荒野のバラと谷間のユリ〈31〉 野良ネコ、婦人科の病…?

栞菜が残した言葉の意味は…?
栞菜がしばらく編集部に顔を見せない。
心配するボクに、稲田敦子が言った。
「まったく、あの野良ネコは、困ったもんだわ」
栞菜は、婦人科系のトラブルに見舞われていた…。
連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第31章
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった。栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。右も左もわからずこの世界に飛びこんだ栞菜に、一から仕事を教え込んだ稲田敦子。そのふたりに、あるとき、「ヒマ?」と声をかけられた。ついていくと、そこは新宿の「鈴屋」。「これ、私たちから引っ越し祝い」と渡されたのは、黄色いホーローのケトルとマグカップだった。その黄色は、ボクの部屋に夢の形を作り出す。そんなある夜、小野田に飲みに誘われた栞菜が、「松原クンも行かない?」と声をかけてきた。元ヒッピーだと言うママが経営するスナックで、ボクは小野田が、かつては辺境を漂白するバガボンドだったことを知らされる。その帰り、バガボンド小野田は、「一杯飲ませろ」と、ボクの部屋にやって来た。小野田は、黄色いマグカップでバーボンを飲みながら、自分の過去を語った。漂流時代にアマゾンを探検中、後輩を水難事故で死なせてしまったというのだった。やがて、年末闘争の季節がやって来た。組合の委員長・小野田は、「スト」を主張。書記のボクと副委員長の相川は、それをセーブにかかった。しかし、会社の回答は、ボクたちの予想をはるかに下回った。その回答を拒否することが決まった翌日、栞菜は部長たちと夜の銀座へ出かけ、由美はボクを夜食に誘って、「ストはやらないんでしょ?」とささやいた。女たちは、ほんとは、「スト」なんか望んではいないのだ。そんな中で開かれた第二次団交は、何とか妥結にいたり、栞菜の発案で、彼女と由美、ボクと河合の若者4人組で、祝杯を挙げることになった。その夜、珍しく酔った栞菜の体がボクの肩の上に落ちた。飲み会がお開きになると、稲田敦子と栞菜がボクの部屋を「見たい」とやって来た。「眠くなった」と稲田が奥の部屋に消えたあと、「飼いネコになりなよ」と発したボクの言葉に、栞菜は頭をすりつけ、唇と唇が、磁石のように吸い寄せられた。その翌々週、ボクたちは忘年会シーズンに突入した。珍しく酔った由美を送っていくことになったボクに、由美は、「介抱してくれないの?」とからんできた。一瞬、心が揺らいだが、酔った由美を籠絡する気にはなれなかった。その翌日、編集部に顔を出すと、小野田がひとりで荷物をまとめていた。「もう、この会社は辞める」と言うのだった。「荷物運ぶの手伝ってくれ」と言われて、蘭子ママの店に寄ると、小野田が言い出した。「おまえ、何で由美をやっちまわなかった?」。ママによれば、小野田にもホレた女がいたらしい。しかし、小野田は女から「タイプじゃない」と言われてしまったと言う。その女とは? 小野田が消えた編集部で、栞菜がボクに声をかけてきた。「ワインとパンがあるの。ふたりでクリスマスしない?」。ボクは栞菜を部屋に誘った。自分からセーターを脱ぎ、パンツを下ろした栞菜の肌は、磁気のように白かった。その体に重なって、初めて結ばれた栞菜とボク。週末になると、栞菜は、パンとワインを持ってボクの部屋を訪ねてくるようになった。彼女が持ち込む食器やテーブルウエアで、ボクの部屋は、栞菜の夢の色に染められていく。しかし、その夢の色は、ボクの胸を息苦しくもした。そんなとき、栞菜を慕う河合金治が、編集部で他の編集部員を殴った。1週間後、河合は会社に辞表を出した。もしかしてその責任の一端はボクにもあるのか? 胸を痛めるボクに河合が声をかけてきた。「ボクが辞めるの、キミが想像しているような理由じゃないからね」。小野田も河合もいなくなった編集部に、4月になって新人が2人、配属されてきた。うち1人が、高級婦人誌出身の高島。