神を「インスタント化」した「英霊」という「発明」

「いま」を生きる若者たちへ、愛と連帯を込めて。
この国の保守政治家には、いまだに「神国思想」を支持し、
靖国神社の「英霊」に祈りを捧げると口走る人たちがいます。
しかし、この「英霊」という言葉は20世紀になって発明された
造語。目的は、「国民を喜んで死地に赴かせる」ことでした。
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前回、「靖国神社」がどういう経緯で生まれたかについて話し、「靖国」が象徴的存在である「国家神道」は、薩長を中心とする当時の政府がデッチ上げた「新興宗教」である――と申し上げました。
この「靖国神社」に、日露戦争が終わった頃から、盛んに「英霊」という言葉が登場するようになります。
そもそも「英霊」とは何?
実は、この言葉、神道的に定義することができないのです。
もともと、日本の神道には、統一された教義のようなものは存在しないのですが、それまで伝統的に受け継がれてきたさまざまな神社の教えを見ても、その風習を眺めても、「英霊」なんていう考え方は登場してきません。まるで、降ってわいたように、突然、この言葉が使われ始めたのです。
「死ぬ」ことを「ありがたい」と思わせるために
「英霊」という言葉が盛んに使われるようになったのは、1904年(明治37年)~1905年(明治38年)の「日露戦争」が終わった頃からでした。
この戦争では、日本は、先の日清戦争とは比較にならないくらい、多くの犠牲者を出しました。戦死・戦病死8万8千人余。日清戦争のそれのおよそ7倍の数字です。
当時の日本の常備兵力は、約20万人程度でしたが、この戦争での総動員数は30万人を超えたとされています。そのために、多くの兵隊が徴兵されました。
貴重な働き手を兵隊に取られて、失ってしまった農家などからは、相当な不満の声が上がっていました。
そこで、当時の政府が思いついたウルトラCが、「英霊」だったのです。
それまで、靖国神社・護国神社に祀られている戦没将兵は「忠魂」・「忠霊」などと呼ばれていたのですが、これでは、一方的に「忠義」のために命を落した――ということになってしまいます。それでは、不満を抑えきれない――と、当時の指導者たちは考えたのでしょう。
戦争で亡くなれば、「英霊」=「神」として靖国神社に祀られ、
「天子様(天皇)」に誉めていただける。
なんと、ありがたいことではないか。
庶民にそう信じ込ませ、「戦死して靖国に祀られる」がこの上ない栄誉である――と思い込ませること。それが、当時の指導者たちのネライでした。
この「靖国神社」に、日露戦争が終わった頃から、盛んに「英霊」という言葉が登場するようになります。
そもそも「英霊」とは何?
実は、この言葉、神道的に定義することができないのです。
もともと、日本の神道には、統一された教義のようなものは存在しないのですが、それまで伝統的に受け継がれてきたさまざまな神社の教えを見ても、その風習を眺めても、「英霊」なんていう考え方は登場してきません。まるで、降ってわいたように、突然、この言葉が使われ始めたのです。

