「カサブランカ」の歌姫5-6 危険なブランコ

重なってブランコを漕ぐ私と杏里。
杏里の目が私を見つめ、ふたりの口は、
どちらからともなく近づく。唇が触れ合った瞬間、
彼女の崩壊が始まった――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-5 立川杏里〈6〉

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スピリチュアルな歌声で聴く者の魂を揺さぶらずにはおかない、歌姫・立川杏里。その魂は、行方の知れない父親の影を追い求めて、大都会の谷間を彷徨っていた。
しなやかでスラリと伸びたボディは、私の腰に重なったまま、ブランコの揺れに身を任せている。
その口が、何かをつぶやいているように聞こえた。
「イーチ・タイム・アイ・シー・ザ・クラウズ・オヴ・ピープル(人込みを目にするたびに)……」
『Maybe You’ll Be There』の歌詞だった。
「バット・メイビー・ユール・ビー・ゼア(でも、そこにあなたがいるかもしれない)……」
頭の8小節の最後のフレーズを口ずさみ終えると、杏里は「バット、メイビーか……」と、やや投げやりにつぶやいて、彼方の空に視線を投げた。
満月に近い月の光が、ビルや木立をシルエットに変え、杏里の横顔だけを青白く輝かせていた。
その顔が、ゆっくりと回転した。私の顔を正面から見つめる瞳の中に、月の光が棲んでいた。その青い光がじんわり……と、金色に解けていく。
金色の2つの輝きは、私の目を「なぜ、そこにいるの?」というふうに見つめ、そしてそれは、私の目の色を確かめるように距離を縮めてくる。
鼻腔から、かすかにワインの香りがした。鼻柱と鼻柱が触れ合った。
触れ合った鼻柱をこすり合わせるようにして、歌姫の唇がかすかに開く。「アイ……」と歌い始めるときのように開いた唇が、静かに息を吐きながら接近してくる。
「私の息を止めて」と懇願するように開かれた唇。私はそこに、そっと自分の唇を重ねた。
サラリとした唇の感触。しかし、それは、触れ合った途端におたがいの粘膜を希求した。唇の内側の粘膜と粘膜が触れ合うと、杏里は、「ハァ……」と息を吐き、上半身をねじって両腕を私の首に巻きつけてきた。
無防備になった上半身。ゆったりとしたセーターの襟ぐりから、彼女の胸の高まりがのぞいていた。
私は、禁断の谷間にそっと、手をしのばせた。
しなやかでスラリと伸びたボディは、私の腰に重なったまま、ブランコの揺れに身を任せている。
その口が、何かをつぶやいているように聞こえた。
「イーチ・タイム・アイ・シー・ザ・クラウズ・オヴ・ピープル(人込みを目にするたびに)……」
『Maybe You’ll Be There』の歌詞だった。
「バット・メイビー・ユール・ビー・ゼア(でも、そこにあなたがいるかもしれない)……」
頭の8小節の最後のフレーズを口ずさみ終えると、杏里は「バット、メイビーか……」と、やや投げやりにつぶやいて、彼方の空に視線を投げた。
満月に近い月の光が、ビルや木立をシルエットに変え、杏里の横顔だけを青白く輝かせていた。
その顔が、ゆっくりと回転した。私の顔を正面から見つめる瞳の中に、月の光が棲んでいた。その青い光がじんわり……と、金色に解けていく。
金色の2つの輝きは、私の目を「なぜ、そこにいるの?」というふうに見つめ、そしてそれは、私の目の色を確かめるように距離を縮めてくる。
鼻腔から、かすかにワインの香りがした。鼻柱と鼻柱が触れ合った。
触れ合った鼻柱をこすり合わせるようにして、歌姫の唇がかすかに開く。「アイ……」と歌い始めるときのように開いた唇が、静かに息を吐きながら接近してくる。
「私の息を止めて」と懇願するように開かれた唇。私はそこに、そっと自分の唇を重ねた。
サラリとした唇の感触。しかし、それは、触れ合った途端におたがいの粘膜を希求した。唇の内側の粘膜と粘膜が触れ合うと、杏里は、「ハァ……」と息を吐き、上半身をねじって両腕を私の首に巻きつけてきた。
無防備になった上半身。ゆったりとしたセーターの襟ぐりから、彼女の胸の高まりがのぞいていた。
私は、禁断の谷間にそっと、手をしのばせた。

都会の谷間の、人影のない公園でむつみ合うふたりの行為を、月の光だけが見ていた。
それは、だれにも知られてはならない行為だった。その歌に心洗われながら耳を傾ける立川杏里のファンにも、その心と体を支配する街宣車の男にも……。
しかし、私は、その禁を破った。
ひっそりとしのばせた手の先で、彼女の知られてはならない胸のふくらみは、可憐な種実を硬く尖らせていた。まだ熟してはないと思われるレーズンのような種実。その頂に手のひらで触れた途端、彼女は、腹を撫でられたネコのように体をくねらせ、私の胸に頭を埋めてきた。
いつも凛と立って、スピリチュアルな歌を紡ぎ出す立川杏里からは、想像もできないような崩れようだった。彼女が言う「こわれる」は、こういうことを言っていたのか。私は、その変身に驚き、驚くと同時に、底知れない畏怖を感じた。
半身で私の手に身を委ねていた杏里は、一方の脚をクルリと回転させて、私と正対する形で私の腰の上に座り直した。座り直しながら、手を私のパンツのジッパーにかけた。すでに屹立していた私の男は、杏里のたおやかな手によって月の明かりの中に取り出された。杏里は、長いスカートの裾を持ち上げて、その上を覆い隠し、そして、静かにそこへ腰を沈めた。
私の砲身をやわらかい皮膚が包み込んだと思うと、それはニュルリと彼女の体の中に取り込まれた。 ジュンと潤った彼女の花芯が、私の硬直をまるで溶かすようにくるみ込んでいったその瞬間を、私はいまも忘れることができない。
ギーコ、ギーコとブランコをきしませながら、私と立川杏里は、月の光の中でひとつになった。
高まっていく杏里は、両手でブランコの鎖を握りしめたまま、腰を激しく私の腰にこすりつけてきた。
「奪って! もっと奪って!」
高まりながら叫ぶ杏里の声が、私には、渦巻く海峡の波の音のように響いた。

「ね……」
公園を出て、駅への道をたどっている道すがら、杏里がボツリと言った。
「これから、私の家に来る?」
私は思わず、「エッ!?」と訊き返した。
それは、「うちのダンナに話をつけに来い」ということなのか?
いま、結ばれたばかりの女の家に行って、家で待っている亭主に話をつける。さすがに、そんな勇気は、私にはない。
「いや、きょうは止めておく」
そう答えるしかなかった。
「そうだよね……」
その声には、落胆の調子が含まれているようにも感じられた。
もし、あのとき、「よし!」と勇気を奮い起こして、家に押しかけていたら、私には別の人生が開けていただろうか?
いまでも私は、そのときの自分の返事を思い返しては、眠れなくなることがある。
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