「カサブランカ」の歌姫2-4 元社長秘書は「ドール」

助けてもらえないか――というものだった。
それならもっと簡単に出してくれそうな男が
いるじゃないか。私が言うと、レイラは、
般若のような顔で首を振った――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-2 村尾レイラ〈4〉

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「突然、すみません。ちょっと相談したいことがあって……」
オフィスにかかってきたレイラの電話は、最初、ちょっと神妙な声だった。
ちょうどランチタイムでもあったので、近くのイタリアン・レストランに誘った。
ステージ衣装しか見たことないレイラだったが、ふだんのコスチュームも、コンセプトはボディコンシャスだった。黒のタイトなミニ・スーツに身を包んだ姿は、どこかの会社の小生意気な秘書と見えなくもない。
そんな感想を口にすると、レイラは意外な過去を明かした。
「つか、社長秘書だったんですよ、私」
「エッ、『ギャラクシー』のアシスタントやってたんじゃなかったの?」
「それは、そのあと」
「社長秘書を辞めて、アシスタントになっちゃったのかぁ。ずいぶん思い切ったんだねェ。収入ガタ減りだったでしょ?」
「でも、いいの。社長のドールなんかやってるより、そっちのほうが自由でしょ?」
「ドールって、まさか……」
「そうよ、性的オモチャ。しょうがないわよね。こんなかわいい女が目の前にいたら、男だったら、だれでも手を出したくなるでしょ?」
「出したくなるのと、実際に出すのとは、別の問題だよ」
「いいのよ。荻野さんだったら、手を出しても……」
いきなり、そんなことを言い出すとは思ってなかったので、私は、どう答えていいのかわからなくなった。
「その代わり、お願いがあるんだ……」
そう言って私の顔を見上げる目に、怪しい光が宿っていた。
「あのね、私、こないだのメンバーとモンゴルに演奏旅行に行く――って言ってたでしょ? ちょっと足りないのよね」
「足りない――って? エッ、費用が?」
「ウン……」
「どれくらい?」
「30万ぐらい……かな」
「30万かぁ……。それくらいなら援助するよ――って言える額じゃないなぁ」
「荻野さん、会社やってるって聞いてたから、力になってくれるかも……って思ったんだけど」
「会社って言っても、うちの会社、吹けば飛ぶような零細企業だから」
「そうかぁ。ムリかぁ……」
さっきまでの「何物も恐れない」といった調子の自信に満ちた顔に、暗い影が差している。影が差すと、レイラの顔は少し険しくなる。
なんとかしてやりたい――という気持ちが、不覚にも湧いて出た。
オフィスにかかってきたレイラの電話は、最初、ちょっと神妙な声だった。
ちょうどランチタイムでもあったので、近くのイタリアン・レストランに誘った。
ステージ衣装しか見たことないレイラだったが、ふだんのコスチュームも、コンセプトはボディコンシャスだった。黒のタイトなミニ・スーツに身を包んだ姿は、どこかの会社の小生意気な秘書と見えなくもない。
そんな感想を口にすると、レイラは意外な過去を明かした。
「つか、社長秘書だったんですよ、私」
「エッ、『ギャラクシー』のアシスタントやってたんじゃなかったの?」
「それは、そのあと」
「社長秘書を辞めて、アシスタントになっちゃったのかぁ。ずいぶん思い切ったんだねェ。収入ガタ減りだったでしょ?」
「でも、いいの。社長のドールなんかやってるより、そっちのほうが自由でしょ?」
「ドールって、まさか……」
「そうよ、性的オモチャ。しょうがないわよね。こんなかわいい女が目の前にいたら、男だったら、だれでも手を出したくなるでしょ?」
「出したくなるのと、実際に出すのとは、別の問題だよ」
「いいのよ。荻野さんだったら、手を出しても……」
いきなり、そんなことを言い出すとは思ってなかったので、私は、どう答えていいのかわからなくなった。
「その代わり、お願いがあるんだ……」
そう言って私の顔を見上げる目に、怪しい光が宿っていた。
「あのね、私、こないだのメンバーとモンゴルに演奏旅行に行く――って言ってたでしょ? ちょっと足りないのよね」
「足りない――って? エッ、費用が?」
「ウン……」
「どれくらい?」
「30万ぐらい……かな」
「30万かぁ……。それくらいなら援助するよ――って言える額じゃないなぁ」
「荻野さん、会社やってるって聞いてたから、力になってくれるかも……って思ったんだけど」
「会社って言っても、うちの会社、吹けば飛ぶような零細企業だから」
「そうかぁ。ムリかぁ……」
さっきまでの「何物も恐れない」といった調子の自信に満ちた顔に、暗い影が差している。影が差すと、レイラの顔は少し険しくなる。
なんとかしてやりたい――という気持ちが、不覚にも湧いて出た。

