「カサブランカ」の歌姫3-1 下ろされたシャッター

エレベーターを降りたところでピタリと止まった。
店にシャッターが下りている。思い出したのは、
その前の週の夜のこと。店にやって来た男たちに、
ママの百合が連れ出されたのだった――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-3 リエ〈1〉

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エレベーターを3Fで降りた私の足は、降りたままの位置でピタリと止まった。
いつもは、格子の嵌ったガラス製のドアを上方からのダウンライトが照らし出している「カサブランカ」のエントランス。そのライトが消え、ドアにはシャッターが下ろされていた。
そのシャッターに、何かが貼り付けてあった。A4のコピー用紙をガムテープで留めただけの貼り紙。何か書いてある。私は、恐る恐る近づいて、その文字を読んだ。
それだけだった。「しばらくの間」が何日間か――の記述もない。いつオープンするかのお知らせもない。そもそも、その貼り紙をだれが書いたのかもはっきりしない。
もしかして、つぶれたのか――とも思ったが、それならそれで、「長い間、ご愛顧を賜りましたが」などの感謝とか言い訳の言葉が記されていてもいいものだ。
しかも、その貼り紙に書かれた文字は、墨痕鮮やかと言うにはほど遠く、マーカーであわてて書きなぐったという感じに近かった。
「排水設備工事」なら、せいぜい1週間もすれば終わるだろう。
次の週、再び、「カサブランカ」を訪ねてみたが、シャッターは下ろされたままだった。その次の週も、そのまた次の週も、シャッターが上げられた気配はなかった。すでに、貼り出された紙は色あせ、ガムテープで貼り付けられた端が破れて、いまにも、ちぎれ落ちそうになっている。
これは、何かがあって、急遽、店を閉めざるを得なくなったのかもしれない。
そう思ったとき、ふと、思い出した光景があった――。
いつもは、格子の嵌ったガラス製のドアを上方からのダウンライトが照らし出している「カサブランカ」のエントランス。そのライトが消え、ドアにはシャッターが下ろされていた。
そのシャッターに、何かが貼り付けてあった。A4のコピー用紙をガムテープで留めただけの貼り紙。何か書いてある。私は、恐る恐る近づいて、その文字を読んだ。
《突然ですが、排水設備工事のため、
しばらくの間、店をクローズいたします。
――「カサブランカ」》
しばらくの間、店をクローズいたします。
――「カサブランカ」》
それだけだった。「しばらくの間」が何日間か――の記述もない。いつオープンするかのお知らせもない。そもそも、その貼り紙をだれが書いたのかもはっきりしない。
もしかして、つぶれたのか――とも思ったが、それならそれで、「長い間、ご愛顧を賜りましたが」などの感謝とか言い訳の言葉が記されていてもいいものだ。
しかも、その貼り紙に書かれた文字は、墨痕鮮やかと言うにはほど遠く、マーカーであわてて書きなぐったという感じに近かった。
「排水設備工事」なら、せいぜい1週間もすれば終わるだろう。
次の週、再び、「カサブランカ」を訪ねてみたが、シャッターは下ろされたままだった。その次の週も、そのまた次の週も、シャッターが上げられた気配はなかった。すでに、貼り出された紙は色あせ、ガムテープで貼り付けられた端が破れて、いまにも、ちぎれ落ちそうになっている。
これは、何かがあって、急遽、店を閉めざるを得なくなったのかもしれない。
そう思ったとき、ふと、思い出した光景があった――。

シャッターが下ろされるつい数日前のことだ。
その夜の「カサブランカ」には、それまで見たこともない種類の客が来ていた。テカテカと光るダブルのスーツにワニ革の靴を履いたふたり連れ。指には、やたら大きなメタルのリングを嵌め、薄く色のついたグラスの下では、細い目が、眼光鋭く、店内をなめるように見回していた。
「オイ!」と、ふたりのうちの年かさと思われるほうが、マスターの鈴村を手招きした。
「ママ、いるんだろ? 呼べよ」
鈴村は、ふたりに頭が上がらないようだった。言われるままに立ち上がり、カウンターの奥で伝票を整理していたママの秋元百合をふたりの席に連れて来る。
「いらっしゃいませ。ママをやってます秋元百合……」
全部、言い終わらないうちに、年かさの男が「いいから」と秋元百合の手を引いた。
「ここへ座んなよ」
秋元百合は、男が「ここ」と指し示した場所に、恐る恐るというふうに腰を下ろした。ママが腰を下ろすと同時に、男たちは、その間合いを詰めた。百合は、男ふたりに挟みつけられるような形になって、体を逃がそうとする。その肩に年かさの男が手をかけて、細い体を引き寄せた。
「ママは、ダンサーだったんだってな。何とかいうダンシング・チームの、リーダーだったんだろ?」
「ヘェ、そうなんすか。すごいじゃないすか」
「ホラ、あれだよ。男たちの前で、網タイツとか穿いてよ、ピャーッと脚おっ広げてお股の奥までお見せしちゃうってやつよ。だろ、ママ? 道理で、締まったいい脚してるもんなぁ」
言いながら、男は、もう一方の手を百合のスカートの中へもぐり込ませていく。
「ちょ、ちょっと……」
秋元百合は、その手から必死に逃れようともがくが、男ふたりに両脇を固められ、年かさの男のもう片方の手で肩を押さえつけられて、身動きが取れない。
スカートの中にもぐり込んだ男の手は、百合のももの間を奥へ奥へ……と進んでいく。めくれ上がったスカートの下から、ママ・秋元百合の白く、細い脚が露わになっていくのが、私の席からも見えた。
「そんなこと……しないでくださいよォ……」
ママの声は、ほとんど泣き声になっていた。いや、実際、百合の目からは、光るものがこぼれているように見えた。
「ま、ここじゃあれだからさ……」と、男が言い出した。
「そうすね。河岸、変えますか?」
若い男が、ポケットから携帯を出すと、どこかへ電話をかけている。何やら、ボソボソと話すと、「OKっす!」と、男に合図を送った。
男ふたりは、両脇から腕を抱えると、まるで連行するように百合を立ち上がらせ、出口へと向かう。
秋元百合は、首を振りながら、救いを求めるようにマスターの顔を見たが、鈴村は、片手で拝むような仕草を見せて、頭を下げた。
そのまま、百合は男たちによって、店の外へ連れ出されてしまった。

「ママ、かわいそう……」
一部始終を見ていたチカが、ポソリとつぶやいた。
「何なの、あの人たち?」
私が訊くと、チカは、私の耳に口をつけるほどに近づけて、聞こえるか聞こえないかの声でささやいた。
「借金取り……」
「ずいぶん柄のわるい借金取りなんだね?」
「これ、だから」
チカが指先で頬を切るマネをしてみせた。
「カサブランカ」はどうやら筋のわるい資金に手を出しているらしい――と、そのとき、私は初めて知ったのだった。
「カサブランカ」が、いきなりシャッターを下ろしたのは、もしかしたら、あの夜のことと関係があるのではないか?
シャッターを閉めたままの状態が2週間、3週間と続いた頃、私のその想像は、ほぼ確信に変わった。
もしそうだとすれば、店は、もう二度と立ち直ることはあるまい。
閉店して3カ月が過ぎ、ほとんど「カサブランカ」のことなど忘れかけた頃、私は、オフィスで、思いもかけない人間からの電話を受けた。
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