「カサブランカ」の歌姫1-2 ラブソングは好きじゃない

その格を決めるのは、ミュージシャンと
ボーカルのレベル、そして客のレベルだ。
ハウス・ボーカル兼ウエートレスとして働く
チカのレベルはどうなのか……。
連載 「カサブランカ」の歌姫 ファイル-1 上野チカ〈2〉
その頃、東京には、「ジャズクラブ」を名乗る店が、20~30軒はあっただろうと思う。
ジャズの「ライブハウス」を名乗る店も同じくらいあった。もっぱら若手のアーティストが自分たちの演奏を聞かせるというスタイルの店が多く、2000~3000円のミュージック・チャージ+飲んだドリンクと食べたフードの料金だけで、比較的安上がりにジャズを楽しむことができた。
「クラブ」を名乗る店と「ライブ」を名乗る店のいちばんの違いは、接待用の「女の子」がいるかいないか――だった。
女の子と言っても、本格的クラブのようなプロのホステスがいるわけではない。多くはジャズを勉強中というシンガーの卵たちで、そんな女の子が1ステージに1曲は歌わせてもらう代わりに、通常のウエートレスよりはちょっとは高いという程度の時給で、客の席にも着いて接客に当たる。
女の子にしてみれば、プロのミュージシャンたちと交流することで勉強にもなるし、インスパイアされることもある。もしかしたら、そういうミュージシャンや客の紹介で、プロとして活躍する機会が得られるかもしれない。
店にも打算がある。女の子にも打算がある。そういう打算と打算の上に成り立っているのが、「ジャズクラブ」という世界だった。
しかし、その「ジャズクラブ」には、ピンもあればキリもある。
それを決めるのは、ひとつには、出演するミュージシャンのレベルだ。
どの「ジャズクラブ」も、ピアノやベースなど、そのクラブに専属の演奏者を抱えている。それを「ハウス・ミュージシャン」と言う。たいていの場合は、それに加えて何人かのゲスト・ミュージシャンを呼んで演奏させる。
ボーカルも同様だ。ウエートレスとして接客しながら一日に何曲か歌わせてもらう「シンガーの卵」たちは、「ハウス・ボーカル」と呼ばれる。その他に、すでにプロとして活躍しているシンガーをゲストとして出演させたりする。こちらは「ゲスト・ボーカル」と呼ばれる。
「ゲスト」として入るミュージシャンやボーカルのレベルがどれくらいであるかも重要だが、「ハウス」のミュージシャンやボーカルがどの程度のレベルであるかも、無視できない。「ゲスト」に惹かれてクラブを訪れても、ハウス・ミュージシャンやハウス・ボーカルのレベルが「ひどい」と感じられるレベルだと、客の足はクラブから遠のく。少なくとも、私はそうだった。
そして、もうひとつ、ピンとキリを分ける重要な要素があった。それは、客のレベルだった。
ジャズの「ライブハウス」を名乗る店も同じくらいあった。もっぱら若手のアーティストが自分たちの演奏を聞かせるというスタイルの店が多く、2000~3000円のミュージック・チャージ+飲んだドリンクと食べたフードの料金だけで、比較的安上がりにジャズを楽しむことができた。
「クラブ」を名乗る店と「ライブ」を名乗る店のいちばんの違いは、接待用の「女の子」がいるかいないか――だった。
女の子と言っても、本格的クラブのようなプロのホステスがいるわけではない。多くはジャズを勉強中というシンガーの卵たちで、そんな女の子が1ステージに1曲は歌わせてもらう代わりに、通常のウエートレスよりはちょっとは高いという程度の時給で、客の席にも着いて接客に当たる。
女の子にしてみれば、プロのミュージシャンたちと交流することで勉強にもなるし、インスパイアされることもある。もしかしたら、そういうミュージシャンや客の紹介で、プロとして活躍する機会が得られるかもしれない。
店にも打算がある。女の子にも打算がある。そういう打算と打算の上に成り立っているのが、「ジャズクラブ」という世界だった。
しかし、その「ジャズクラブ」には、ピンもあればキリもある。
それを決めるのは、ひとつには、出演するミュージシャンのレベルだ。
どの「ジャズクラブ」も、ピアノやベースなど、そのクラブに専属の演奏者を抱えている。それを「ハウス・ミュージシャン」と言う。たいていの場合は、それに加えて何人かのゲスト・ミュージシャンを呼んで演奏させる。
ボーカルも同様だ。ウエートレスとして接客しながら一日に何曲か歌わせてもらう「シンガーの卵」たちは、「ハウス・ボーカル」と呼ばれる。その他に、すでにプロとして活躍しているシンガーをゲストとして出演させたりする。こちらは「ゲスト・ボーカル」と呼ばれる。
「ゲスト」として入るミュージシャンやボーカルのレベルがどれくらいであるかも重要だが、「ハウス」のミュージシャンやボーカルがどの程度のレベルであるかも、無視できない。「ゲスト」に惹かれてクラブを訪れても、ハウス・ミュージシャンやハウス・ボーカルのレベルが「ひどい」と感じられるレベルだと、客の足はクラブから遠のく。少なくとも、私はそうだった。
そして、もうひとつ、ピンとキリを分ける重要な要素があった。それは、客のレベルだった。

