荒野のバラと谷間のユリ〈22〉 危険なエゴイスト

編集部に新人が2人、配属されてきた。うち1人は、
高級婦人誌の出身で、栞菜は男を「トノ」と呼んだ。
相川は、その「トノ」を「危険な男だ」と言う。
「あれはエゴイストだ」と言うのだった――。
連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第22章
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった。栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。右も左もわからずこの世界に飛びこんだ栞菜に、一から仕事を教え込んだ稲田敦子。そのふたりに、あるとき、「ヒマ?」と声をかけられた。ついていくと、そこは新宿の「鈴屋」。「これ、私たちから引っ越し祝い」と渡されたのは、黄色いホーローのケトルとマグカップだった。その黄色は、ボクの部屋に夢の形を作り出す。そんなある夜、小野田に飲みに誘われた栞菜が、「松原クンも行かない?」と声をかけてきた。元ヒッピーだと言うママが経営するスナックで、ボクは小野田が、かつては辺境を漂白するバガボンドだったことを知らされる。その帰り、バガボンド小野田は、「一杯飲ませろ」と、ボクの部屋にやって来た。小野田は、黄色いマグカップでバーボンを飲みながら、自分の過去を語った。漂流時代にアマゾンを探検中、後輩を水難事故で死なせてしまったというのだった。やがて、年末闘争の季節がやって来た。組合の委員長・小野田は、「スト」を主張。書記のボクと副委員長の相川は、それをセーブにかかった。しかし、会社の回答は、ボクたちの予想をはるかに下回った。その回答を拒否することが決まった翌日、栞菜は部長たちと夜の銀座へ出かけ、由美はボクを夜食に誘って、「ストはやらないんでしょ?」とささやいた。女たちは、ほんとは、「スト」なんか望んではいないのだ。そんな中で開かれた第二次団交は、何とか妥結にいたり、栞菜の発案で、彼女と由美、ボクと河合の若者4人組で、祝杯を挙げることになった。その夜、珍しく酔った栞菜の体がボクの肩の上に落ちた。飲み会がお開きになると、稲田敦子と栞菜がボクの部屋を「見たい」とやって来た。「眠くなった」と稲田が奥の部屋に消えたあと、「飼いネコになりなよ」と発したボクの言葉に、栞菜は頭をすりつけ、唇と唇が、磁石のように吸い寄せられた。その翌々週、ボクたちは忘年会シーズンに突入した。珍しく酔った由美を送っていくことになったボクに、由美は、「介抱してくれないの?」とからんできた。一瞬、心が揺らいだが、酔った由美を籠絡する気にはなれなかった。その翌日、編集部に顔を出すと、小野田がひとりで荷物をまとめていた。「もう、この会社は辞める」と言うのだった。「荷物運ぶの手伝ってくれ」と言われて、蘭子ママの店に寄ると、小野田が言い出した。「おまえ、何で由美をやっちまわなかった?」。ママによれば、小野田にもホレた女がいたらしい。しかし、小野田は女から「タイプじゃない」と言われてしまったと言う。その女とは? 小野田が消えた編集部で、栞菜がボクに声をかけてきた。「ワインとパンがあるの。ふたりでクリスマスしない?」。ボクは栞菜を部屋に誘った。自分からセーターを脱ぎ、パンツを下ろした栞菜の肌は、磁気のように白かった。その体に重なって、初めて結ばれた栞菜とボク。週末になると、栞菜は、パンとワインを持ってボクの部屋を訪ねてくるようになった。彼女が持ち込む食器やテーブルウエアで、ボクの部屋は、栞菜の夢の色に染められていく。しかし、その夢の色は、ボクの胸を息苦しくもした。そんなとき、栞菜を慕う河合金治が、編集部で他の編集部員を殴った。1週間後、河合は会社に辞表を出した。もしかしてその責任の一端はボクにもあるのか? 胸を痛めるボクに河合が声をかけてきた。「ボクが辞めるの、キミが想像しているような理由じゃないからね」――
