「カサブランカ」の歌姫2-6 待ち伏せの路地

言い出した。路地に停まった黒塗りのクルマ。
ストーカーの待ち伏せだ――と言う。仕方なく、
都心に戻って時間をつぶし、再び、自宅前へ。
レイラは、「入って」と私を部屋に招き入れた――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-2 村尾レイラ〈6〉

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「運転手さん、次の路地の前をゆっくり過ぎてもらえます?」
クルマが北沢の込み入った道を走り始めると、レイラは、運転手に指示を出し、顔を窓に当てるようにして、路地の奥をのぞき込んだ。
「ダメだ。いるわ、あいつのクルマ」
路地に停まった黒塗りのセダンを指さして、レイラが吐き捨てるように言う。その黒塗りは、南野のクルマで、レイラの帰りを待ち伏せているのだと言う。「チッ」と舌を鳴らして、レイラは運転手に再び、指示を出した。
「戻ってください」
「エッ、戻るんですか?」
「いいから、六本木まで戻って」
半分、命令するようなレイラの口調に、運転手は一瞬、ムッとした表情を見せ、やや乱暴にハンドルを切った。
私も、ムッ……となっていた。運転手に「戻って」と命令する前に、「ごめんね。戻ってもいいですか?」と、尋ねるべき相手がいるだろう? しかし、レイラという女は、そういう気遣いができるような種類の女ではなかった。
六本木へ戻ると、「よく行く店があるから」と、レイラは私をピアノバーに誘った。グランドピアノの周りをカウンターに仕立てた店で、カウンタ―の中では、私よりは少し年配のピアニストが、渋い顔で鍵盤に指を走らせていた。
「ケンちゃん、ボーカル、連れてきたよ」
自分とは親子ほど年が離れたピアニストを「ケンちゃん」と呼ぶ。ケンちゃんは、私の顔をチラと見て、渋い顔をニコリと綻ばせた。笑うと、少し、ロビン・ウィリアムスみたいな顔になる。
「ケンちゃん、私のボトル、まだ残ってたっけ?」
「いや、もう、ないんじゃない? こないだ、みなさんでいらしたときに、確か、空になったような気がするけど……」
「だれも入れていってくれなかったのォ? 気が利かないわねェ。じゃ、一本、入れとく? いいでしょ?」
「いいでしょ?」は、私に言っているのだった。「あ、ああ……」とうなずく私は、頭の中で財布に残った紙幣の数を計算し、「カードでいいですか?」とケンちゃんの顔を見た。その顔が、「すみませんねェ」と苦笑しているように見えた。
クルマが北沢の込み入った道を走り始めると、レイラは、運転手に指示を出し、顔を窓に当てるようにして、路地の奥をのぞき込んだ。
「ダメだ。いるわ、あいつのクルマ」
路地に停まった黒塗りのセダンを指さして、レイラが吐き捨てるように言う。その黒塗りは、南野のクルマで、レイラの帰りを待ち伏せているのだと言う。「チッ」と舌を鳴らして、レイラは運転手に再び、指示を出した。
「戻ってください」
「エッ、戻るんですか?」
「いいから、六本木まで戻って」
半分、命令するようなレイラの口調に、運転手は一瞬、ムッとした表情を見せ、やや乱暴にハンドルを切った。
私も、ムッ……となっていた。運転手に「戻って」と命令する前に、「ごめんね。戻ってもいいですか?」と、尋ねるべき相手がいるだろう? しかし、レイラという女は、そういう気遣いができるような種類の女ではなかった。
六本木へ戻ると、「よく行く店があるから」と、レイラは私をピアノバーに誘った。グランドピアノの周りをカウンターに仕立てた店で、カウンタ―の中では、私よりは少し年配のピアニストが、渋い顔で鍵盤に指を走らせていた。
「ケンちゃん、ボーカル、連れてきたよ」
自分とは親子ほど年が離れたピアニストを「ケンちゃん」と呼ぶ。ケンちゃんは、私の顔をチラと見て、渋い顔をニコリと綻ばせた。笑うと、少し、ロビン・ウィリアムスみたいな顔になる。
「ケンちゃん、私のボトル、まだ残ってたっけ?」
「いや、もう、ないんじゃない? こないだ、みなさんでいらしたときに、確か、空になったような気がするけど……」
「だれも入れていってくれなかったのォ? 気が利かないわねェ。じゃ、一本、入れとく? いいでしょ?」
「いいでしょ?」は、私に言っているのだった。「あ、ああ……」とうなずく私は、頭の中で財布に残った紙幣の数を計算し、「カードでいいですか?」とケンちゃんの顔を見た。その顔が、「すみませんねェ」と苦笑しているように見えた。

