「カサブランカ」の歌姫2-1 ビジュアル系シンガー

白のボディコンなミニスーツにラメ入りのネイル。
どう見ても、ジャズという雰囲気ではない。
村尾レイラ。彼女には、総務省官僚だという
谷町筋がついていた――。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-2 村尾レイラ〈1〉

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最初は、だれかがキャバクラかどこかの女を連れて来たのか――と思った。
白のボディコンシャスなミニスカートに同色のやや小さめなジャケット。そのジャケットには、エッジに沿って金糸のステッチが施されている。大きめのウエーブのかかった髪には、キラキラ光るストーンがちりばめられたバレッタ。指にも、ラメの入ったネイルアート……。
こういうのをコテコテというんだよなぁ――と思って見ていると、チカが自分の持ち歌『ムーンライト・イン・バーモント』を歌い終え、「それではお待たせしました」とマイクを手に持ち替えた。
「きょうのゲスト・ボーカル、村尾レイラさんです」
客席から「よっ!」「イエーイ!」と声が上がり、拍手が湧いた。
いつ来ても、客が3組か4組しかいない、ひまな「カサブランカ」の雰囲気とは少し違う。それまで見たこともない客がフロアを埋め、店内はほぼ満席となっていた。
「みなさん、こんばんは。ジャズ・ボーカルのレイラです。いつも応援してくださる方たちがこんなに来てくださって、ほんとにありがとうございます。きょうは、いっぱい歌っちゃいますので、最後までお楽しみくださいね」
「いっぱい歌っちゃいます」に、ピアノの田村元とサックスの西原信郎が顔を見合わせた。
「いっぱい……だってさ」
バンマスを兼ねる元さんが、レイナから渡された譜面をベースとドラムスに配り、西原に渡しながら眉をしかめて見せた。
「こんなにあんの?」
渡された譜面を見て、西原が首を振った。一枚一枚めくっていく枚数が、6枚か7枚はある。いくら何でも多すぎる――と、私も思った。
「いくらなんでも、これ、全部はムリだよ。リサイタルじゃないんだからさ。半分にしてくれない?」
「エーッ」とレイラが不満そうな声を挙げた。
「ガンバってくださいよォ~。まだ、若いじゃないですかぁ~」
「いや、そういう問題じゃなくてさ……」
西原が「困った」という顔をしている。
「じゃさ、4曲にしようか。でないと、時間オーバーしちゃうから」
レイラは、渋々、譜面から2枚抜き取り、ベースとドラムスとピアノからも譜面を回収した。
それが、村尾レイラというボーカルを見た、耳にした最初だった。
白のボディコンシャスなミニスカートに同色のやや小さめなジャケット。そのジャケットには、エッジに沿って金糸のステッチが施されている。大きめのウエーブのかかった髪には、キラキラ光るストーンがちりばめられたバレッタ。指にも、ラメの入ったネイルアート……。
こういうのをコテコテというんだよなぁ――と思って見ていると、チカが自分の持ち歌『ムーンライト・イン・バーモント』を歌い終え、「それではお待たせしました」とマイクを手に持ち替えた。
「きょうのゲスト・ボーカル、村尾レイラさんです」
客席から「よっ!」「イエーイ!」と声が上がり、拍手が湧いた。
いつ来ても、客が3組か4組しかいない、ひまな「カサブランカ」の雰囲気とは少し違う。それまで見たこともない客がフロアを埋め、店内はほぼ満席となっていた。
「みなさん、こんばんは。ジャズ・ボーカルのレイラです。いつも応援してくださる方たちがこんなに来てくださって、ほんとにありがとうございます。きょうは、いっぱい歌っちゃいますので、最後までお楽しみくださいね」
「いっぱい歌っちゃいます」に、ピアノの田村元とサックスの西原信郎が顔を見合わせた。
「いっぱい……だってさ」
バンマスを兼ねる元さんが、レイナから渡された譜面をベースとドラムスに配り、西原に渡しながら眉をしかめて見せた。
「こんなにあんの?」
渡された譜面を見て、西原が首を振った。一枚一枚めくっていく枚数が、6枚か7枚はある。いくら何でも多すぎる――と、私も思った。
「いくらなんでも、これ、全部はムリだよ。リサイタルじゃないんだからさ。半分にしてくれない?」
「エーッ」とレイラが不満そうな声を挙げた。
「ガンバってくださいよォ~。まだ、若いじゃないですかぁ~」
「いや、そういう問題じゃなくてさ……」
西原が「困った」という顔をしている。
「じゃさ、4曲にしようか。でないと、時間オーバーしちゃうから」
レイラは、渋々、譜面から2枚抜き取り、ベースとドラムスとピアノからも譜面を回収した。
それが、村尾レイラというボーカルを見た、耳にした最初だった。

