荒野のバラと谷間のユリ〈27〉 資料室の醜聞

バラの花束彼女は男の悪意の対象になりやすい女だった。
男が耳打ちする言葉は、彼女を卑しめ、そして……


「オイ、見ろよ」と新野が指差す先に、ミニスカートで
身を乗り出して、パンツまる見えの栞菜がいた。
「知ってる? あいつ、相当インランらしいよ」
新野がささやいた言葉に、ボクは……。



 連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第27章 
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この話は連載27回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった。栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。右も左もわからずこの世界に飛びこんだ栞菜に、一から仕事を教え込んだ稲田敦子。そのふたりに、あるとき、「ヒマ?」と声をかけられた。ついていくと、そこは新宿の「鈴屋」。「これ、私たちから引っ越し祝い」と渡されたのは、黄色いホーローのケトルとマグカップだった。その黄色は、ボクの部屋に夢の形を作り出す。そんなある夜、小野田に飲みに誘われた栞菜が、「松原クンも行かない?」と声をかけてきた。元ヒッピーだと言うママが経営するスナックで、ボクは小野田が、かつては辺境を漂白するバガボンドだったことを知らされる。その帰り、バガボンド小野田は、「一杯飲ませろ」と、ボクの部屋にやって来た。小野田は、黄色いマグカップでバーボンを飲みながら、自分の過去を語った。漂流時代にアマゾンを探検中、後輩を水難事故で死なせてしまったというのだった。やがて、年末闘争の季節がやって来た。組合の委員長・小野田は、「スト」を主張。書記のボクと副委員長の相川は、それをセーブにかかった。しかし、会社の回答は、ボクたちの予想をはるかに下回った。その回答を拒否することが決まった翌日、栞菜は部長たちと夜の銀座へ出かけ、由美はボクを夜食に誘って、「ストはやらないんでしょ?」とささやいた。女たちは、ほんとは、「スト」なんか望んではいないのだ。そんな中で開かれた第二次団交は、何とか妥結にいたり、栞菜の発案で、彼女と由美、ボクと河合の若者4人組で、祝杯を挙げることになった。その夜、珍しく酔った栞菜の体がボクの肩の上に落ちた。飲み会がお開きになると、稲田敦子と栞菜がボクの部屋を「見たい」とやって来た。「眠くなった」と稲田が奥の部屋に消えたあと、「飼いネコになりなよ」と発したボクの言葉に、栞菜は頭をすりつけ、唇と唇が、磁石のように吸い寄せられた。その翌々週、ボクたちは忘年会シーズンに突入した。珍しく酔った由美を送っていくことになったボクに、由美は、「介抱してくれないの?」とからんできた。一瞬、心が揺らいだが、酔った由美を籠絡する気にはなれなかった。その翌日、編集部に顔を出すと、小野田がひとりで荷物をまとめていた。「もう、この会社は辞める」と言うのだった。「荷物運ぶの手伝ってくれ」と言われて、蘭子ママの店に寄ると、小野田が言い出した。「おまえ、何で由美をやっちまわなかった?」。ママによれば、小野田にもホレた女がいたらしい。しかし、小野田は女から「タイプじゃない」と言われてしまったと言う。その女とは? 小野田が消えた編集部で、栞菜がボクに声をかけてきた。「ワインとパンがあるの。ふたりでクリスマスしない?」。ボクは栞菜を部屋に誘った。自分からセーターを脱ぎ、パンツを下ろした栞菜の肌は、磁気のように白かった。その体に重なって、初めて結ばれた栞菜とボク。週末になると、栞菜は、パンとワインを持ってボクの部屋を訪ねてくるようになった。彼女が持ち込む食器やテーブルウエアで、ボクの部屋は、栞菜の夢の色に染められていく。しかし、その夢の色は、ボクの胸を息苦しくもした。そんなとき、栞菜を慕う河合金治が、編集部で他の編集部員を殴った。1週間後、河合は会社に辞表を出した。もしかしてその責任の一端はボクにもあるのか? 胸を痛めるボクに河合が声をかけてきた。「ボクが辞めるの、キミが想像しているような理由じゃないからね」。小野田も河合もいなくなった編集部に、4月になって新人が2人、配属されてきた。うち1人が、高級婦人誌出身の高島。相川は、その高島を「エゴイスト」と断じ、「あれは危険な男だ」と言う。その高島を「トノ」と呼ぶ栞菜は、「あの人は、そんな人じゃないよ」と擁護した。そんな中、編集部は1週間の休暇に入った。「どこか行こうか?」と言い出したのは、栞菜だった。「予定を組まない旅がしたい」という栞菜とボクは、ブラリと電車に飛び乗り、山梨県の塩山で降りた。大菩薩峠の登山口にある山間の温泉宿。浴衣姿になった栞菜の白い肌に征服欲をたぎらせたボクは、彼女の浴衣の裾を開き、その股間に顔を潜らせた。情事を重ねた一夜が明けると、いつもの日常が足早に近づいてくる。「寄って行く?」と誘うボクに、栞菜は静かに首を振った――