「英霊」という言葉が盛んに使われるようになったのは、1904年(明治37年)~1905年(明治38年)の「日露戦争」が終わった頃からでした。
この戦争では、日本は、先の日清戦争とは比較にならないくらい、多くの犠牲者を出しました。戦死・戦病死8万8千人余。日清戦争のそれのおよそ7倍の数字です。
当時の日本の常備兵力は、約20万人程度でしたが、この戦争での総動員数は30万人を超えたとされています。そのために、多くの兵隊が徴兵されました。
貴重な働き手を兵隊に取られて、失ってしまった農家などからは、相当な不満の声が上がっていました。
そこで、当時の政府が思いついたウルトラCが、「英霊」だったのです。
それまで、靖国神社・護国神社に祀られている戦没将兵は「忠魂」・「忠霊」などと呼ばれていたのですが、これでは、一方的に「忠義」のために命を落した――ということになってしまいます。それでは、不満を抑えきれない――と、当時の指導者たちは考えたのでしょう。
戦争で亡くなれば、「英霊」=「神」として靖国神社に祀られ、
「天子様(天皇)」に誉めていただける。
なんと、ありがたいことではないか。
庶民にそう信じ込ませ、「戦死して靖国に祀られる」がこの上ない栄誉である――と思い込ませること。それが、当時の指導者たちのネライでした。
戦死者たちを合祀する際には、靖国神社は「臨時大祭」を開き、息子や家族を戦地で失くした遺族を国費で東京に招いて、「誉れの遺族」として祭祀に参列させます。そこへ、白い輿に乗った「天子様」がやって来ます。その日のために、地方から招かれた年老いた父母たちは、目に涙を浮かべて感動します。
靖国さまへお詣りできて、お天子様を拝ましてもろうて、自分はもう、思い残すことはありません。今日が日に死んでも満足ですね。
お国のために死んで、天子様にほめていただいとると思うと、何もかも忘れるほどうれしゅうて元気が出ますあんばいどすわな。
どちらも、雑誌『主婦の友』1939年6月号に掲載された「母一人子一人の愛児を御国に捧げた誉れの母の感涙座談会」に出席した老婆たちの発言です。
こういう庶民たちに、「靖国で神になる」という幻影を見せ、「喜んで死地に赴く」気運を醸成する。そのために作り出されたのが、「英霊」という言葉であり、「靖国神社」という施設でした。そして、この仕組みを作り出した指導者たちは、そこへ天皇を担ぎ出すという形で、天皇そのものも利用した――と言っていいかと、筆者は思います。
「英霊」は、「神」を「インスタント化」するペテンである
この「英霊」という概念は、伝統的な神道の考え方からしても、理解しがたいものです。
古来からの日本の神道の伝統の中では、「死」は「穢れ」というふうに考えられていました。その穢れを取り払ってからでないと、死者の霊が「神(祖霊)」になることはできませんでした。それには、30~50年という、長い「浄め」の時間が必要になります。
しかし、そんな悠長なことをやっていたのでは、戦争で家族を失って悲嘆にくれている遺族の悲しみや憤りを鎮めることができません。
何とか、手っ取り早く「神」にする方法はないか?
おそらく、当時の戦争指導者たちは、そう考えたのではないか――と、筆者は想像しています。
宗教学者のひろさちや氏は、これを「神のインスタント化」と呼びました。
国のために戦って死んだ者には、穢れも怨念もない――というウルトラCの論理をひねり出して、「戦死すれば即、神になる」と国民を説得した。そのために造られたのが、「英霊」というコンセプトであり、「靖国神社」だ――という主張です。
筆者も、全面的に、その主張を支持します。
「英霊」という言葉は、何の宗教的根拠もなく、ただ、国民を喜んで死地に赴かせるためだけに造られたペテンである――と、筆者は確信しています。そして、そこには、「国民は、天皇のために喜んで命を差し出すべきである」という「国家神道」のイデオロギーが塗り込められている――と断言していいと思っています。
「英霊」という言葉は、それを口にした時点で、「自分は神国思想の持ち主である」と言明したことになる言葉でもあるわけです。
安倍総理の宗教的無知を笑う
にもかかわらず、先日、「靖国参拝」を強行した安倍総理は、こう言いました。
「靖国参拝」をめぐる安倍総理の発言
参拝は、いわゆる戦犯を崇拝する行為であると誤解に基づく批判がある。中国、韓国の人々の気持ちを傷つける考えは毛頭ない。母を残し、愛する妻や子を残し、戦場で散った英霊のご冥福をお祈りし、リーダーとして手を合わせる。世界共通のリーダーの姿勢ではないか。
言ったな、「英霊」と――と筆者は思いました。
つまり、この総理は、「神国思想」の持ち主であることを、自ら言明したわけです。
どんなに、誤魔化そうが、どんなに美しい言葉を連ねようが、あなたの参拝は、中国・韓国の人たちばかりでなく、いや、それ以上に、何よりも平和を希求し、二度と戦争を起こしてはならない――と考える国民の気持ちを、傷つけ、おののかせ、嫌悪させたのですよ。
だれが何と言おうと、この無知で傲慢な長州のエゴイストに、私が愛して止まない、美しい郷土とそこに暮らすやさしい人々の心を、汚させてはならない――と思うのです。
安倍政権の「戦前復帰」の動きに反対の声を挙げている市民団体
安倍政権の危険な動きに、「反対」の声を挙げている団体です。みなさんの熱心な活動に敬意を表して――。
●戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会
●SEALDs~自由と民主主義のための学生緊急行動
●戦争をさせない1000人委員会
●安全保障関連法案に反対する学者の会
●安保関連法案に反対するママの会