その時代は、ちょっとしたジャズ・ブームだった。
と言っても、本格的なジャズ・ファンが増えたというわけでもなかった。アンリ菅野など、何人か、若くてスタイリッシュなジャズ・シンガーが登場して人気になり、われもわれも……と、ジャズ・シンガーを目指す若手女性シンガーが現れた。それが、ちょっとしたブームになっていた。
村尾レイラも、そんなひとりと思われた。
そもそも、ボディコンシャスな白のミニ・スーツというアウトフィットが、およそジャズを歌おうという人間には見えない。選曲にも同じことが言えた。『How Long Has This Been Going On』のようなスタンダード曲も含まれていたが、4曲中の2曲はポップスだった。
「みなさん、『ゴースト』っていう映画、もうご覧になりました? ものすごくいい映画で、私は感動してしまったんですが、この曲は、その映画で使われた主題歌で……」
歌ったのは、『アンチェインド・メロディ』だった。

『ゴースト』を「ものすごくいい映画」と自慢げに語る時点で、私は、ジャズ・シンガーとしての村尾レイラへの興味を、半分は失った。

「どうよ、あの子?」
レイラのステージが終わると、マスターの鈴原が声をかけてきた。
「ほんとにジャズをやりたいんですかね、あの人?」
「ほんとは、タレントになりたかったみたいよ。中川先生の紹介で『ギャラクシー』のアシスタントとかやってたみたいなんだけど、結局、芽が出なくてさ」
中川先生というのは、「カサブランカ」にもちょくちょく顔を見せる作曲家。『ギャラクシー』というのは、関西系のコミック・バンドだった。レイラ自身も関西出身だったので、そこで芽を出せば、タレント活動に邁進ということになったのだろう。しかし、そうはならなかった。タレントとして売り出すだけのキャラをレイラは持ち合わせていなかった。
そこで目をつけたのが、当時、人気になりつつあったジャズ・ボーカルだった。
「でもさ、あの子、なぜか、客持ってるのよねェ。ホラ、あそこでレイラの隣に座っている男、いるでしょ? あの人さ、総務省のけっこうエラい人らしいのよね」
その頃、何かとやり玉に挙がっていた総務省。では、ここの飲み食いも、官費なのか?
村尾レイラの態度に、どこか高圧的で自己中心的なところが見られるのも、あるいは、そんなバックがついているからかもしれなかった。

2回目のステージは、客の歌から始まった。
いやだな、あの女の前で歌うのは――と思いながら、チカのMCに誘われてマイクの前に立った。
選んだのは、『When I Fall in Love』だった。
《もし、ボクが恋に落ちるとしたら、それは完璧にだ。
そうでなくちゃ、ボクはけっして、恋に落ちたりはしないだろう》
ナットキング・コールのナンバーで、その頃、クルマのCMでも使われるようになった曲だった。
歌い始めると、例の総務省は、「何でおまえが歌うんだ?」というような目で、私をニラみつけてきた。しかし、村尾レイラは、ちょっと奇異な行動をとった。そろりと立ち上がると、サックスの西原の前に置かれた譜面台をのぞきに来た。
のぞいたと思うと、ウンウン……というふうにうなずいて、また、自分の席に戻っていく。その耳に、総務省が何やらささやく。その後、レイナがとった行動に、私は唖然となった。
ささやきかける総務省の頭を、彼女はコツンとやったのだった。
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