4月になって、企画班に新人が2人、配属されてきた。
ひとりは、小野田宏の後任のデスクとして配属された男で、高級婦人グラフ誌として知られる『F画報』で副編を務めていたという。もうひとりは、まったく経路の違う子ども向け学習雑誌の出身だった。
どちらも、スキャンダルと占いと下ネタを売りに部数を伸ばしつつあった『レディ友』には、あんまり向かないようなタイプだった。
高級婦人誌出身の高島聡一郎は、こだわり派だ。見出し一本、リード一本に、「ウーム……」と腕組みして考え込み、まるでニーチェのように、毒のある言葉を紡ぎ出そうとする。一方の深井憲治は、「子どもにもわかる」をコンセプトに、かゆいところに手が届くような実用記事を作ろうとする。
ふたりとも、小野田宏のような無頼タイプではないし、河合金治のような小児病タイプでもない。社会性という点では、きわめて折り目正しいタイプだ。
しかし、人としては、面白くない。企業が軌道に乗り始めると、そういう人材が欲しくなるのだろうな――と思われるような人材配置だった。
栞菜は、高島を「トノ」と呼んだ。あまり人と群れようとせず、くだらない話にはつき合わないぞ、とばかりに胸を反らしている風情が、貴族的に見えるから――という理由だった。
一方、深井のことは「ケン坊」と呼んだ。地道に実用記事を作り続ける生真面目さと、歳のわりにアニメのキャラなどに詳しく、その話をし出すと止まらないところが、意外と子どもっぽい、という理由からだった。
相川は、当然、そんなふたりも、組合員になるようにと勧誘した。
深井は、「よろしくお願いします」と頭を下げたが、高島は、少し違った。
「徒党を組むのは、あんまり好きじゃないんだけど」と気取って見せた上で、まるで「入ってやるぞ」と言わんばかりの態度だった――という。
ひとりは、小野田宏の後任のデスクとして配属された男で、高級婦人グラフ誌として知られる『F画報』で副編を務めていたという。もうひとりは、まったく経路の違う子ども向け学習雑誌の出身だった。
どちらも、スキャンダルと占いと下ネタを売りに部数を伸ばしつつあった『レディ友』には、あんまり向かないようなタイプだった。
高級婦人誌出身の高島聡一郎は、こだわり派だ。見出し一本、リード一本に、「ウーム……」と腕組みして考え込み、まるでニーチェのように、毒のある言葉を紡ぎ出そうとする。一方の深井憲治は、「子どもにもわかる」をコンセプトに、かゆいところに手が届くような実用記事を作ろうとする。
ふたりとも、小野田宏のような無頼タイプではないし、河合金治のような小児病タイプでもない。社会性という点では、きわめて折り目正しいタイプだ。
しかし、人としては、面白くない。企業が軌道に乗り始めると、そういう人材が欲しくなるのだろうな――と思われるような人材配置だった。
栞菜は、高島を「トノ」と呼んだ。あまり人と群れようとせず、くだらない話にはつき合わないぞ、とばかりに胸を反らしている風情が、貴族的に見えるから――という理由だった。
一方、深井のことは「ケン坊」と呼んだ。地道に実用記事を作り続ける生真面目さと、歳のわりにアニメのキャラなどに詳しく、その話をし出すと止まらないところが、意外と子どもっぽい、という理由からだった。
相川は、当然、そんなふたりも、組合員になるようにと勧誘した。
深井は、「よろしくお願いします」と頭を下げたが、高島は、少し違った。
「徒党を組むのは、あんまり好きじゃないんだけど」と気取って見せた上で、まるで「入ってやるぞ」と言わんばかりの態度だった――という。

「組織になじまない人間だな、あいつは」
相川は珍しく、吐き捨てるように言った。
「知りませんでした? ボクも組織になじまない人間ですよ」
「おまえも、小野田も、ほんとうは組織を信用してない。それくらいは、先刻、知っていたさ。しかし、おまえたちは、組織を憎む気持ちも持ってるし、それに抵抗する意思も持ってる。ときにはそれを利用することだってできる、ということも知ってる。そうだろ?」