どちらも、雑誌『主婦の友』1939年6月号に掲載された「母一人子一人の愛児を御国に捧げた誉れの母の感涙座談会」に出席した老婆たちの発言です。
こういう庶民たちに、「靖国で神になる」という幻影を見せ、「喜んで死地に赴く」気運を醸成する。そのために作り出されたのが、「英霊」という言葉であり、「靖国神社」という施設でした。そして、この仕組みを作り出した指導者たちは、そこへ天皇を担ぎ出すという形で、天皇そのものも利用した――と言っていいかと、筆者は思います。

この「英霊」という概念は、伝統的な神道の考え方からしても、理解しがたいものです。
古来からの日本の神道の伝統の中では、「死」は「穢れ」というふうに考えられていました。その穢れを取り払ってからでないと、死者の霊が「神(祖霊)」になることはできませんでした。それには、30~50年という、長い「浄め」の時間が必要になります。
しかし、そんな悠長なことをやっていたのでは、戦争で家族を失って悲嘆にくれている遺族の悲しみや憤りを鎮めることができません。
何とか、手っ取り早く「神」にする方法はないか?
おそらく、当時の戦争指導者たちは、そう考えたのではないか――と、筆者は想像しています。
宗教学者のひろさちや氏は、これを「神のインスタント化」と呼びました。
国のために戦って死んだ者には、穢れも怨念もない――というウルトラCの論理をひねり出して、「戦死すれば即、神になる」と国民を説得した。そのために造られたのが、「英霊」というコンセプトであり、「靖国神社」だ――という主張です。
筆者も、全面的に、その主張を支持します。
「英霊」という言葉は、何の宗教的根拠もなく、ただ、国民を喜んで死地に赴かせるためだけに造られたペテンである――と、筆者は確信しています。そして、そこには、「国民は、天皇のために喜んで命を差し出すべきである」という「国家神道」のイデオロギーが塗り込められている――と断言していいと思っています。
「英霊」という言葉は、それを口にした時点で、「自分は神国思想の持ち主である」と言明したことになる言葉でもあるわけです。

にもかかわらず、先日、「靖国参拝」を強行した安倍総理は、こう言いました。

参拝は、いわゆる戦犯を崇拝する行為であると誤解に基づく批判がある。中国、韓国の人々の気持ちを傷つける考えは毛頭ない。母を残し、愛する妻や子を残し、戦場で散った英霊のご冥福をお祈りし、リーダーとして手を合わせる。世界共通のリーダーの姿勢ではないか。
言ったな、「英霊」と――と筆者は思いました。
つまり、この総理は、「神国思想」の持ち主であることを、自ら言明したわけです。
どんなに、誤魔化そうが、どんなに美しい言葉を連ねようが、あなたの参拝は、中国・韓国の人たちばかりでなく、いや、それ以上に、何よりも平和を希求し、二度と戦争を起こしてはならない――と考える国民の気持ちを、傷つけ、おののかせ、嫌悪させたのですよ。
だれが何と言おうと、この無知で傲慢な長州のエゴイストに、私が愛して止まない、美しい郷土とそこに暮らすやさしい人々の心を、汚させてはならない――と思うのです。

安倍政権の危険な動きに、「反対」の声を挙げている団体です。みなさんの熱心な活動に敬意を表して――。
●戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会
●SEALDs~自由と民主主義のための学生緊急行動
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●安全保障関連法案に反対する学者の会
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.2
『「聖少女」六年二組の神隠し』
2015年12月リリース
作品のダウンロードは、左の写真をクリックするか、下記から。
「聖少女」六年二組の神隠し マリアたちへ

シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
作品のダウンロードは、左の写真をクリックするか、下記から。
チャボのラブレター (マリアたちへ)
Kidle専用端末の他、専用Viewerをダウンロード(無料)すれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。
『「聖少女」六年二組の神隠し』
2015年12月リリース

「聖少女」六年二組の神隠し マリアたちへ
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース

チャボのラブレター (マリアたちへ)

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