「ケンちゃん」は、ほんとうの名前を鎌田健太郎と言った。自ら作曲を手掛けることもあるというミュージシャンで、店では、ふだんは弾き語りを披露しながら、歌う客がいるときは、その伴奏を引き受ける。
レイラがトイレに立ったすきに、そのケンちゃんが言うのだった。
「レイラちゃん、わるい子じゃないんだけど、わがままですからねェ。ときには、お尻をピシッとやったほうがいいですよ。あの子、自分が尊敬できる人間だったら、素直に言うこと聞くような気がします。たぶん、エーと……荻野さんでしたっけ? あなたにだったら――と思うんですけどね。ま、余計なお世話ですけど」
ほんとうに余計なお世話だ――と思った。
私が3曲、レイラが2曲、ケンちゃんの伴奏で歌を歌って、そろそろいいか――と、「ペーパームーン」を後にした。
時計は、すでに午前3時半を回っていた。
いくら何でも、もう待ち伏せの黒塗りはいないだろう。しかし、問題があった。再び、タクシーを拾って、レイラを家まで送り、逆方向の家まで帰るとしたら、キャッシュが足りない。
「どこかでキャッシングしなくちゃ」と周りを探していると、レイラが言った。
「私のところでお茶でもしてれば、すぐ、始発が動き始めるわよ」
自分はタクシーで送らせておいて、あなたは始発電車を待てばいいじゃないか――と言う。
村尾レイラは、どこまでも自分勝手な女だった。

黒塗りのクルマは、消えていた。
慎重にあたりを見回したレイラは、マンションのポーチの石段に足をかけ、振り向いて私の目を見た。その目が「来て」と、私を誘った。誘ったというより、「命令した」に近い誘い方だった。
エレベーターホールで「▲」のボタンを押すと、手にしていたトートバッグを私に向けて差し出した。どうやら、「持て」ということらしい。譜面の詰まったトートバッグは、ずしりと重い。私がそれを持っている間、レイラは、セカンドバッグの中をかき回した。
「あれ……?」と言いながらかき回して手にしたのは、チャラチャラと光るストラップがついたキーホルダーだった。全部で5本のキーが束ねられていた。
「あ、3階ね……」
階数ボタンを押せ、という命令だ。その間、レイラはキーホルダーのぶら下がったカギの中から一本を選び出して、それを手でつまんだ。
「ずいぶんいっぱい、持ち歩いてるんだね、カギ」
「ああ、これ? 知りたい?」
「いや、別に……」
「じゃ、教えない」
エレベーターが停止してドアが開くと、レイラはつかつかと廊下を歩いて、突き当たりの部屋の前で足を止めた。手にしたカギをキーホールに差し込みながら、レイラは、チラ……と私の顔を見た。
「言っとくけど、ここまで来た男……あなたが初めてだからね」
それはそれは光栄なことで――と思いながら、胸の中に、言いようのない恐怖心が湧いてくるのを感じた。しかし、その恐怖心は、もうひとつの感情に、たちまち打ち消されてしまった。
ドアを開けたとたんに漂ってきた、デパートの化粧品売り場のような甘い香り。その香りが鼻腔をくすぐったとたん、私の中に芽生えかけていた恐怖心は、新たに発生したその感情に取って代わられた。
「とりあえず、一杯、飲む? 私の部屋へのウエルカム・ドリンクよ」
羽織っていたコートをポイと脱ぎ捨てると、レイラは、ワインラックから赤ワインを一本抜き取り、オープナーでコルクを抜き、2つ並べたグラスに赤い液体をトクトクと注いだ。
「じゃ……ね。これからも私を守ってください」
そう言って、グラスをカチンと合わせると、赤い液体を一気にのどに流し込んでいく。もう、かなり酔っているはずなのに、その飲みっぷりは見事と言えた。
しょうがないので、私も、グラスに口をつけた。
ワインを飲み干しながら、グラス越しに部屋の様子を見回した。
少し広めのワンルーム。部屋の奥には、セミダブルサイズのベッドが置かれ、枕元にはミニ・コンポ。ベッドサイドには、CDがぎっしり詰まったラックが置いてあった。
村尾レイラは、整理整頓が得意というわけではなさそうだった。ベッドの上には、脱ぎ捨てたまま――と思われるガウンが放り投げられ、その脇には、ショーツとブラが、やはり、脱いだ形のままに、無造作に脱ぎ捨てられていた。
「お願い……」
ワイングラスをテーブルに置いたレイラが、クルリと後ろを向いて、少し甘えるような声を出した。
「後ろのホック、外してくれない? ちょっと外れにくいの、それ」
まだ、レイラは、ステージで着た白のラメ入りワンピースを着たままだった。
背中を向けたまま、セミロングの髪をかき分けて俯き、うなじを私の目にさらしている。
私は、両手をホックの合わせ目に伸ばした。
確かに、少し外れにくいホックではあった。オスカン側が押しつぶされて、メスカンを圧迫するような形になっている。ラクに着脱できるようにするには、つぶれたオスカンのツメを少し起こしてやらなくてはならない。それをやろうとすると、指先が、レイラの肌に触れる。触れるたびに、レイラは背中をピクリと反らした。
ホックを外すと、レイラのワンピースの上部は、彼女の肌を締め付けている拘束を解いた。ほとんど陽の光など浴びたことがないだろうと思われる白い肌が、少しだけ露わになった。その下を覆ったワンピースは、ジッパーでかろうじて彼女の肌の上に留まっているにすぎない。
スライダーの引手に手を当てると、レイラが小さな声で命令した。
「下ろして」
私の手は、その命令に従った。
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