「カサブランカ」の歌姫2-3 宴の後で

自らの持ち歌にしてしまう。その瞬間、
私はその人間を征服したような気になる。
レイラにそんな気持ちが湧き始めたとき、
彼女は私に、連絡先を訊いてきた――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-2 村尾レイラ〈3〉

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日比谷のファッションビルの1フロアを区切って、500人ほどが収容できるイベント・スペースが設けられている。「レイラと仲間たち☆真夏のジャズフェスin日比谷」は、そのスペースで行われた。
ステージは15分の休憩を挟んで、前半と後半の2部構成。その各ステージでチカたちの「カサブランカ・ガールズ」は、1曲ずつコーラスを披露し、もう1曲は、レイラのバックコーラスを務めた。
「コーラスなんて」と渋っていたチカだったが、3人3色のロングドレスで揃えたステージ衣装は、それなりに見栄えがして、コーラスも、準備期間が短かったわりには、なかなか声の質もそろっていて、アンサンブルもわるくなかった。
村尾レイラは、タイトなラメ入りのミニのワンピースでステージに立った。
歌いながらステップを踏み、体をくねらせる。その度に体の線がキラリと浮き上がる。おそらくそれは、レイラが意図したことでもあったのだろう。
各ステージで披露したのは、11曲ずつ。そのうち、ジャズのスタンダードと言える曲は、7曲ほどで、後は、どちらかと言うとポップスのナンバーだった。私から譜面をふんだくっていった『When I Fall in Love』は、「最近、ある人にインスパイアされて、とても好きになった曲です」と、しっかり、プログラムの中に加えられていた。
それは、少し、不思議な感覚だった。
自分が教えた曲を、「最近、好きになった曲です」と歌われることによって、私は、レイラという女を、精神的に征服したような気分になっていく。すると、歌う彼女のステージ衣装の下でブレスする、その体までも、自分の手の中に収めたような気分になる。
いかん……と思って頭を振る、その斜め前方で、手をたたきながらステージに声援を送る男の姿が目に留まった。
例の、南野とかいう総務省の役人だった。その両脇には、そういう会場にはふさわしくないと思える、華美な和服姿の女たちが座って、氏が拍手するのに合わせて、手の甲と甲を打ち合わせる奇妙な拍手を送っていた。
南野もまた、そうしてコンサートに人数を動員することによって、レイラを支配しようとしているように見えた。
ステージは15分の休憩を挟んで、前半と後半の2部構成。その各ステージでチカたちの「カサブランカ・ガールズ」は、1曲ずつコーラスを披露し、もう1曲は、レイラのバックコーラスを務めた。
「コーラスなんて」と渋っていたチカだったが、3人3色のロングドレスで揃えたステージ衣装は、それなりに見栄えがして、コーラスも、準備期間が短かったわりには、なかなか声の質もそろっていて、アンサンブルもわるくなかった。
村尾レイラは、タイトなラメ入りのミニのワンピースでステージに立った。
歌いながらステップを踏み、体をくねらせる。その度に体の線がキラリと浮き上がる。おそらくそれは、レイラが意図したことでもあったのだろう。
各ステージで披露したのは、11曲ずつ。そのうち、ジャズのスタンダードと言える曲は、7曲ほどで、後は、どちらかと言うとポップスのナンバーだった。私から譜面をふんだくっていった『When I Fall in Love』は、「最近、ある人にインスパイアされて、とても好きになった曲です」と、しっかり、プログラムの中に加えられていた。
それは、少し、不思議な感覚だった。
自分が教えた曲を、「最近、好きになった曲です」と歌われることによって、私は、レイラという女を、精神的に征服したような気分になっていく。すると、歌う彼女のステージ衣装の下でブレスする、その体までも、自分の手の中に収めたような気分になる。
いかん……と思って頭を振る、その斜め前方で、手をたたきながらステージに声援を送る男の姿が目に留まった。
例の、南野とかいう総務省の役人だった。その両脇には、そういう会場にはふさわしくないと思える、華美な和服姿の女たちが座って、氏が拍手するのに合わせて、手の甲と甲を打ち合わせる奇妙な拍手を送っていた。
南野もまた、そうしてコンサートに人数を動員することによって、レイラを支配しようとしているように見えた。

