「カサブランカ」の歌姫3-2 手ごわいライバル

3か月が経った頃、突然、鈴原から電話が入った。
シャンソン・クラブ「ソワイエ」と共同経営で、
店を再開すると言う。その店で、私は、
ダイヤの原石のような女と出会った――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-3 リエ〈2〉

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「もしもし、鈴原と申しますが……」
声の主は、「カサブランカ」のマスター、鈴原正一郎だった。
「いやぁ、どうも、ご心配をおかけしましたが、やっと再開しましたので、またよろしかったら……と思いましてね」
「終わったんですか、排水設備の工事は?」
嫌味のつもりで訊いたのだが、鈴原はタヌキを決め込んだ。
「何だかねェ、工事がうまくいかないのよ。それでね、荻野さん、フロアを移すことにしたのよ」
「移す? どこへ?」
「4階」
「4階って、エッ!? 4階には『ソワイエ』があったでしょ。あの店、つぶれちゃったんですか?」
「いや、そうじゃなくてね、共同経営することにしたのよ」
「ジャズとシャンソンが……?」
「クロスオーバーですよ、クロスオーバー。楽曲も、フュージョンしてるでしょ? お店もフュージョンしようか――って話になっちゃったのね」
「それで、うまくやってけるんですか?」
「4階だけに、シカイ良好――なんてね。音も、一段とバラエティ豊かになりましたから、よかったら、また遊びに来てくださいよォ~」
相変わらずのおねェ口調である。
共同経営などと言ってはいるが、この男の言うことは信用がならない。首の回らなくなった鈴原が、4階に転がり込んで居候を決め込んだのではあるまいか――とも思ったが、それは聞かないでおくことにした。
声の主は、「カサブランカ」のマスター、鈴原正一郎だった。
「いやぁ、どうも、ご心配をおかけしましたが、やっと再開しましたので、またよろしかったら……と思いましてね」
「終わったんですか、排水設備の工事は?」
嫌味のつもりで訊いたのだが、鈴原はタヌキを決め込んだ。
「何だかねェ、工事がうまくいかないのよ。それでね、荻野さん、フロアを移すことにしたのよ」
「移す? どこへ?」
「4階」
「4階って、エッ!? 4階には『ソワイエ』があったでしょ。あの店、つぶれちゃったんですか?」
「いや、そうじゃなくてね、共同経営することにしたのよ」
「ジャズとシャンソンが……?」
「クロスオーバーですよ、クロスオーバー。楽曲も、フュージョンしてるでしょ? お店もフュージョンしようか――って話になっちゃったのね」
「それで、うまくやってけるんですか?」
「4階だけに、シカイ良好――なんてね。音も、一段とバラエティ豊かになりましたから、よかったら、また遊びに来てくださいよォ~」
相変わらずのおねェ口調である。
共同経営などと言ってはいるが、この男の言うことは信用がならない。首の回らなくなった鈴原が、4階に転がり込んで居候を決め込んだのではあるまいか――とも思ったが、それは聞かないでおくことにした。

4Fのエントランスは、3Fとは違って、重厚な木の扉だった。
そこに掲げられた銅製のプレートには、「Casa Soyer」とある。「カサブランカ」の「Casa」と「ソワイエ」の「Soyer」を単に合体させただけだが、意味としては「ソワイエの家」となる。何となく、ツジツマだけは合っている。
「ソワイエ」のママは、園山はるかという。年齢は、鈴原よりは若いが、50歳は超えているように見える。「ソワイエ」の営業は、「カサブランカ」よりも2時間ほど早く終わっていた。店を終えたママが、フラッと「カサブランカ」に遊びに来ることもあったので、私も、何度か顔を合わせたことがあった。
園山はるかは、少しバタ臭い感じの女だった。芝居小屋にでも出るのか――と思うような濃いめの化粧に、くるぶしまで隠れてしまうようなロングのドレス。首からは、数珠のようなネックレスをぶら下げて、その先端では、青銅製と思われるロザリオが、鈍い光を放っている。どこか流浪民っぽくも見えるそのいでたちが、彼女が歌うシャンソンには合っているようにも感じられた。
2つの店が合体することによって、店のスタッフも一部は増え、一部は消えた。
「カサブランカ」でママだった秋元百合は、姿を消した。もしかして、クローズ前に姿を見せた男たちとの間で、何かがあったのかもしれないと思ったが、真相はわからない。
「カサブランカ」のハウスバンドからは、ベースが消えた。代わりに、「ソワイエ」でベースを弾いていた、チャーリーという黒人ベーシストがメンバーに加わった。ウワサでは、園山はるかの愛人で、アメリカではかなり名前の知られたアーティストだったのだそうだ。
「カサブランカ」のハウスボーカルは、全員が残ったが、ローテーションが少し変わった。出勤する回数が週3から週2へと間引きされた。
双方の店の客はそのまま引き継がれた。その中には、見たこともない客もいた。
本城リエは、そんな見知らぬ客のひとりだった。

「あの子、うまいんだよ。聞いてみて。ちょっとビックリするから」
チカが「あの子」と、顔をしゃくって見せたリエは、小柄なまる顔の女だった。男性3人連れの客の中に「紅一点」という感じで座っていたが、それはおとなしく座っているというのではなく、男たちにまるでアイドル扱いされている、というような座り方だった。
合体した「Casa Soyer」のステージは、前半が「ソワイエ」のママの歌とその客の歌、後半が「カサブランカ」のゲスト・ボーカルの歌と客の歌、その合間にハウスボーカルの歌――というふうに二分された。
本城リエは、前半の最後にステージに呼ばれた。
「ソワイエ」の客なんだから、シャンソンでも歌うのかと思ったら、違った。ジャズでもなかった。
彼女が選んだのは、ダイアナ・ロス。それも、「If We Hold On Together」。
エッ、ここでそれを歌うの?
しかし、歌い出した瞬間に、私は脳天をガーンと殴られたような気がした。

その小さな体のどこから出てくるの――と思うほどに、声が太い。太いだけでなく、深く、そして伸びがある。目を閉じて聞いていると、もしかしたら、黒人が歌っているのか、と思うような声だ。
そして、ピアニッシモからフォルティシモまでの起伏に富んだ表現の幅。
とても、シロウトとは思えない。
こいつ、何者? と思った瞬間、私の心は、彼女に捕らわれていた。
「ダメだよ、ホレちゃ……」
横からチカがささやいたが、心の中に芽生えたのは、そういう感情ではなかった。
負けたくない!
そんな対抗心が、メラメラと、私の中で燃え上がっていたのだ。
それが危険な感情であることに気づかないまま、やがて、私の歌う順番がやってきた。
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