「カサブランカ」の歌姫5-2 酒乱の女…?

蓄音機すっかり杏里のファンになったらしいリエに誘われ、
私は、彼女が出演する店に度々通うようになった。
そんなある日、杏里が私に声をかけてきた。
初めて出る店がある。よかったら来てくれないか?
そこで私は、彼女の意外な秘密を明かされた――。


 連載   「カサブランカ」の歌姫   ファイル-5 立川杏里〈2〉  
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この話は、連載28回目です。この小説を
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 「明日、杏里さん、Nだって。行ってみない?」
 最初、立川杏里の歌を聴きに行こうと言い出したのは、本城リエだった。
 リエにとって立川杏里は、《JAZZボーカル新人賞》の先輩でもあり、「あんなふうに歌えるようになりたい」と願う目標でもあったらしい。自分に仕事が入ってない日には、杏里が出演している先々に顔を出すようになり、私は、その度に「一緒に行かない?」と誘われた。
 私の目には、本城リエは、立川杏里の妹分になったようにも見えた。杏里のライブにいつも顔を出すリエを、杏里は、「きょうは素敵なボーカルが遊びに来てくれていますので」とステージに上げて紹介し、1曲か2曲、歌わせる。それを聴いた店の経営者から、「今度、うちの店にスケジュール入れてくれない?」と打診が入ることもあり、それはそれで、リエにとっても、メリットだったに違いない。

 ある夜、リエがステージに呼ばれて、持ち歌を披露しているときのことだった。歌に聞き入っている私の席に、杏里がつかつかと歩み寄ってきた。
 「ふたり、仲がいいのね」
 「そう見えますか?」
 「いつも、一緒だから。つき合ってるの?」
 「いや、とんでもない」と、私は、あわてて首を振った。
 私が首を振る様子を見て、立川杏里は、「なんだ」とつまらなそうな声を挙げた。
 「つき合ってないのか……」
 そう言ったきり、ステージに戻っていったので、彼女がどうしてそんなことを私に尋ねたのか、理由はわからないままだった。

            

 立川杏里には、根城にしているような店があった。
 「BLUE」というジャズ・クラブだ。ピアニスト・金野丈一がバンマスを務め、ベースの河村哲士とデュオで演奏をしている店で、立川杏里は、そこに、毎週火曜日と金曜日、タテ割りで出演していた。
 店にはしゃがれ声のママがいて、ウエートレス役を務めるハウスボーカルがいるところは、かつての「カサブランカ」と同じだが、ウエートレスの女の子には、客の接待はさせない。集まって来る客も、ほとんど古くからの常連ばかりで、新参の客には、やや敷居が高いと感じさせる店ではあった。
 「BLUE」のバンマス・金野丈一と「Soyer」のバンマス・田村元は、おたがいを「タムさん」「金の字」と呼び合う間柄で、若い頃から妍を競い合ったライバル同士でもあったという。「BLUE」に顔を出すと、「タムさん、元気にしてますか?」と金野が尋ね、「Soyer」に顔を出すと、「金の字、生きてましたか?」と田村が尋ねる。そんなこともあって、新参ではあったものの、私は比較的容易に店になじむことができた。
 田村元のピアノは、華麗に音を転がすオスカー・ピーターソンのような演奏が特徴で、金野丈一のピアノは、極限まで余分な音を省いて聴く者に曲を解釈させる、セロニアス・モンクのような演奏スタイルが特徴だった。
 本来、客には演奏させないのが建前の店だったが、「Soyer」で私の歌を聴いたことのある立川杏里が、「きょうは、ひとり、素敵な男性ボーカルが遊びに来ていますのでご紹介します」と、私を手招きした。
 エッ、オレ? ここで歌わせるの?――と、一瞬、ビビった。
 私が恐る恐る立ち上がると、ママも、その場にいた客も、「エッ、何するの?」という顔で私の顔を見た。ベースの河村哲士は、「ほんとにやるのかい?」という顔で私を見て、「ヘタだったら許さないからね」とガンを飛ばした。
 選んだのは、「But Not for Me」だった。しかし、金野丈一のピアノは、乗りにくいピアノだった。いつもは、ピアノを先に行かせて、後乗りでそれに絡みついていく――というのが私の歌い方だが、金野の演奏の場合、ピアノを待っていると、微妙に乗り遅れてしまう。
 まずい、テンポがズレている。
 最初の8小節でそう感じてあせっていると、杏里が何かをコースターの裏に書いて、私の目の前にそっと差し出した。
 《ピアノを聴かないで!》とだけ書いてあった。
 的確な指示だった。
 杏里がメモにした言葉は、「勝手に歌え。ピアノはそれについてくるから」という意味だろうと、私は解釈した。それで、テンポを取り戻すことができた。9小節目からは、自分がキープしているテンポで、ピアノをリードする気持ちで歌い、2コーラス目からは、フェイクも交えながら、余裕を持って歌い終えることができた。
 たったメモ一枚で私の戸惑いを払しょくした立川杏里というシンガーのすごさを、そのとき、私は、あらためて感じた。
 その日以来、私は、杏里が出演する日の「BLUE」に、足しげく通うようになった。本城リエが一緒のこともあったし、私ひとりでということもあった。

            

 「荻野さんって、千代田線だよね?」
 ひとりで「BLUE」を訪ねたある日、突然、杏里が訊いてきた。
 「今度、湯島に来ない? 小さな店だけど、初めて出る店なんで、よかったら来てくれるとうれしいんだけど……」
 湯島なら帰り道でもある。「喜んで」と答えて、私は、地下鉄を途中下車することにした。リエは、別の店で仕事があったので、その日は、私ひとりで出かけた。
 「カラス」というその店は、湯島天神の近くの中央通り沿いにあった。外からは、喫茶店にしか見えない狭い店内に、グランドピアノが据えられ、そのピアノの周りがカウンターになっていた。
 仕事を早めに切り上げて、2ndステージから3rdステージまで、全部で12曲ほど、立川杏里の歌を聴いた。「BLUE」で顔を見たことのある客も2、3人はいたが、後は知らない客ばかりだった。プレーヤーも、初めて見る顔ぶれだった。
 最後の曲を歌い終わって、「さて……」と腰を上げると、譜面を片づけていた杏里が、「ね……」と声をかけてきた。
 「まだ、電車あるでしょ? ちょっと、マックに寄って、コーヒー飲んで帰らない?」
 意外と思える誘いだった。
 杏里を席に座らせて、カウンターでコーヒーを2つ注文し、トレーに載せて席へ運んでいると、途中で客とぶつかりそうになって、コーヒーがカップからこぼれ、トレーを汚してしまった。
 コーヒーでビショビショになったトレーを見て、杏里がクスリ……と笑った。
 「けっこう、慌て者なんだね。私もだけど……」
 こぼれたコーヒーをティッシュで拭き取って、カップを杏里の手元に置くと、杏里はそれをひと口すすって、「フゥ……」と息を吐いた。
 「初めての店って、疲れるの。ごめんね、つき合わせて」
 「いや、ボクも、初めての店だと疲れるから。でも、コーヒーでよかったの? もしかして、ワインとかのほうがよかったんじゃない?」
 「ウウン」と、杏里は首を振った。
 「コーヒーのほうがよかったの。いま、お酒は止めてるから」
 「お酒、止めたの?」
 「私、飲むとおかしくなるから……」
 それは、酒乱ということなのか?
 杏里が口にした言葉は、私には、信じられない内容だった。
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