ――ってもんでしょうよ」
 横で、剃り込みの撤去マンが、「ホラ、見たことか」という顔でうなずいていた。その胸に留めたネームプレートに「矢沢」という名前があった。
 「ま、そういうわけなので、われわれも、自転車の持ち主が警告書を破り捨てることについちゃ、それでいいと思ってるんですよ。むしろ、そうでなくちゃ困るとも思ってます。でもね、矢沢さん、そちらとわれわれは、放置をなくそうっていう目的で動いている仲間同士じゃないですか。その仲間に警告書を破り捨てられたんで、この人、傷ついちゃったんですよ」
 矢沢は、自分の名前を覚えられたことに、少し動揺しているようにも見えた。
 「こう見えても、われわれ年寄りは、この仕事に誇りを感じて取り組んでるんでね。そこんとこをひとつ、わかってやってくださいよ。もし警告書を破棄するんだったら、これ、破棄するけどいいか――とか、ひと言声をかけてくれると、われわれも傷つかずにすむんですがね」
 男がオレの話を理解したのかどうかはわからない。わからないが、オレの顔を下から見上げ、次に高木俊彦の顔をなめ回すように見て、ちょいと頭を下げると、現場を立ち去っていった。
 「なんで、あんなやつに下手に出るのよ」
 長老・高木は、オレが「わかってやってくだいよ」と頭を下げたことが気に食わないようだった。
 そして――。
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