「カサブランカ」の歌姫4-1 預けられた女

突然、マスターの鈴原が言い出した。
家賃が払えなくて部屋を追い出された女を
1週間、面倒見てくれないか――と言うのだ。
女の名前はサラ。黒豹のような女だった――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-4 サラ〈1〉

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「Casa Soyer」にちょっとした変化が起こった。
ある時期を境に、店で働く女の子に外国人が増えた。代わりに、日本人の女の子がどんどん姿を消していった。
ハウス・ボーカルとして在籍しながら、客の相手も務めるという女の子たちが、それまでは、常時4~5人はいたが、それが3人になり、2人になり、最後は1人だけになってしまった。
チカは、そんな店の方針転換に「やってられないわ」と、店を辞めてしまった。しかし、彼女には目標があった。仲のいい友人何人かと結成したバンドで音楽活動を開始しており、その活動にとって、「Casa Soyer」での仕事はネックともなっていたので、ハウス・ボーカルの仕事を上がることは、むしろ、歓迎すべきことだったかもしれない。
外国人の女の子たちは、ほとんどが旅行者たちだった。日本でワーキングホリデーを楽しみながら、日本の各地を見分して回り、金が貯まったら次の訪問先に向かう。オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、イギリス、フランス、ドイツなどからやって来る女の子たちは、たいていは、そのワーキングホリデー組だった。
鈴原正一郎は、そういう女の子たちを、おそらくは安い時給で働かせようと思ったのに違いない。そこには、「どうせ彼女たちは旅行者だから、すぐにいなくなる」という計算も働いていただろう。
その鈴原が、モミ手をしながら近づいてきたことがある。
「荻野さん、ちょっとお願いがあるのよ」
猫撫で声が、少し気味がわるい。ちょっと、わるい予感がした。
「実は、ビザ切れで帰国しなくちゃならない子がいてさぁ。急に、バイト代を払ってほしいとか言い出したのよ。そんなこと、急に言われても困るのよねェ」
「あのさぁ……」と申し訳なさそうに声を潜めたあとで切り出したのは、「20万ほどなんだけど、ちょっとの間、立て替えておいてくれないか」だった。
「入金の予定だったお金が入ってこなくてさぁ。このままノーギャラだと、エアチケットも買えない――って言うしさぁ。かわいそうじゃない?」
何とも恥知らずな論理のすり替え。かわいそうにしてるのは、あんただろう――と思うのだが、女の子には何の罪もない。仕方ないので、カードで20万切ることを了解した。
おそらく、カードで切った20万をどこかで換金するつもりなんだろう。「来週、かならず返すから」と言う言葉を信じていたのだが、返ってきたのは現金ではなかった。
「荻野さん、いいもの作ったのよ。これね、プリペイドカードなの。こないだ用立ててくれた20万ね、利息つけて、23万円分のプリペイドカードにしてみたんだけど、どう? こっちのほうがおトクでしょ?」
現金を返す代わりに、飲み代を23万円分、ロハにする。だから、その分、飲みに来てよ――というのだ。
怒りを通り越して、笑うしかなかった。
この男、この才能を活かせば、詐欺師として成功するに違いない。その鈴原が、さらに、とんでもないことを言い出した。
ある時期を境に、店で働く女の子に外国人が増えた。代わりに、日本人の女の子がどんどん姿を消していった。
ハウス・ボーカルとして在籍しながら、客の相手も務めるという女の子たちが、それまでは、常時4~5人はいたが、それが3人になり、2人になり、最後は1人だけになってしまった。
チカは、そんな店の方針転換に「やってられないわ」と、店を辞めてしまった。しかし、彼女には目標があった。仲のいい友人何人かと結成したバンドで音楽活動を開始しており、その活動にとって、「Casa Soyer」での仕事はネックともなっていたので、ハウス・ボーカルの仕事を上がることは、むしろ、歓迎すべきことだったかもしれない。
外国人の女の子たちは、ほとんどが旅行者たちだった。日本でワーキングホリデーを楽しみながら、日本の各地を見分して回り、金が貯まったら次の訪問先に向かう。オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、イギリス、フランス、ドイツなどからやって来る女の子たちは、たいていは、そのワーキングホリデー組だった。
鈴原正一郎は、そういう女の子たちを、おそらくは安い時給で働かせようと思ったのに違いない。そこには、「どうせ彼女たちは旅行者だから、すぐにいなくなる」という計算も働いていただろう。
その鈴原が、モミ手をしながら近づいてきたことがある。
「荻野さん、ちょっとお願いがあるのよ」
猫撫で声が、少し気味がわるい。ちょっと、わるい予感がした。
「実は、ビザ切れで帰国しなくちゃならない子がいてさぁ。急に、バイト代を払ってほしいとか言い出したのよ。そんなこと、急に言われても困るのよねェ」
「あのさぁ……」と申し訳なさそうに声を潜めたあとで切り出したのは、「20万ほどなんだけど、ちょっとの間、立て替えておいてくれないか」だった。
「入金の予定だったお金が入ってこなくてさぁ。このままノーギャラだと、エアチケットも買えない――って言うしさぁ。かわいそうじゃない?」
何とも恥知らずな論理のすり替え。かわいそうにしてるのは、あんただろう――と思うのだが、女の子には何の罪もない。仕方ないので、カードで20万切ることを了解した。
おそらく、カードで切った20万をどこかで換金するつもりなんだろう。「来週、かならず返すから」と言う言葉を信じていたのだが、返ってきたのは現金ではなかった。
「荻野さん、いいもの作ったのよ。これね、プリペイドカードなの。こないだ用立ててくれた20万ね、利息つけて、23万円分のプリペイドカードにしてみたんだけど、どう? こっちのほうがおトクでしょ?」
現金を返す代わりに、飲み代を23万円分、ロハにする。だから、その分、飲みに来てよ――というのだ。
怒りを通り越して、笑うしかなかった。
この男、この才能を活かせば、詐欺師として成功するに違いない。その鈴原が、さらに、とんでもないことを言い出した。

