「カサブランカ」の歌姫3-7 私、色っぽくなかったですか?

蓄音機雪に閉じ込められた一夜が明け、私たちには、
いつもの日常に戻る時間がやって来た。
「私、色っぽくなかったですか?」
何も起こらなかった一夜を、リエは、
抗議しているようにも見えた。しかし――。


 連載   「カサブランカ」の歌姫   ファイル-3 リエ〈7〉  
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 「雪、止んだみたいですね」
 リエがカーテンを引くと、目を射るような青白い光が部屋の中に差し込んできた。
 昨夜の雪がウソのように、空は真っ青に晴れ渡っていた。
 「このぶんじゃ、雪もすぐ解けてしまう……」
 少し残念そうに言うと、リエは静かにカーテンを閉めた。
 「もしかして、Let it Snow――な気分だった?」
 「それもわるくないか――って思ったんですけどね」
 1946年にSmmmy Cahnが詩を書いた『Let it Snow』は、いまではすっかりクリスマスの定番ソングとなって、季節になると、街中にそのメロディが流れ出す。

 《ボクたちには行かなきゃいけないところもないんだし、
 降るなら降ればいい。
    (中略)
 キミがボクを愛してくれてる間は、
 降るのにまかせていよう》


 「わるくないか」は、私も同じだったが、照り付ける太陽は、降り積もった雪を容赦なく溶かし始めていた。
 「雪、解けちゃいますね。電車も、動き始めるし……」
 リエは、残念そうに言うと、「これ、ありがとうございました」と、私が貸したスウエットの上下を、きれいにたたんで差し出した。
 「ああ、それ、大きすぎてゴワゴワしちゃったでしょう?」
 リエは「ウウン」と首を振って、「でも……」と口を開いた。
 「ちょっと、色っぽくなかったですよね? もともと、私、色っぽくなんてないんだけど……」
 「いや……」と私はウソをついた。
 「十分に色っぽかったよ。理性を保つのが辛かった」
 リエは、私の顔を覗き込んで、小さくつぶやいた。
 「ウソつき……」
 それが、雪に閉じ込められた私とリエの、一夜の終わりだった。

            

 抱こうと思えば抱けたのに、手を伸ばさなかった私と、抱かれようと思えばただ目を閉じればよかったのに、終始、目を爛々と輝かせていたリエ。しかし、私たちは、それゆえにかえって、心の距離を縮めたように感じられた。
 私たちは、ジャズというゴールに魅せられた求道者同士のようだった。リエは、日に日に歌の力をつけていった。「Casa Soyer」に籍を置きながら、少しずつライブハウスや他のクラブに出演する機会を増やしていった。私も、自分が知っているクラブなどに彼女を連れて行って、出演の機会を増やすことに多少は貢献した。
 初めて出演する店があったりすると、リエは、「今度、Sに初めて出演なの。ちょっと緊張してるんだ」などと、私に訴えてくる。それは、「不安だから、来てくれるとうれしい」という意思表示なのだろう――と、私は勝手に解釈して、夜のスケジュールを空けた。
 ライブハウスなどだと、最終ステージは、10時か10時半には終わる。打ち合わせを終えて荷物を持った彼女が、「どこかでコーヒーを飲んで帰ろうか」と言い出す。ドトールかマックに入って、一杯のコーヒーを飲みながら、その日のステージの感想やちょっとした疑問点などを語り合う時間が、私には、少し誇らしく、心はずむ時間でもあった。
 「きょうのピアノ、歌伴に慣れてなかったでしょう?」
 「というか、歌を解釈しようという姿勢のない人だったね」
 と、伴奏の出来を評価し合うこともあった。
 リエが歌詞についての疑問などをぶつけてくることもあった。
 「『I Can’t Give You Anything But Love』なんだけどさ、ここの『Wool-worth doesn’t sell』っていう意味が、どうしてもわからないのよね」
 「直訳すると、羊毛の価値が売らない――になっちゃうよね。ボクも最初はそこにつまずいた。でもさ、この『Wool-worth』って、向こうの有名なデパートらしいよ」
 「エッ、そうなの?」
 「ウールワース百貨店でも売ってない。そう訳すと、スッキリ解釈できるでしょ」
 「ワァ、すっきりした。ありがとう」
 「ボクは、ときどき、『Wool-worth』を『Mitsukoshi』と置き換えて歌ったりしてる。そのシャレに気づいてくれる人、あんまりいないんだけどね」
 「今度、私もやってみよう」
 私は、もっぱら、楽典についての悩みを彼女に打ち明けることが多かった。
 「ディミニッシュコードの音が、どうしても取れないんだよね。短三度+短三度+短三度なんていう音の動きが、移動度のボクにはものすごく不自然に感じられて、取りづらい」
 「それ、まる覚えしちゃうしかないですよ。私は、絶対音感があるから、楽譜にある音をそのまま出せばいいんだけど、移動度の人は苦労しますよね。ハイ、練習」
 そう言われて、歩いている間じゅう、口ずさんだこともあった。
 そんな時間を過ごしながら、私とリエは、おたがいのレパートリーの中に好みの曲を見つけると、それを自分のレパートリーに加えたりもした。
 そういうつき合いが、1年、2年……と続き、3年目に入った頃だった。

            

 「荻野さん、荻野さん……」
 「Casa Soyer」に顔を出した私に、いきなり、リエが駆け寄ってきた。
 何事か――と思って見る私に、彼女は一枚のタブロイド版を差し出した。
 「取っちゃったんですよ、新人賞!」
 リエが手にしていたのは、『ジャズ・アカデミー』というタブロイドの業界紙だった。その一面に、大きな見出しが躍っていた。

 《 本年度ボーカル新人賞に、本城リエ!
  ~日本人離れしたソウルフルな歌声に高い評価 》


 「ワオ!」と、私は思わず歓声を挙げた。
 横から、鈴原正一郎がヌッと顔を出した。
 「そうなのよ。この店からは、初の新人賞なのよ」
 リエの新人賞が、自分の手柄――とでも言いたげな顔をしている。しかし、元はと言えば、リエは「カサブランカ」の出身ではなく、「ソワイエ」の出身だ。横で、「ソワイエ」のママ、園山はるかが、顔を渋くゆがめて見せた。
 「しかし、そうなるとマスター、リエちゃんもハウス・ボーカルってわけにはいかなくなるんじゃないの」
 私が言うと、横から園山ママも口を添えた。
 「これからは、ゲストとして呼ぶことになるわね。そうでしょ、マスター?」
 マスターは、渋々という感じでうなずいた後で、言うのだった。
 「もう、プロなんだもんねェ。これからは、お客さんもバンバン呼んでもらわなくちゃ」
 そうなのだ――と、私は思った。
 「ハウス・ボーカル」ではなく、一本立ちのシンガーになるということは、自分で客を呼ぶ努力をしなければならなくなるということでもある。
 店によっては、ゲストの出演料は、ミュージックチャージのバックで賄うと決めているところもある。自分がゲストとして出演して、仮に客がひとりも入らなかったとなれば、ギャラは「0」になってしまう。 本城リエには、そんな実力勝負の世界が待ち構えていることになる。
 単純に「おめでとう」と浮かれてばかりもいられないのだった。
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