「カサブランカ」の歌姫3-4 私と彼女の大雪注意報

蓄音機「大雪注意報」のその日、「Casa Soyer」は、
貸し切り状態だった。おかげで私とリエは、
初めてじっくり話ができた。店を出ると、街は
一面の銀世界。リエが雪に足を取られた。
私が差し伸べた手は、彼女の「女」に触れた――。


 連載   「カサブランカ」の歌姫   ファイル-3 リエ〈4〉  
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  この話は、連載17回目です。この小説を
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 本城リエは、チカがささやいたとおり、ほどなく、「Casa Soyer」でハウス・ボーカルとして働くことになった。
 バンマスの元さんは、彼女を「まる子ちゃん」と呼んだ。『ちびまる子』の「まる子」に似ているからだという。うまいこと言うなぁ――と思ったが、本人は、そう呼ばれることが、あまり好きではなさそうに見えた。
 リエは、いわゆる「かわいい」と言われるようなタイプの女ではなかった。と言って、おとなの女としての色気を漂わせた「いい女」というのでもない。
 背は高くない……というより、むしろ低く、脚も短い。その胸には、男の目を「オッ!」と見開かせるような盛り上がりもない。顔は、ほぼまんまるに近く、特別に大きな目をしているわけでも、高くそびえた鼻を持っているわけでもない。しかし、いったんマイクを持って歌い出すと、その声は、たちまち、フロアを魅了してしまう。
 「いいねェ、まる子ちゃんの歌。これで、あと10センチ、背が高かったらなぁ」
 サックスの西原信郎が言うと、
 「まる子ちゃんの歌は、目を閉じて聞くのがいちばんだねェ」
 と元さんが応じる。
 そんなとき、リエは、ちょっとムキになって言い返した。
 「シャレになんないですよ、そういうの」
 本城リエには、そういう気の強さもあった。私は、そういう性格が嫌いではなかった。

            

 本城リエとは、なかなか話をする機会がなかった。
 彼女がハウスボーカルとして仕事をするようになってしばらくは、彼女の仕事仲間や上司などが、彼女が出演する日には決まって店にやって来て、彼女の歌に聞き入り、声援を送った。リエはまだ、ブティックの仕事を辞めてはおらず、「Casa Soyer」での仕事は、半ば、公認のアルバイトということになっているらしかった。
 12時10分前になると、リエはあわただしく着替えをすませて、店を後にする。「カサブランカ」時代からそうだが、店は、女の子たちにタクシー代など出さない。残業代も、店が「きょう、残ってよ」と頼んだとき以外は、出さないそうだ。女の子に残ってもらいたい――と思う客は、彼女たちにタクシー代プラス残業手当相当分のチップを渡して、残ってもらうしかない。
 しかし、私には、そういうことをするのが、あまり好きではなかった。別に、金をケチったわけではない。そういう行為が、彼女たちをスポイルするような気がして、むき出しの現金を渡すという行為ができなかったのだ。

 学芸大学まで帰るというリエは、赤坂見附を12時26分に出る電車に乗らないと、家に帰り着かない。いつも、あいさつもそこそこに帰っていく彼女と私は、「どうも……」と会釈を交わし合うぐらいしかできないでいた。
 その「どうも」には、おたがいの歌に対する敬意が込められていた。彼女はともかく、私の「どうも」はそうだった。
 そんなある日、ちょっとした奇跡が起こった。

            