相川は、その高島を「エゴイスト」と断じ、「あれは危険な男だ」と言う。その高島を「トノ」と呼ぶ栞菜は、「あの人は、そんな人じゃないよ」と擁護した。そんな中、編集部は1週間の休暇に入った。「どこか行こうか?」と言い出したのは、栞菜だった。「予定を組まない旅がしたい」という栞菜とボクは、ブラリと電車に飛び乗り、山梨県の塩山で降りた。大菩薩峠の登山口にある山間の温泉宿。浴衣姿になった栞菜の白い肌に征服欲をたぎらせたボクは、彼女の浴衣の裾を開き、その股間に顔を潜らせた。情事を重ねた一夜が明けると、いつもの日常が足早に近づいてくる。「寄って行く?」と誘うボクに、栞菜は静かに首を振った。ある夏の日、新野がボクにささやきかけてきた。「知ってる? 雨宮ってさ、相当、インランらしいよ」。彼のスタッフが目撃したのは、資料室で高島のペニスをしゃぶる栞菜の姿だった。その高島に、「横領疑惑」が浮上した。ボクは相川に、高島と栞菜のダイビング旅行のことを確かめてほしいと頼まれた。しかし、彼女はボクの質問に「詮索されるのは好きじゃない」と顔を曇らせた。やがて、彼女の誕生日。その日、彼女は、デザイナー亀山のオフィスに出かけたまま、「不帰社」だと言う。その亀山からオフィスに電話が入った。「高島さん、もう出られましたか?」。頭の中に疑惑の黒い雲が湧いて出た――
雨宮栞菜の姿が、編集部に見えない。
最初は、「きょうはロケにでも行っているのだろう」と思った。
それが翌日も、翌々日も……となったとき、ボクの中にムクムクと頭をもたげた不安があった。
2日前。誕生日に「亀山オフィス」に出かけた栞菜が、そのまま帰って来なかった日の翌日だった。
編集部に一本の電話がかかってきた。
「雨宮さん、電話! 亀山オフィス」
電話をとった部員が栞菜を呼ぶと、栞菜は気だるい調子で電話を手にした。
「ハイ……」
「知らないですよ、そんなこと……」
話の内容はわからなかったが、栞菜の返事の仕方が、どこかおざなりに感じられた。
断片的に聞こえてくる言葉の中に、気になるフレーズがあった。
「おなか、痛くなっちゃったじゃない……」
「ふたりで……あんなこと……するから……」
あれは、どういう意味だったのか?
あのフレーズと栞菜がオフィスに姿を見せないことの間に、何か関係があるのか?
その疑問は、本人に訊くわけにもいかないし、だれかに相談するというわけにもいかなかった。
4日目。稲田敦子が編集部にやって来て、栞菜のデスクで、何やら書類を引っ掻き回し始めた。
「もう少し片づけておいてよ。これじゃ、何がどこにあるのかわからないじゃない……」
ぶつぶつ言いながら、何か探している。
「何か……?」と声をかけると、「写真が上がってきてるはずなんだけど」と言う。
「写真だったら、下のキャビネットの中だと思う。いつも、そこに入れてるから」
キャビネットを開けた敦子は、「あ、これか……」と、ポジの入った「東洋現像所」の袋を取り出して中身を確かめると、「間違いない、これだわ」とうなずいて、それをトートバッグにしまい込んだ。そのまま、編集部を出て行こうとする彼女に、「ね、稲田さん」と声をかけた。
「雨宮さん、何かあったの?」
稲田敦子は、ちょっと困ったような顔をして、「お茶しながらでもいい?」と外を指差した。
最初は、「きょうはロケにでも行っているのだろう」と思った。
それが翌日も、翌々日も……となったとき、ボクの中にムクムクと頭をもたげた不安があった。
2日前。誕生日に「亀山オフィス」に出かけた栞菜が、そのまま帰って来なかった日の翌日だった。
編集部に一本の電話がかかってきた。
「雨宮さん、電話! 亀山オフィス」
電話をとった部員が栞菜を呼ぶと、栞菜は気だるい調子で電話を手にした。
「ハイ……」
「知らないですよ、そんなこと……」
話の内容はわからなかったが、栞菜の返事の仕方が、どこかおざなりに感じられた。
断片的に聞こえてくる言葉の中に、気になるフレーズがあった。
「おなか、痛くなっちゃったじゃない……」
「ふたりで……あんなこと……するから……」
あれは、どういう意味だったのか?
あのフレーズと栞菜がオフィスに姿を見せないことの間に、何か関係があるのか?