 すぐに、夏がやってきた。
 連日の猛暑にだらだら汗を流しながら、ボクたちは腕にベタベタくっついてくる原稿用紙と格闘を続けていた。
 そんなある日――。

 「見て、見て、松ちゃん」
 新野信弘が、編集部でボクの肘を突いてきた。
 「雨宮、パンツまる見え」
 珍しくミニのワンピースを着てきた雨宮栞菜が、打ち合わせ用のテーブルに表紙のゲラ刷りを広げて、編集長と打ち合わせをしていた。
 「タイトルの色が、少し、弱くはないか?」
 「写真を少しいじめて、タイトルをもう一本、ぶち込めないか?」
 編集長が何か注文を出す度に、栞菜はテーブルの上に身を乗り出すようにして、編集長の手元のゲラ刷りをのぞき込む。
 股下10センチほどしかない栞菜のワンピースは、その度に裾がめくり上がって、栞菜のヒップが露わになる。パンストを通して、赤いパンツが見えていた。
 「きょうは赤かよ。すゲェなぁ……」
 栞菜のヒップを指差しながら、新野がその手で口を覆った。
 「松ちゃん、知ってる? 雨宮って、すゲェ、インランらしいぜ」
 ボクが栞菜とつき合っていることを知っている人間は、河合がいなくなったいまでは、相川信夫ぐらいしかいない。知らないから、新野はボクの前でそういうことを言えるのだが、新野が口にした言葉は、ボクが栞菜について触れないでおこうと思っている領域に、ズカズカと踏み込んできた。
 「アレのしゃぶり方とか、ハンパなくうまいらしいぜ。ネコみたいに頭をこすりつけながら、舌で、ていねいにていねいになめ上げてくれるんだってよ」
 新野は体育会系だが、学生時代から女の子をナンパしまくっていたという男で、その武勇伝が面白いというので、採用が決まったような男だった。その新野が、身振り手振りを交えて、さも見てきたように、栞菜のインランぶりを話して聞かせる。
 そのリアリティが、脳のひだに入り込んできて、映像として定着しようとするのを、ボクは懸命に食い止めた。
 「いったい、だれが、そんなガセ流してんだよ?」
 栞菜を「インラン」呼ばわりされたことへの怒りもあった。声が、少し尖った。しかし、新野は、そんなボクに声をひそめてささやいた。
 「ガセなんかじゃねェって。見たやつがいるんだよ」
 「エッ!?」
 驚くボクを、新野は、「ちょっと……」と手招きした。

        

