「カサブランカ」の歌姫4-4 野良猫を待つ男がいる

私の質問に、サラは「いるよ」と答えた。
男は、南米で農園を営みながら、
自分の帰りを待っていると言う。もし、その男が、
私とサラの関係を知ったら――?
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-4 サラ〈4〉

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「荻野ちゃん、お願いがあるのよ」
鈴原がおネェ言葉で「お願いが」と切り出すときには、たいてい、よからぬことを言い出す。思ったとおりだった。
「あのさぁ、預かってもらってるサラちゃんのことなんだけどさぁ」
本人もあっちこっち探し回っているようだし、自分もいろいろ当たっているのだが、外国人となると、ゲストハウスぐらいしか入れるところがない。しかし、なかなかいいところがない。「もう1週間だけ預かってくれないか?」という話だった。
そうじゃなくて、あんたがギャラを払ってないからじゃないの――と言いたいところだったが、それは訊かないでおいた。
私の頭の中には、最悪のシナリオが浮かんでいた。
ひとつは、「もう1週間」「もう1週間」と鈴原に頼み込まれて、サラの滞在が長期に及び、最後には無理やり追い出すしかなくなる――というシナリオ。
そしてもうひとつは、サラが私と生活を共にしているという状態が既成事実化して、ふたりが事実上の「内縁関係」ということになってしまう――というシナリオ。
どちらも、避けたいシナリオだった。

サラが私の部屋にやって来て、ちょうど1週間が経つ。
私の部屋のベランダに、いつの間にか、当たり前のように干されるようになった、原色のシャツやパンツや下着。最初は、「カンベンしてよ」と思ったその景色が、私の日常になりつつあった。
彼女が使った後のドレッサーに飛び散った歯磨きペーストを拭き取る作業も、彼女のためにメシを作ってやる仕事も、日が経つにつれて苦痛ではなくなった。
夜になると、私の布団にもぐり込んでくるサラの熱を帯びた肌。その肌を枕のように抱いて寝ることが、いつの間にか、私の夜のルーティンにもなっていた。
しかし、それらを私の日常として定着させてしまう気は、私にはなかった。
ある夜、私は、サラに訊いてみた。
「ねェ、サラ。キミには、ボーイフレンドとかいないの?」
返ってきた答えは意外だった。
鈴原がおネェ言葉で「お願いが」と切り出すときには、たいてい、よからぬことを言い出す。思ったとおりだった。
「あのさぁ、預かってもらってるサラちゃんのことなんだけどさぁ」
本人もあっちこっち探し回っているようだし、自分もいろいろ当たっているのだが、外国人となると、ゲストハウスぐらいしか入れるところがない。しかし、なかなかいいところがない。「もう1週間だけ預かってくれないか?」という話だった。
そうじゃなくて、あんたがギャラを払ってないからじゃないの――と言いたいところだったが、それは訊かないでおいた。
私の頭の中には、最悪のシナリオが浮かんでいた。
ひとつは、「もう1週間」「もう1週間」と鈴原に頼み込まれて、サラの滞在が長期に及び、最後には無理やり追い出すしかなくなる――というシナリオ。
そしてもうひとつは、サラが私と生活を共にしているという状態が既成事実化して、ふたりが事実上の「内縁関係」ということになってしまう――というシナリオ。
どちらも、避けたいシナリオだった。

サラが私の部屋にやって来て、ちょうど1週間が経つ。
私の部屋のベランダに、いつの間にか、当たり前のように干されるようになった、原色のシャツやパンツや下着。最初は、「カンベンしてよ」と思ったその景色が、私の日常になりつつあった。
彼女が使った後のドレッサーに飛び散った歯磨きペーストを拭き取る作業も、彼女のためにメシを作ってやる仕事も、日が経つにつれて苦痛ではなくなった。
夜になると、私の布団にもぐり込んでくるサラの熱を帯びた肌。その肌を枕のように抱いて寝ることが、いつの間にか、私の夜のルーティンにもなっていた。
しかし、それらを私の日常として定着させてしまう気は、私にはなかった。
ある夜、私は、サラに訊いてみた。
「ねェ、サラ。キミには、ボーイフレンドとかいないの?」
返ってきた答えは意外だった。
「ボーイフレンド? オトコね? いるよ。コロンビアで、ワタシ、待ってる」
「じゃ、そのカレは、キミがボクの部屋で暮らしていることを知ってるの?」
「ホームステイしてる、は知ってる」
「男の家ってことも、知ってる?」
「会社の社長の家、言った」
「その社長が男ってことは?」
「ダイジョーブ。社長はおじいさん、言ってある」
おじいさんねェ――と思いながら、ちょっと複雑な気分だった。
「ねェ、サラ。もし、ボクとキミがセックスしてることを知ったら、カレはどうするだろう? 怒るだろうか?」
「それ、タイヘンだよ。カレ、あなたを殺しに来るよ」
「オイオイ、カンベンしてくれよ」
しかし、サラによれば、男は山の奥で農園の仕事をしている。
「日本まで飛んで来て、ナイフを振り回すヒマ、ないよ」
笑って言うサラは、単に頭が軽いのか、度胸が据わっているのか、よくわからなかった。

