「カサブランカ」の歌姫2-5 その男、ストーカーにつき

「カサブランカ」に顔を出すようにした。
そんな私をチカは「フーン」と冷めた目で見る。
レイラは、そのチカに何かと厳しく注文をつける。
女と女が、どこかでぶつかり合っていた――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-2 村尾レイラ〈5〉

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レイラがゲストで出演する日には、私は極力、「カサブランカ」に顔を出すようにした。
私が顔を出すと、チカは「フーン」と私の顔を覗き込んで言うのだった。
「来る……と思った」
「どうして?」
「レイラさん、出てるし……」
「別に、追っかけてるわけじゃないよ」
「ヘェ~。私は、てっきり、魂奪われてるのかと思った」
「そんな簡単に奪われないよ、この魂は」
「どうだか……」
男と女のことについては、どちらかと言うと、「冷めた目」で見るタイプのチカだが、その口の端には、どこか、皮肉めいた響きが込もっているように感じられた。「やきもち」というほどのリアルな感情ではない。「どうだか」と突き放しながら、「まったく、男ってやつは……」と、冷笑しているようにも見える調子だった。
チカは、歌で「愛」を歌わない。歌うことで「愛」を得ようとするような歌い方もしない。彼女にとって大事なのは、音を音として完成させることだ。聴いている者にとっては、それが「冷たい」と感じられることもある。
レイラは、逆だ。歌に「愛」をトッピングしようとする。とても「愛」とは言えないものも「愛」に見せようとして盛りつけるので、その歌は、ときに「媚びている」と感じられることもある。
そのレイラが、チカに言うのだった。
「チカちゃん、もっと感情込めて歌ったほうがいいわよ」
「そうですよね」と、適当に受け流しておけばいいものを、チカという女にはそれができない。
「私、愛してるとか、言えないほうなんで」
「でも、あなた、歌手になりたいんでしょ? だったら、ウソでも、聴いてる人たちがあなたの愛を感じるような歌い方をしないと」
「愛してもいないのに? 私、ウソつけないし……」
「でも、だれかいるでしょ、愛してる人とか?」
「いないです。まだ、若いし……」
そうか、いないのか――と、少し落胆したが、チカの受け答えはサバサバしていて、どこか心地よくもあった。
私が顔を出すと、チカは「フーン」と私の顔を覗き込んで言うのだった。
「来る……と思った」
「どうして?」
「レイラさん、出てるし……」
「別に、追っかけてるわけじゃないよ」
「ヘェ~。私は、てっきり、魂奪われてるのかと思った」
「そんな簡単に奪われないよ、この魂は」
「どうだか……」
男と女のことについては、どちらかと言うと、「冷めた目」で見るタイプのチカだが、その口の端には、どこか、皮肉めいた響きが込もっているように感じられた。「やきもち」というほどのリアルな感情ではない。「どうだか」と突き放しながら、「まったく、男ってやつは……」と、冷笑しているようにも見える調子だった。
チカは、歌で「愛」を歌わない。歌うことで「愛」を得ようとするような歌い方もしない。彼女にとって大事なのは、音を音として完成させることだ。聴いている者にとっては、それが「冷たい」と感じられることもある。
レイラは、逆だ。歌に「愛」をトッピングしようとする。とても「愛」とは言えないものも「愛」に見せようとして盛りつけるので、その歌は、ときに「媚びている」と感じられることもある。
そのレイラが、チカに言うのだった。
「チカちゃん、もっと感情込めて歌ったほうがいいわよ」
「そうですよね」と、適当に受け流しておけばいいものを、チカという女にはそれができない。
「私、愛してるとか、言えないほうなんで」
「でも、あなた、歌手になりたいんでしょ? だったら、ウソでも、聴いてる人たちがあなたの愛を感じるような歌い方をしないと」
「愛してもいないのに? 私、ウソつけないし……」
「でも、だれかいるでしょ、愛してる人とか?」
「いないです。まだ、若いし……」
そうか、いないのか――と、少し落胆したが、チカの受け答えはサバサバしていて、どこか心地よくもあった。

村尾レイラは、チカには何かと厳しく注文をつける。
「あなた、RとLの区別ができてないわよ」
「単語の途中でブレス入れるの、止めなさいよ」
「たった16小節の曲なんだからさ、間奏は、ピアノとベースに1コーラスずつ回しなさいよ」
「あの曲にあのテンポ、ちょっと合わないわね」
その度に、チカが「でも、それは……」と言い返したりするので、レイラは、最後には怒り出してしまう。
その怒りが向けられるのは、チカにではなく、私に――だった。
「まったく、きのう今日歌い始めたばかりのくせに、あの子、生意気なのよ。私が何年、この世界で歌ってきたと思ってるのよ」
そんなことを私に言われても困る――なのだが、どうやらレイラは、いつも私の席に着くチカに、あまりいい感情を持っていないように見えた。
もしかしたら、レイラは、私とチカが特別の関係にあると、誤解しているのかもしれない。そして、30万の金を借りたことで、彼女は、自分と私の間に、他人の入り込めない関係を築き、チカに対してアドバンテージを得たとでも思っているのかもしれなかった。
そんなある日、レイラが突然、言い出した。
「荻野さん、きょう、私を送ってくれない?」
その日は、珍しく南野氏が店に顔を見せていなかった。

「いつも送ってくれる人は、どうしたの?」
「もう、送ってくれなくていいって言ったの」
「別れたの?」
「別れた――って、私たち、別につき合ったりしてるわけじゃないから」
「かわいそうに……」
「エッ?」
「もう、用なしってこと?」
「あのね……」と、レイラは口をとからせた。
「なんか、誤解してるみたいだけど、私は、あの男を利用したりはしてないし、指一本、握らせてもいないわよ」
「でも、向こうは、それでいいとは思ってないんでしょ?」
「そうみたいね。だから、困ってるの」
レイラによれば、ミスター総務省は、ストーカーなんだという。「もう、送ってくれなくてもいい」「店にも来てくれなくていい」と宣言した日から、男は、レイラの行動を監視し、つけ回すようになった。
何度か、家の前にクルマを止めて待ち伏せされたこともある。だから、ひとりで家に帰るのが怖い。と言って、ほかのだれかに頼んだら、その男が今度はストーカーになる。頼めるのは、「あなたしかいない」と言うのだ。
「ボクだってストーカーになるかもしれないじゃないか」
「荻野さんなら、全然、平気よ」
それ、どういう意味だよ――と思ったが、藪はつつかないでおくことにした。
どこかで、少し時間をつぶして、それから帰りたいから、つき合ってくれないか?
その後で、自分を家まで送ってくれないか――というのが、レイラの頼みだった。
レイラと私は、帰る方向がまったく逆だ。それって、時間的にも、経済的にも、ちょっと大変なんだけど……。
しかし、南野につけ回されているというレイラを放っておくわけにはいかなかった。
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教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
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2014年10月発売 定価122円
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