「カサブランカ」の歌姫2-2 キツネとタヌキ

レイラは、どこまでも自己中心的な女だった。
人の店にゲスト出演しておきながら、自分の
コンサートのチケットを売り捌く。しかし、
マスターはそんな彼女を利用しにかかった――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-2 村尾レイラ〈2〉

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頭をコツンとやられても、怒る気配を見せないどころか、ヘラヘラと笑っている。
その総務省の官僚は、どうやら、村尾レイラの「追っかけ」らしかった。しかし、腰が低いというのでもない。
マスターやママを呼びつけるときには、「オイ!」と横柄な声を出し、ふんぞり返ったまま、手を激しく動かして、何やら指示するか、クレームをつける。美しい花瓶にはへつらうが、バケツは足で蹴とばす。そんな典型的なタイプに見えた。
その官僚を脇に侍らせたまま、レイラはすっくと席から立ち上がった。
「どこへ行くんだよ~」というふうに、ミスター総務省は手を伸ばして、不安げな顔を見せる。どうやら、霞が関のお役人さまは、マザコンの気もあるらしかった。
立ち上がったレイラが足を向けたのは、私の席だった。
「どうも……」と頭を下げるので、「どうぞ」と席をすすめた。スツールに座ると、彼女のボディコンなミニ・スカートは、ほとんどパンツが見えそうな位置までずり上がる。できるだけ見ないように――と目を逸らすと、レイラは上体を屈めるようにして、私の顔をのぞき込んだ。
「あの……さっきの曲の譜面、見せてもらっていいですか?」
どうやら、興味があるのは私ではなく、私が歌った曲らしい。『When I Fall in Love』の譜面を一枚、クリアファイルの中から抜き取って、彼女に手渡した。
「これ、だれが歌ってた曲ですか?」
「ナットキング・コールだけど」
「CMでも使われてますよね?」
「ああ、どこかのクルマのCMでしょ? 最初の8小節ぐらいが使われてたね」
「あの……」と、レイラは目の縁をキラリ……と輝かせた。
「これ、一枚、もらってもいいですか?」
そんなに珍しい曲でもないので、譜面ぐらい、探せばどこかにあるだろうに、村尾レイラという女は、あまりそういう努力をしないタイプなのかもしれない。
「こんな素人の譜面でよければどうぞ」と答えると、「あの……」と、また顔をのぞき込む。
「歌詞、書いてもらっていいですか?」
「じゃ」とノートを取り出そうとすると、「あ、いや、譜面に書いてもらったほうが」と言う。でないと、「譜割りがわからないから」というのだった。
「譜割り」とは、音符にどう歌詞を当てはめていくか――という、歌詞と音符の関係を示す言い方だ。そんなの、耳で聞いて自分でやれよ――とも思った。それに、ジャズ歌手なら、決められた譜割り通りに歌うなんていうのは、即興性に欠けてつまらないとも言える。
しかし、レイラは、そういう感性は持ち合わせていないように見えた。
その総務省の官僚は、どうやら、村尾レイラの「追っかけ」らしかった。しかし、腰が低いというのでもない。
マスターやママを呼びつけるときには、「オイ!」と横柄な声を出し、ふんぞり返ったまま、手を激しく動かして、何やら指示するか、クレームをつける。美しい花瓶にはへつらうが、バケツは足で蹴とばす。そんな典型的なタイプに見えた。
その官僚を脇に侍らせたまま、レイラはすっくと席から立ち上がった。
「どこへ行くんだよ~」というふうに、ミスター総務省は手を伸ばして、不安げな顔を見せる。どうやら、霞が関のお役人さまは、マザコンの気もあるらしかった。
立ち上がったレイラが足を向けたのは、私の席だった。
「どうも……」と頭を下げるので、「どうぞ」と席をすすめた。スツールに座ると、彼女のボディコンなミニ・スカートは、ほとんどパンツが見えそうな位置までずり上がる。できるだけ見ないように――と目を逸らすと、レイラは上体を屈めるようにして、私の顔をのぞき込んだ。
「あの……さっきの曲の譜面、見せてもらっていいですか?」
どうやら、興味があるのは私ではなく、私が歌った曲らしい。『When I Fall in Love』の譜面を一枚、クリアファイルの中から抜き取って、彼女に手渡した。
「これ、だれが歌ってた曲ですか?」
「ナットキング・コールだけど」
「CMでも使われてますよね?」
「ああ、どこかのクルマのCMでしょ? 最初の8小節ぐらいが使われてたね」
「あの……」と、レイラは目の縁をキラリ……と輝かせた。
「これ、一枚、もらってもいいですか?」
そんなに珍しい曲でもないので、譜面ぐらい、探せばどこかにあるだろうに、村尾レイラという女は、あまりそういう努力をしないタイプなのかもしれない。
「こんな素人の譜面でよければどうぞ」と答えると、「あの……」と、また顔をのぞき込む。
「歌詞、書いてもらっていいですか?」
「じゃ」とノートを取り出そうとすると、「あ、いや、譜面に書いてもらったほうが」と言う。でないと、「譜割りがわからないから」というのだった。
「譜割り」とは、音符にどう歌詞を当てはめていくか――という、歌詞と音符の関係を示す言い方だ。そんなの、耳で聞いて自分でやれよ――とも思った。それに、ジャズ歌手なら、決められた譜割り通りに歌うなんていうのは、即興性に欠けてつまらないとも言える。
しかし、レイラは、そういう感性は持ち合わせていないように見えた。