「しかし、キミをいつまでもここに置いておくわけにはいかないよ。キミだって、そうはしてられないでしょ?」
私が言うと、サラは「わかってる」とうなずいた後で、キラリと目を輝かせて言うのだった。
「あなた、よかったら、ワタシ、ずっとここにいる、モンダイないよ」
「ずっと……って、ボクはキミより30も年上だぞ」
「ノー・プロブレム。そういうの、クラドル・ロバー言う」
「クラドル・ロバー? 何だい、それ?」
「揺りかご、盗む人。コロンビアにはいっぱい、いる」
「残念ながら、ボクには、そんなもの盗む趣味、ないから」
「残念だわ……」と、サラは、口の中でボソリとつぶやいた。
その「残念」の中にどれくらい本音が含まれていたかは、私にはわからなかった。あるいは、わかろうとしないように努めた。
サラは、私の顔を探るようにのぞき込んだと思うと、いきなり、私の首ッ玉に飛びかかってきた。
「じゃ、きょうだけ盗むか?」
私の耳たぶに唇をつけて、ハスキーな声がささやきかけてくる。
私は、その体を床に押し倒した。

「もう1週間だけ」と言った鈴原正一郎の約束は、思ったとおり、反古にされた。
1週間が終わろうとする頃、鈴原に電話をかけてみたが、その口調は、いつもの哀願調だった。
「本人もいろいろ探してるみたいなんだけどさぁ、うまくいかないみたいなのよ。荻野ちゃんもメイワクよねェ。もし、よかったら、叩き出してもいいからさぁ」
私にそんなことができるはずもないことを先刻承知で、鈴原は言うのだった。
仕方ない――と、私は覚悟を決めた。
彼女は、迷い込んできた野良猫のようなものだ。
気がすむまで、置いといてやるか。
最初の延長1週間が過ぎ、次の1週間も同じように過ぎていった。
夜が来ると、私の布団にもぐり込んでくるピューマのような女の体を、私はむさぼり続けた。
しかし、ある夜、その野良猫が宿に帰って来なかった。
荷物は、私の部屋に置いたままだ。不意に、不安が頭の片隅を過った。
⇒続きを読む
「じゃ、そのカレは、キミがボクの部屋で暮らしていることを知ってるの?」
「ホームステイしてる、は知ってる」
「男の家ってことも、知ってる?」
「会社の社長の家、言った」
「その社長が男ってことは?」
「ダイジョーブ。社長はおじいさん、言ってある」
おじいさんねェ――と思いながら、ちょっと複雑な気分だった。
「ねェ、サラ。もし、ボクとキミがセックスしてることを知ったら、カレはどうするだろう? 怒るだろうか?」
「それ、タイヘンだよ。カレ、あなたを殺しに来るよ」
「オイオイ、カンベンしてくれよ」
しかし、サラによれば、男は山の奥で農園の仕事をしている。
「日本まで飛んで来て、ナイフを振り回すヒマ、ないよ」
笑って言うサラは、単に頭が軽いのか、度胸が据わっているのか、よくわからなかった。

「しかし、キミをいつまでもここに置いておくわけにはいかないよ。キミだって、そうはしてられないでしょ?」
私が言うと、サラは「わかってる」とうなずいた後で、キラリと目を輝かせて言うのだった。
「あなた、よかったら、ワタシ、ずっとここにいる、モンダイないよ」
「ずっと……って、ボクはキミより30も年上だぞ」
「ノー・プロブレム。そういうの、クラドル・ロバー言う」
「クラドル・ロバー? 何だい、それ?」
「揺りかご、盗む人。コロンビアにはいっぱい、いる」
「残念ながら、ボクには、そんなもの盗む趣味、ないから」
「残念だわ……」と、サラは、口の中でボソリとつぶやいた。
その「残念」の中にどれくらい本音が含まれていたかは、私にはわからなかった。あるいは、わかろうとしないように努めた。
サラは、私の顔を探るようにのぞき込んだと思うと、いきなり、私の首ッ玉に飛びかかってきた。
「じゃ、きょうだけ盗むか?」
私の耳たぶに唇をつけて、ハスキーな声がささやきかけてくる。
私は、その体を床に押し倒した。

「もう1週間だけ」と言った鈴原正一郎の約束は、思ったとおり、反古にされた。
1週間が終わろうとする頃、鈴原に電話をかけてみたが、その口調は、いつもの哀願調だった。
「本人もいろいろ探してるみたいなんだけどさぁ、うまくいかないみたいなのよ。荻野ちゃんもメイワクよねェ。もし、よかったら、叩き出してもいいからさぁ」
私にそんなことができるはずもないことを先刻承知で、鈴原は言うのだった。
仕方ない――と、私は覚悟を決めた。
彼女は、迷い込んできた野良猫のようなものだ。
気がすむまで、置いといてやるか。
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2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター(マリアたちへ-1)』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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