「カサブランカ」の歌姫4-5 さよならの青いバラ

心配になった私は「Soyer」をのぞいてみたが、
サラは「Soyer」も辞めてしまったと言う。
部屋に帰ると、彼女の荷物は消え、代わりに
青いバラの花束が置いてあった――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-4 サラ〈5〉

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翌日、私は「Soyer」に立ち寄ってみた。
サラが働いていれば、それでよし。
「帰って来ないから心配したんだよ」とでも言えば、他愛もない理由で私を安心させようとするだろう。それでいい。深くは詮索せずに、野良猫は野良猫の自由にまかせておこう――と思っていた。
しかし、サラの姿は、店の中にはなかった。
「あれ? きょうはサラ、出てないの?」
鈴原正一郎に訊くと、「ああ、あの子ね」と気の抜けたビールのような、ぬるい返事が返ってきた。
「辞めちゃったのよ、あの子」
「エッ!? もしかして辞めさせた?」
「なんで辞めさせちゃうのよ。けっこう、お客さんにも受けてたのよ、あの子。でもさぁ、実は、きのう……」
そこで、鈴原は声をひそめた。
「あの子のエージェントだっていう男がやって来てさぁ」
「エージェント? 彼女、エージェントなんかに所属してたの?」
「たぶん、マフィアね、あれ。あっちの子たちには、そういうエージェントがついてることが多いから」
鈴原が言う「あっち」とは、「南米方面」ということだ。日本に出稼ぎに来る女の子たちを束ねて、そのギャラからマネージメント料を納めさせて生業としている連中だという。
「未払いのギャラがあるだろう、払え――って脅されちゃってさぁ。まったく、あの連中ったら……」
鈴原はまるで被害者のような顔で言うが、元はと言えば、ギャラを未払いにしていた自分がわるい。結局、サラは、「もっと稼げる場所で働かせる」と、男たちに連れ去られてしまったという。
「もっと稼げる場所」とは、どういう場所か?
それを思うと、胸の奥がざわついた。
サラが働いていれば、それでよし。
「帰って来ないから心配したんだよ」とでも言えば、他愛もない理由で私を安心させようとするだろう。それでいい。深くは詮索せずに、野良猫は野良猫の自由にまかせておこう――と思っていた。
しかし、サラの姿は、店の中にはなかった。
「あれ? きょうはサラ、出てないの?」
鈴原正一郎に訊くと、「ああ、あの子ね」と気の抜けたビールのような、ぬるい返事が返ってきた。
「辞めちゃったのよ、あの子」
「エッ!? もしかして辞めさせた?」
「なんで辞めさせちゃうのよ。けっこう、お客さんにも受けてたのよ、あの子。でもさぁ、実は、きのう……」
そこで、鈴原は声をひそめた。
「あの子のエージェントだっていう男がやって来てさぁ」
「エージェント? 彼女、エージェントなんかに所属してたの?」
「たぶん、マフィアね、あれ。あっちの子たちには、そういうエージェントがついてることが多いから」
鈴原が言う「あっち」とは、「南米方面」ということだ。日本に出稼ぎに来る女の子たちを束ねて、そのギャラからマネージメント料を納めさせて生業としている連中だという。
「未払いのギャラがあるだろう、払え――って脅されちゃってさぁ。まったく、あの連中ったら……」
鈴原はまるで被害者のような顔で言うが、元はと言えば、ギャラを未払いにしていた自分がわるい。結局、サラは、「もっと稼げる場所で働かせる」と、男たちに連れ去られてしまったという。
「もっと稼げる場所」とは、どういう場所か?
それを思うと、胸の奥がざわついた。

「Soyer」を出て、マンションに帰り着き、部屋のドアを開けると、甘い香りが鼻腔に飛び込んできた。
もしかして、サラが帰って来たのか……?
「サラ」と声をかけながら、奥の部屋のドアを勢いよく開けた。
しかし、部屋はもぬけの殻だった。
そして……。
いつもそこに置いてあったサラのキャリーバッグが、消えていた。
それは、サラが昼の間に一度、ここへ帰って来たことを意味していた。そして、荷物を持って消えた。エージェントを名乗る男に連れられて、「もっと稼げる場所」へと――。
せめて、ひと言、別れの言葉ぐらい言ってから行けよ。
ブツブツと言いながらリビングのドアを開けると、甘い香りが濃厚になった。
香りの正体は、テーブルの上に置かれた花束だった。
青いバラが5本、ラッピングされ、黒いリボンでまとめられていた。
花束の脇にメッセージカードが添えられていた。

Thank you for love you gave me for 20days.
May this roses will live in your heart’s garden.
(20日間の愛をありがとう。
このバラたちが、あなたの心の庭に生き続けますように。)
メッセージはそれだけだった。電話番号も、落ち着き先の住所もない。それは、「探さないで」というサラの意思の表明とも見えた。
それにしても、なぜ、青なのか――?
ふと、思い出したことがあった。

彼女が私の部屋に居候を始めて4日目か5日目の夜。
彼女と肌を合わせるようになって、3度目の夜。
私の腰に両脚を巻きつけ、ガクガクと全身を痙攣させて果てたサラの体に、いたわるようにキスの雨を降らせていたとき、私はそれを発見したのだった。
彼女の胸が、そのふくらみの頂へとなだらかなスロープを描き始めるその位置に描かれた、青紫の小さなバラの花。タトゥーだった。
こんなところにバラが――と、私がその青いタトゥーをなめたりなでたりしていると、サラが言った。
「それ、コロンビアで入れた」
「いくつのとき?」
「15か16か。そういう歳になると、コロンビアでは、タトゥーを入れるはフツ―」
「何かを誓ったりするため?」
「ワタシは、カレと一緒に入れた。そのときは、愛、冷めないように――思ったよ」
「まだ、冷めてないでしょ?」
「知らない? 花はフェイド(=あせる)する、愛はダイ(=死ぬ)する。だから、タトゥー入れた。タトゥーは消えない。でも、消えることもある……」
そう言って、私を見つめる目に、ちょっと怪しい光が宿っていた。
それにしても、なぜ青なのか? それを尋ねたときのサラの言葉が脳裏によみがえった。
「あり得ない色だから……。ワタシ、あり得ないこと願う女の子だった。ずっと、小さい頃から。あなた、知ってる? 青いバラの花言葉?」
「いや、知らない。もしかして、冷淡とか……?」
「ノー。《不可能》だよ」
「なるほど、あり得ないから――か」
「でも、青いバラ、ほんとにできた。それで、少し、意味変わったよ。いまは、《奇跡》とか《夢かなう》の意味もあるよ」
そんな話をピロートークしたのを思い出して、少し目がしょっぱくなった。
サラがテーブルの上に残していった青いバラには、どういう花言葉が込められていたのだろう――と、考えた。
「それは《不可能》」だったのか?
それとも、「いつか《夢かなう》」だったのか?
それを確かめる方法は、もうなかった。
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