「ジャズクラブ」の中には、客を演奏に参加させるところもある。
週に一度とか二度、「ジャムセッションの日」を設けて参加させるところもあれば、毎日のステージの中で、何人かの客をステージに上げて、楽器を演奏させたり歌を歌わせたりするところもある。
その客に演奏させていいか、歌わせていいか――それを判断するのは、クラブを仕切る店長や支配人だ。客の中には、「歌わせろ」「演奏させろ」と要求する客もいる。それを無制限に受け入れてしまうと、クラブの雰囲気は壊れてしまう。それを判断し、仕切る能力もまた、クラブのレベルを決める重要な要因のひとつと言ってよかった。
私は、その頃、ジャズのスタンダードを歌うことに夢中になっていた。しかし、それをカラオケで歌うなんていう気にはなれない。ほどほどに腕のいい、フレンドリーなハウス・ミュージシャンがいる店で、その影響を受けながら、気分よく歌いたい。
そうして、いくつかの店をのぞいているうちに見つけたのが、「カサブランカ」だった。
上野チカは、その「ハウス・ボーカル」のひとりだった。
「チカちゃんは、どんな曲が得意なの?」
それとなく探りを入れた。
持ち歌を聞くことによって、その歌い手のセンスや力量が窺い知れる。その情報は、相手との人間関係を築く上でも、たいせつなヒントになる。チカの答えは、意外だった。
「ラブソングっぽくない曲だね」
「ホウ……」と思った。
その年頃の女の子が、好んで歌うのは、「あなたのことが忘れられない」だの「あなたを失って悲しい」だのという、メロメロのラブソングが多いのだが、チカは、そういう曲があまり好きではないと言う。
「もしかして、ラブにひどい目に遭ったとか……?」
「ひどい目――って感じるラブもなかったかな」
「つまり、ラブを知らずに育った……ってことか」
「まだ、20歳だも~ん」
おどけるように言う口調の中に、得体の知れない絶望感が潜んでいるような気がして、私は「おや?」と思った。

やがて演奏が始まった。
インストだけの演奏が2曲続いた後で、ゲストとして入っていたサックスの西原信郎が、「じゃ、行こうか」と、チカを手招きした。
その夜は、ゲスト・ボーカルが入ってない夜だった。
「若いのに、渋い曲、歌うんだよね、この子」
チカが手渡す譜面を見ながら、西原がピアノとベースに声をかける。
マイクの前に立ったチカは、スッと背を伸ばし、大きく息を吸った。そのとき、初めて気がついた。上野チカは、思ったより背が高い。そして細い。息を吸い込んだ胸は、彼女の白いブラウスの中で胸郭をふくらませていたが、そこには男の目を「オッ」と見開かせるほどの胸のふくらみは感じられない。黒いパンツスーツに身を包んだチカの姿が、私の目には、宝塚の男役のように見えた。
ゆっくり手を振ってテンポを示すと、チカは、マイクをスタンドから抜き取って、それを胸の前に構えた。どちらかと言うと小さなおちょぼ口が、巣でエサを待つツバメの子のように開かれ、そして、澄んだ高温がその口から吐き出された。
「ペニーズ、イン・ザ・ストリーム……」
ハテ、この曲は――?
『ムーンライト・イン・バーモント』という曲だった。シナトラのアルバムで聴いたことはあるが、目の前で人が歌うのを聴くのは、それが初めてだった。
月夜のバーモント州の情景を淡々と歌い上げる曲だが、そんなにポピュラーというわけでもない。そして、チカが口にしたとおり、歌詞の中には、「好き」だの「ホレた」だのという言葉は、一度も出てこない。
確かに「ラブソング」っぽくない曲ではある。その曲を、よく伸びる声で端正に歌う。サビにはむずかしい音程も出てくるが、それを気持ちいいくらい正確なピッチで、伸びやかに歌っていく。
「ヘェ」と思いながら聴いているうちに、私の中には、彼女への特別の関心が芽生えていった。
⇒続きを読む
筆者の最新小説、キンドル(アマゾン)から発売中です。絶賛在庫中!

一生に一度も結婚できない「生涯未婚」の率が、男性で30%に達するであろう――と予測されている「格差社会」。その片隅で「貧困」と闘う2人の男と1人の女が出会い、シェアハウスでの共同生活を始めます。新しい仲間も加わって、築き上げていく、新しい家族の形。ハートウォーミングな愛の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。



【左】『聖少女~六年二組の神隠し(マリアたちへ-2)』
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター(マリアたちへ-1)』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。
「Kindle」は、「Amazon.com」が世界中で展開している電子本の出版・販売システム。「Kindle専用端末」があればベストですが、なくても、専用のビューアーをダウンロード(無料)すれば、スマホでも、タブレットでも、PCでも読むことができます。
下記タイトルまたは写真をクリックして、ダウンロードしてください。
2016年3月発売 定価:342円 発行/虹BOOKS
妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)
既刊本もどうぞよろしく タイトルまたは写真をクリックしてください。
2015年7月発売 定価/122円
教師のビンタが支配する教室から、突如、姿を消した美少女。卒業から40年経って、ボクはその真実を知ります。
【右】『『チャボのラブレター(マリアたちへ-1)』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭とボクの、淡い恋の物語です。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。



→この小説の目次に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 「カサブランカ」の歌姫1-3 キスしたくなる唇 (2016/07/21)
- 「カサブランカ」の歌姫1-2 ラブソングは好きじゃない (2016/07/17)
- 「カサブランカ」の歌姫1-1 忠誠心のない女 (2016/07/09)