後半のラスト1曲が終わり、ほとんど義理という意味しか持たないアンコールの拍手を送り、「やれやれ終わった」と席を立つと、どこに身をひそめていたのか、鈴原マスターが忍び寄ってきた。
「チカちゃんたちは、打ち上げがあるみたいだから、先に行ってましょうか」
「先に行く」とは、「カサブランカ」へということだ。
その手は、「逃がしはしませんよ」というふうに、私の腕をつかんでいる。
「もうひとり、連れていく人がいるのよね。榊原さんは……あ、いたいた。あそこだ」
何度か、「カサブランカ」で顔を合わせてはいる顔だ。どこかの大学の非常勤講師を務めているとかいう人で、秋元百合の銀座のママ時代の客らしい――という話を、チカから聞いたことがある。
「や、どうも……」と頭を下げると、すでに50代はとおに過ぎていると思われる老紳士は、照れくさそうに頭を下げた。
「レイラちゃんに、ぜひに……とチケットを勧められましてね」
「私もですよ。泣く子とチケット売りには勝てませんよ、この世界では……」
「特に、レイラちゃんには――でしょ?」
そんな話をしていると、当のレイラが手を振りながら私たちのところにやって来た。
「榊原先生、それに荻野さん。きょうは、どうもありがとうございました。どうでした、きょうのステージ?」
そういう質問がいちばん困るんだけど――と、私が即答しないでいると、榊原先生は、すかさず答えた。
「いやぁ、よかったよ、レイラちゃん。最後のアンコール曲なんか、つい、ウルッときちゃいましたよ」
アンコール? ああ、『メモリー』か。あれ、あんまりよくなかったんだけどな――と思っていると、レイラが「あ、そうそう」と声のトーンを変えた。
「あの曲、気に入ったんで、レパートリーに入れちゃいましたよ」
「どうぞ、どうぞ。別に、私の作品じゃないので、ご自由に」
「でも、教えてくれたの、荻野さんだし。あ、そうだ。ねェ、荻野さん、名刺、くださいよォ。今度、案内状とか送りたいし……」
なんだ、名刺も渡してなかったのか――と、榊原先生があきれたという顔で私を見た。

結局、私と榊原先生は、鈴原マスターのクルマに乗せられて、「カサブランカ」に連行された。
その夜、「カサブランカ」は珍しく満杯になった。席に座りきれない客が、カウンターに掛けたり、フロアに立ったまま、グラスを手にしていた。
マスター・鈴原のネライは、見事に当たったということだ。
行きがかり上、私は、榊原先生とふたり、ボックス席に並んで座って、自分たちで酒を作ってグラスを交わした。しかし、その時間は、あまり心地のいい時間とは言えなかった。
それほどジャズに詳しくないらしい榊原先生は、口を開けば、レイラの歌を礼賛した。
「いやぁ、彼女の歌、いいですねェ。私は、ファンになっちゃいましたよ」
そんな言葉には、「そうですね」とうなずくしかなかった。
小1時間ほど経つと、打ち上げを終えたレイラやチカたちが、バンドマンと一緒に店にやって来て、店内は、「お疲れェ」「ありがとうございました」と、にぎやかな声が飛び交って、ちょっと祭りの後のような雰囲気になった。
そういう雰囲気が、私は、あまり得意じゃない。
適当に話を合わせて、そろそろ行くか――と腰を上げると、「エッ……!?」という顔で、レイラが私の後を追ってきた。
「もう、帰っちゃうんですか?」
「ああ、騒々しいのは、ちょっと苦手でね……」
「なんだ、せっかく、いろいろ話そうと思ったのに……」
「いろいろって?」
「いろいろは、いろいろ。ね、今度、電話してもいいですか?」
「ああ、いつでもどうぞ」
どうせ、また、コンサートのお誘いでもかけてくるのだろう――と、そのときは思っていた。
しかし、違った。
それから、3日後にかかってきた電話の内容は、私には、想像もしていなかったものだった。
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