その疑問は、本人に訊くわけにもいかないし、だれかに相談するというわけにもいかなかった。
4日目。稲田敦子が編集部にやって来て、栞菜のデスクで、何やら書類を引っ掻き回し始めた。
「もう少し片づけておいてよ。これじゃ、何がどこにあるのかわからないじゃない……」
ぶつぶつ言いながら、何か探している。
「何か……?」と声をかけると、「写真が上がってきてるはずなんだけど」と言う。
「写真だったら、下のキャビネットの中だと思う。いつも、そこに入れてるから」
キャビネットを開けた敦子は、「あ、これか……」と、ポジの入った「東洋現像所」の袋を取り出して中身を確かめると、「間違いない、これだわ」とうなずいて、それをトートバッグにしまい込んだ。そのまま、編集部を出て行こうとする彼女に、「ね、稲田さん」と声をかけた。
「雨宮さん、何かあったの?」
稲田敦子は、ちょっと困ったような顔をして、「お茶しながらでもいい?」と外を指差した。

会社を出て、通りを横切ったところに、いつも打ち合わせで使う喫茶店がある。
敦子は、店内を見回して、知った顔がないことを確かめると、慎重に口を開いた。
「あの子ね、ちょっと……体を壊しちゃったみたいなのよ」
「エッ、体? どこか悪いの?」
「たぶん……婦人科系だと思う」
「エッ……!?」
「婦人科系」という言葉が、栞菜の電話で耳にした「おなか、痛くなっちゃった」という言葉と結びついて、イヤな予感がした。
「病院……とか、行ったのかなぁ?」
「行きなさい――って言ってるんだけどね。まだ……だと思う」
その後で、稲田敦子は、「まったく、あの野良ネコは……」と、つぶやくように言った。
敦子のつぶやきは、「飼いネコ」にしたつもりの栞菜が、まだ、「野良ネコ」として行動している――というふうに聞こえた。
今回の入稿は、仕方ないので自分がやっておく。「でも……」と、敦子は言うのだった。
「松原さん、あの子が出てきたら、やさしく見守ってあげてね。あの子、ほんとはね……」と言いかけて、口をつぐんだ。
それっきり口を閉ざしたので、敦子がほんとうは何を言いたかったのか、ボクにはわからなかった。

「雨宮さん、大丈夫かなぁ?」
席に戻ると、戸村由美が心配そうに声をかけてきた。
「何だか、体の調子がわるいらしいんだ」
「彼女、担当、持ちすぎだよね。グラフ班、いま、彼女ひとりしかいないんだもん。あれじゃ、体、もたないわ」
グラフ班の欠員は、組合としても問題にしているところだった。「欠員の補充を」と、会社側に要求し続けてもいるが、人材の確保がうまくいかないようでもあった。
しかし、栞菜の欠勤は、どうも、それが主な理由ではないようにボクには思えた。稲田敦子が口にした「あの野良ネコは……」という言葉に、その真実が隠されているように感じられた。
「心配してるの?」と、浮かない顔のボクに、由美が問いかけてくる。
「別に……」と、ボクは素っ気ない答えを返す。
由美が、ボクと栞菜のことをどこまで知っているのか、ボクは知らなかった。そして、相川の想いがどこまで由美に届いているのかも、ボクは知らなかった。
知らないので、「ごはん、食べに行かない?」と誘われると、「そうだね」と応じた。
いつもの神保町の定食屋に入って、いつものように焼き魚定食にはしを伸ばしながら、ボクはそれとなく、由美に訊いてみた。
「新デスクの高島さんだけどさ、キミはどう思う?」
「嫌いだよ」
好きか嫌いかを尋ねたわけではないのに、間髪を入れずに「嫌い」が返ってきたことに、ボクは少し驚いた。
「嫌い――なの? どうして?」
「人の精神を支配しようとするところがあるから。私は、ちょっとゾッとする」
冷静だ――と、思った。
「キミも支配されかかった?」
「支配しようとしてきたのがわかったから、はねのけたわ」
「強いんだね」
「強いんじゃないよ。弱いから、セキュリティがはたらくだけ」
「いいシステム持ってるんだね」
「お陰さまでね。たぶん……だけど、自信のある人ほど、あの人の毒にやられてしまうんだと思う」
由美の言う「自信のある人」には、雨宮栞菜も含まれているんだろうか?
しかし、それを由美に尋ねるわけにはいかなかった。
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中学校の美しい養護教諭と生徒だった「ボク」の、淡い恋の物語です。
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【右】『『チャボのラブレター(マリアたちへ-1)』
2014年10月発売 定価122円
中学校の美しい養護教諭と生徒だった「ボク」の、淡い恋の物語です。

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