 ボクを廊下の自販機コーナーに呼び出した新野が、缶コーヒーを手に話した内容は、あまりにリアルな話だった。
 新野のところでデータマン(取材記者)として仕事をしている、宮田さつきというライターがいる。もう、何日も洗ってないだろうと思うようなジーンズを穿いて、夜の歓楽街だろうと、ヤクザの組事務所だろうと、かまわず飛び込んでいくような、威勢のいい女の子で、新野がかわいがっている子飼いのライターのひとりだった。
 「見た」と言うのは、その宮田さつきだった。
 ある夜のこと。取材に必要な資料を忘れてきたことに気づいた彼女が、編集部に戻ってみると、部内はもぬけの殻だった。ちょうど1折の締切が明けたばかりのタイミング。「なんだ、だれもいないのか」と、資料室に入っていこうとすると、中から、だれか人の気配がした。
 声をかけようとしたさつきは、そこで、思わず息を呑んだ。
 聞こえてきたのが、何やら激しい息遣いだったからだ。
 「ハァ、ハァ……」と息のする方向に目を凝らすと、書架の陰で、人の動く気配がした。
 男がひとり、立っていた。
 書架の陰の男は、さつきの位置からは、横向きの立ち姿しか見えない。顔は書架の陰に隠れていたが、肩があると思われる位置から右手が腰の前に伸ばされていた。
 その右手が何かをつかんでいる。
 エッ、何……?
 さらに目を凝らすと、それは、人間の頭だった。男の手は、その頭の髪の毛をつかんで、それを自分の腰に引き寄せ、引き寄せた頭部に向けて自分の腰を突き出している。そのスラックスの留め金は外され、ジッパーは下ろされていた。
 ふたりが何をしているのか、さつきにはひと目でわかった。
 そして、そんな行為に耽っているふたりがだれとだれであるか――も。
 男にシャギーのかかったショートヘアをつかまれて、その股間に顔を埋めている女。男の前にひざまずき、男が引っ張り出したイチモツを両手で捧げ持ち、それを口に含んで、さもおいしそうに「ングッ、ングッ……」と首を動かしている女。
 それは、雨宮栞菜だった。
 そして、男は――。

        

 「だれだったんだよ、その男?」
 思わず、声が上ずった。
 「知りたい? 教えようか」
 新野は思わせぶりに言って、ボクの耳に口を近づけた。
 「タ・カ・シ・マ・ソ・ウ・イ・チ・ロ・ウ」
 「エッ……?」
 「雨宮が『トノ』って呼んでる、あの高島だよ」
 ウソだろう――と思った。
 いや、ウソであってほしい――と思った。
 しかし、新野はなおも、ボクの耳に悪魔の密告をささやき続けた。
 「そりゃもう、アレが好きで好きでたまらない――って感じだったらしいよ。舌で、根元から裏スジをツツーッとなめ上げちゃあ、頭からパクッと食いついて、ノドの奥まで咥え込むんだって。見てたサッちゃん、あ、さつきね。見ながら、体が熱くなったってよ」
 聞かないほうがいい話だった。
 しかし、栞菜が高島を「トノ」と呼んでいるのは事実だったし、高島がダイビングをやっていて、いい体をしているという話を栞菜から聞いたのも事実だった。その高島から、「ダイビングをやらないか」と誘われているということも、栞菜自身の口から聞いたことだった。
 新野の話は、触れないでおこう、追及しないでおこう――と思っていたボクの疑念に、可燃性の油を振りかけて火を点けた。
 「雨宮さ、前の小野田さんのもやっちゃったらしいし、編集長のもしゃぶったらしいぜ。いいよな、オレたちのもやってくんねェかな。な、松ちゃん」
 新野はボクの肩に自分の肩をぶつけて、同意を求めてきた。
 「いや」と首を振って、ボクは、飲みかけた缶コーヒーをゴミ箱に放り込んだ。
 「興味ないね、オレは。それによ、さつきちゃんつったっけ? 彼女、ストレス溜まってんじゃないの?」
 新野は「何だよ」という顔で、ボクを見やった。
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