歌詞を書き込んだ譜面を渡すと、レイラは「ありがとう」と、それを自分の席に持ち帰ってブリーフケースの中にしまい込み、今度は何か印刷物のようなものを持って、また、私の席に戻ってきた。それを、総務省がニラみつけていた。
彼女が持ってきたのは、自分の出演スケジュール表だった。
「いろいろ出てますから、よかったら、見にきてくださいよォ~。あ、それで、これなんですけど……」
スケジュール表とは別に千円札大の紙片を取り出して、私の目の前に差し出す。「レイラと仲間たち☆真夏のジャズフェスin日比谷」と印刷してあった。
「あのね、この日のメンバー、すごくいいメンバーなの。サックスの城田さんなんて、いま、若手のホープだし、ドラムスの若林さんは、ホラ、あのジョー若林のジュニアなのよ。絶対、絶対、ナイスなコラボだから、見に来てくれるとうれしいのよねェ。このメンバーでね、秋には、モンゴルツアーもやるんですよォ!」
オイオイ――と思った。よその店に来て、ほかの場所でやる自分のライブのチケットを売るっていうの、マナー違反じゃないの?
マスターの鈴原は承知しているのか――と思って見ると、何やら総務省と話し込んでいる。もしかして、レイラのマナー違反について話し合っているのかとも思ったが、どうも違う。総務省が、店のバンドについて、何やらマスターにクレームをつけているようだった。
基本的に私は、行こうが行くまいが、聴こうが聴くまいが、売り込まれたチケットやCDは、買うことに決めていた。アーティストの卵をサポートする意思を持ったオヤジとしては、それが義務――と思っていたからだ。
「じゃ、1枚、買わせてもらうよ」
内ポケットから財布を取り出そうとすると、彼女は「エーッ!?」と声を挙げた。
「1枚ですかぁ?」
「ボクはおひとりさまだから。一緒に連れていく人もいないし……」
レイラは、ちょっと「困った」という顔をして、それから言うのだった。
「じゃ、ホラ、彼女とか誘ったらどうです? さっき、チラッと話をしたら、行きたいけどお金がない――とか言ってたから」
「彼女」とレイラがあごでしゃくって見せたのは、上野チカだった。

「それで買っちゃったんですか?」
後でその話をすると、チカは「あきれた」というような顔をした。
「だいいち、その日のその時間って、私、ここの仕事、入ってますよ」
「そうだよなぁ」
私が「困った……」という顔をしていると、鈴原マスターがやって来て言い出した。
「それなんだけどさ、荻野さん、アキちゃんも、メグちゃんもお客さんから誘われ
ちゃっててさ、ちょっと困ってんのよね」
アキちゃんも、メグちゃんも、「カサブランカ」のハウス・ボーカルだ。彼女たちも、チケットを買わされた客から「一緒に行かないか?」と誘われて、店としても困ってる――という顔をして見せるのだが、しかし、鈴原マスターの顔はそう言いながらも、含み笑いをもらした。
「ほんとは、店の中でああいう営業されるの、困るんだけどさ、ま、そこは持ちつ持たれつじゃない。どうせ、コンサートの時間って早い時間だから、うちの店も、その時間はヒマなのよね。それでね、話つけたのよ」
鈴原マスターの話はこうだった。
チカとアキとメグの3人にコーラスを組ませて「カサブランカ・ガールズ」とし、レイラのコンサートには、「仲間たち」の一員として友情出演させる。その代わり、店の女の子と客をコンサートに引っ張ることは容認する。そして、コンサートが終わったら、打ち上げに「カサブランカ」を利用し、女の子たちには客と同伴させる。
「さっき、南野さんたちとも話して、そういう条件で了解してもらったのよ」
南野というのが、どうやら、ミスター・総務省の名前らしい。
「エーッ、コーラス? 聞いてないですよ、私」と、チカが不満そうに言う。
「ウン、さっき決めたのよ」と、鈴原マスターは涼しい顔だ。
「てことは……あれですか? 私も、コンサートが終わったらここへ来るってこと?」
「そりゃそうよ、荻野ちゃん」
村尾レイラがキツネなら、鈴原正一郎はタヌキだ。
「カサブランカ」は、そんな不思議な算術で成り立っている店だった。
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