「あのさ、援助するっていうのはムリだけど、貸すことだったらできるよ。その代わり、少しずつでも返してもらわないと困るんだけど」
「ホント?」
暗い影に覆われていたレイラの顔に、パッ……と花が咲いたように見えた。
私は、レイラを席に座らせたまま、近くのATMに走った。きっちり30万を下して封筒に詰め、店に戻ると、レイラの前にその封筒を差し出した。
「一応、確認してくれる? 確認したら、これに一筆書いて欲しいんだ」
「借用書?」
「金額を書いて、毎月○万円ずつ返済することをお約束します――って、キミの返済計画を書いておいてほしい。書いておかないと、たぶん、あなたは忘れてしまいそうだから」
「そんなことないですよ。私、関西だから、そこらへんはしっかりしてるし。でも、助かった、荻野さん。私の見込んだとおりの人だったわ」
「キミは、そんなことで人を判別してるの?」
「違うわよ。たぶん、この人は、意気に感じてくれる人だって、思ってたの」
別に意気に感じたわけじゃないけど……と思いながら、私は、気になっていた質問を口にした。
「でもさ、そんなことだったら、もっと簡単に頼める人、いるんじゃないの? ホラ、あの……何とかさんっていう、総務省の……」
「ダメ。あんな人になんか、死んでも頼みたくない」
「総務省の」と口にしたとたんに、レイラの口がキッと結ばれ、その顔が般若のように変化した。

レイラに言わせると、南野氏は、ストーカーなのだった。
彼女が出演するライブハウスなどに現れては、「彼女の出演回数を増やせ」「客の席に着かせるな」などと、総務省の名刺をチラつかせては、店の人間に指図する。その度に、レイラは、店の人間から、「あの人には困ってるんだよ」と文句を言われ、他のミュージシャンからも変な目で見られてしまう。
ほんとうなら、「私の周りをウロつかないで」と言いたいのだが、ライブの度に3人、4人と客を連れて聴きに来てくれる人間に「来るな」とは言えない。迷惑だけど、しばらくは、その集客力を利用させてもらうことにしよう。
それが、レイラなりの打算だった。
しかし、そんな人間に金銭的援助を頼むわけにはいかない。
「そんなことしたら、あの男、調子に乗って、私の体を自分の自由にさせろ――と言い出すに決まってるもの」
「イヤなの?」
「イヤに決まってるでしょ。あんなのに体をまさぐられるなんて思うと、ヘドが出る。タクシーで送ってもらうときだって、平気で体を抱き寄せようとしてくるから、あ、きょうはここで友だちと待ち合わせてるから――って、途中でクルマを降りてしまうのよ」
もし、南野という男が、レイラの言うようなストーカーだとしたら、その不気味さは何となく想像がつく。「カサブランカ」で、私をニラみつける目などには、ヘビのような執念深さを感じることもあって、その視線にゾッとなったこともあった。
「ね、そんな人にお金貸して――なんて言えないでしょ。でも、よかった。荻野さんが助けてくれて。コレ、きっと返すからね」
レイラは、借用書を書き終えると、現金の入った封筒を大事そうにバッグにしまい込みながら言うのだった。
「これからも……私のこと、見守ってね」
別に、レイラのガーディアン・エンジェルになったつもりはなかった。
しかし、南野という男からは、それとなくガードしてあげなくちゃなるまい。そう思った瞬間、私の中で、ある種の本能がムクムクと頭をもたげた。
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中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

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