「荻野さんのマンションって、何部屋あるんだっけ?」
今度は何を企んでる? 警戒しながら、「3部屋だけど……」と答えると、鈴原はニヤリと顔を崩した。
「女の子をひとり、預かってもらえませんかね?」
「ハァ……?」と、私は、思わず声を挙げた。
「ホラ、何度か荻野さんの席に着いたことのあるサラっていう子。荻野さん、けっこう気に入ってたじゃない?」
「別に……気に入ってたってわけじゃないよ」
「あら、そォ?」
目の縁に怪しい光を浮かべて、疑うように人の顔を覗き込む。
サラというのは、確かコロンビアから来たという女の子だ。ヨーロッパやオーストラリア、カナダなどからの女の子と違って、ワーキングホリデー・ビザではない。たぶん、観光ビザでやって来て、不法就労している口だ。
半分か4分の1、インディオの血も入っているのだろう。黒い髪に浅黒い肌。爛々と輝く目には、ラテンの情熱があふれ、小柄ながらツンと張った胸、プリンと突き出たヒップは、男がつい、手を伸ばしたくなるような魅力を備えてはいた。
実際、席に着いた彼女の体を抱き寄せようとしたり、ももの間に手を伸ばしてくる客もいた。その度に、サラは「スケベ!」と覚えたての日本語で客を叱責し、伸びてくる男の手をピシャリと叩いた。
肉感的ではあるが、相当に気は強そうだ。黒豹を思わせるような、獰猛な肉食獣。私がサラに抱いていたのは、そんな印象だった。
「サラちゃんさ、借りてた部屋、家賃を溜めて追い出されちゃったのよ。かわいそうでしょ? 1週間でいいからさぁ、預かってくれないかしらねェ。ついでに……」
鈴原が耳元でささやいた言葉は、聞かなかったことにした。
とにかく私は、「1週間だけだよ」と念を押して、サラの身柄を預かることにした。

1週間の滞在となると、電車で都心に出る方法などを覚えさせなくてはならない。
キャリーバッグに身の周りの荷物を詰め込んだサラを電車に乗せて、私は、乗り換える度に電車の色とその路線を地図で示し、乗り換えに便利な階段の位置までを覚え込まさせた。
「覚えられたかい?」と訊くと、「イエス・サー、マイ・キャプテン!」と敬礼して見せる。そういうところは、かわいいとも感じられた。
しかし、おっと――と、私は思った。
なにしろ1週間の長逗留である。それは、ごく短い間、生活を共にすることを意味する。本城リエをひと晩だけ泊めた――というのとは、まったく次元の違う話だ。ここでうっかり気を許してしまうと、わけもわからないうちに、鈴原正一郎の策略に乗せられてしまうかもしれない。
「ねェ、サラ。キミはなぜ、部屋を追い出されてしまったの?」
「ああ、ワタシ、ヤチン払えない。ワタシ、ノー・ペイ。スズハラ、ワタシのマネー、くれない」
やっぱり、そうか――と思った。
女の子のギャラを支払う代わりに、鈴原は私に彼女の面倒を見させようというハラではないのか。もしそうだとしたら、うかつにこの女に手をつけるわけにはいかないぞ。
しかし、サラが入って来るなり、私の部屋はたちまち、甘く官能的な香りで満たされた。それは、彼女が身に着けているムスク系のフレーグランスの匂いだった。
これから1週間、毎日、この匂いを嗅がされるのか――と思うと、ちょっと先が思いやられた。
その香りは、私に、「もっとそばに寄って、この匂いを嗅いでみなさいよ」「ホラ、この体に触ってみてよ」と、呼びかけているように感じられた。しかし、その誘いに乗ってしまうと、鈴原の策略に取り込まれてしまうことになるかもしれない。
そんな手に乗ってたまるか。
そんな警戒心と、サラの体が発する危険な匂いの狭間で、私の夜は揺れ動くことになった。
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