 「オヤ、荻野さん。こんな日に珍しい。きょうは貸し切りですよ」
 「Casa Soyer」のドアを開けると、マスターの鈴原正一郎が、揉み手をしながら迎えてくれた。
 「こんな日」というのは、夕方から小雪がチラつき始めたことを言っているらしかった。しかし、天気予報など見ない私は、小雪どころか「大雪注意報」が出ていて、夜遅くには、帰宅の足に影響が出るだろう――と報じられていることなど、まるで知らずに、いつものように飲みに出かけたのだった。
 店内には、客がひとりもいなかった。バンドも、田村元さんが、ピアノの脇でタバコをふかしているだけで、ベースも「Soyer」のママも姿が見えない。女の子も、リエがひとり残っているだけだった。
 「ママとチャーリーは、きょうは最初から休みだって。チカちゃんたちも、早めに帰しちゃったのよ」
 「それで……リエちゃんだけ居残り?」
 「そろそろ帰らせようか――と思ってたところに、荻野さんがいらっしゃったわけよ」
 「わるい、わるい。じゃ、オレも帰んなくちゃ、みんなに申し訳ないね」
 腰を上げようとするのを「いいじゃないですか」と引き止めたのは、リエだった。
 「こういうときでないと、なかなかお話する機会もないし……」
 いつの間にか、私の酒を用意し始めている。
 それもそうだ――と、私は、浮きかけた腰をシートに沈めた。
 「私ね……」
 本城リエは、グラスに満たしたバーボンを私の前に差し出しながら、思いもしないことを語り始めた。
 「荻野さんみたいにヴァースが歌えるようになりたいって、思ってるんですよ。私の先生も、荻野さんのヴァース、ホメてました」
 「先生?」
 「あ……私、アンリ先生の弟子なんです」
 「エッ、あのアンリ梅川? アンリさん、ここに来てたの?」
 「ええ。荻野さんが『September In the Rain』をヴァースから歌ってくれた日があったでしょ? 先生、言ってましたよ。あのヴァースの間の取り方も、強弱のメリハリのつけ方も、すばらしいって。あの呼吸感、あなたも見習いなさいって言われちゃった」
 それは、ちょっとホメすぎだろう――と思ったが、リエの歌に応えるとしたら、ヴァースで勝負するしかないと思った私の目論見は、あながち的外れでもなかったということだ。しかし、私の抵抗は、そこまでだ。歌い出したとたんに相手をうならせてしまう「声」という宝物を持ったリエの歌には、とてもじゃないがかなわない。

            

 私とリエは、それぞれの持ち歌を3曲ずつ歌って、「あまり遅くならないほうがいいから」と、店を後にすることにした。
 ビルを出たとたん、私も、リエも「エーッ!?」と声を挙げた。
 街が、一面の銀世界に変わっていた。
 来るときには小雪程度だった雪が、ドカドカと降るボタン雪に変わっていて、視界も白いヴェールに霞んでいる。歩道は、すでに10センチ以上の積雪で覆われ、車道もクルマの轍がシャーベット状に変わっていた。
 「これ、ヤバイですよ、荻野さん。あっ、キャーッ!」
 ブーツを履いたリエの足が、舗道のスロープでスリップして、一瞬、彼女の体が宙に浮いた。
 私は咄嗟に両手を差し伸べて、地面に転倒しかけた彼女の体を支えた。右手を彼女の腋の下に差し込み、左手で落ちかけている彼女の左腕の付け根をつかんだ。
 そのときだった。
 彼女の右腋の下から差し込んだ私の手の先に、崩れ落ちようとする彼女の肉のかすかな弾力が触れた。それが何であるかは、すぐにわかった。
 ない――と思っていたリエの胸の、わずかばかりのふくらみを伝えてくる弾力。支えようと力を加えた指先は、その弾力の下に、彼女のあばら骨を捉えていた。
 あまりにか弱い弾力。その弾力に、本城リエというシンガーが懸命に主張しようとしている「女」を感じて、私の血は、一気にたぎった。

 危なっかしく歩くリエを支えるために、私はリエに腕を差し出した。
 リエは、私の腕に片手を回して、しっかとそれを自分の体に引き寄せると、おっかなびっくりという感じで、一歩、一歩、足を踏み出す。その歩みは、カタツムリのようにのろい。
 やっと、赤坂見附の駅に着くと、そこには、駅員を取り囲んで人だかりができていた。
 「エッ、ウソでしょ!?」
 リエが目を見張る先に、一枚の移動式黒板があった。そこにチョークで乱暴に書きなぐられた「お知らせ」があった。
 《東急東横線、大雪のため運転休止!》
 「いやだ、どうしよう?」
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