「傷だらけにはなりますけどね……」
「しかし、あいつには、そもそも自分しかいない。自分の尊厳のためだけに生きている究極のエゴイストさ」
「ヘーッ!」
「何だよ?」
「相川さんにも苦手があったんですね」
「苦手だらけだよ、わるかったな」
「別に、わるかぁないですよ」
「人が苦手だから、人の心を掌握するために、必死こいてんだよ。これでもよ、汗かいてんだゾ、オレは」
「そりゃもう、涙ぐましいばかりだと、敬服してます」
「バカにしてんのか、おまえ。しかしよ……」
そこで、相川は言葉を呑んだ。少し、言いにくそうだった。
「ああいうのに、女ってのは、けっこう弱いんだよな」
「エッ、もしかしてユミッペが……?」
「じゃなくてさ……」
それっきり、相川が口をつぐんだので、ボクは、相川が言おうとしたことが何だったのか、そのときは気づかなかった。

栞菜とは、会えばセックスした。
しかし、ボクたちはそんなにしょっちゅう、一緒に過ごせるわけではなかった。仕事の合間にちょっとお茶を飲みに行くぐらいは、いつでもできたが、会って食事をして、セックスして――という時間を持つタイミングは、2週間に1回ぐらいしかない。
ボクは、1週間に1~2日は、会社に泊まる生活が続いていた。栞菜も、担当している記事が細かく分かれていたので、徹夜はしないまでも、週に何度も締切がやって来る。片方が仕事を終えてひと息ついても、相手は締切でヒィヒィ言っている――ということが多い。
そんなスレ違いの合間を縫って、ボクたちは逢瀬を重ねた。
「さぁ、仕事、終わった。男のところへ行こう」
栞菜はそう言ってタクシーに飛び乗り、ワインとパンを抱えてボクの部屋をノックした。
息はずむ栞菜を迎え入れると、ボクは、食事もそこそこに彼女の唇を吸い、服を脱がせて、その体をむさぼった。
「せっかちだね」と言いながら、栞菜はボクのズボンを脱がせ、ペニスの勃起を確かめると、それを自分の太ももの間に導いた。
ボクを迎え入れると、栞菜はいつも、ボクの尻に両手を回して、クイクイッと引き寄せながら、自分の腰を突き出すような動きを見せた。
最初は、単なる彼女のクセなんだろう――と思っていた。
しかし、そのうち、ある疑念が頭の片隅に浮かんだ。
もしかして、彼女は、ボクでは足りないのではないか――?
その疑念を振り払うために、ボクはムキになって腰を動かした。ムキになればなるほど、ボクが高まる速度は速くなった。
いけない、止めなくちゃ――と思うのに、それが間に合わないこともあった。
「ゴメン。中に出してしまった。大丈夫な日だった?」
「ウン、たぶん……」
ボクたちは、あやふやだった。

「トノってさぁ……」
「ケン坊ってね……」
火照りの残った体を寄せ合いながら、栞菜はよく、高島や深井の話をした。
栞菜がニックネームをつけて呼ぶのは、何らかの好意を抱いている男に限られていた。ボクや相川が批判的にしか語らない相手を、栞菜は独特のカンで、ニックネームで呼ぶ。そんなとき、ボクと栞菜の間には、小さなすき間ができた。そのすき間を、生ぬるい風が吹き抜けていきそうになる。
その風を、ボクは、口で吹いた。
「トノって、ダイビングをやってるらしいの」
「ダイビング? すごいね」
「松原クンは、潜りは?」
「ダイビングどころか、泳ぐことも満足にできないよ」
「フーン。いい体してるのにね」
「いい体と泳ぎと、何か関係あるの?」
「泳いでいると、胸にいい筋肉がつくらしいわ」
「高島さんも、いい筋肉つけてるの?」
「肩幅が広いし、胸板も厚いみたいよ」
「ヘェ……」と、ボクは素っ気ない返事を返した。
「潜ってる時間って、完全に自分ひとりの孤独な時間なんだって。恍惚となるらしいわよ」
「さすが、エゴイストだね」
「エゴイスト? トノが?」
「自分ひとりで恍惚に浸るんでしょ?」
「それ、エゴイストというのとは違うと思うけど……」
「エゴイストでわるければ、自己完結的な耽美主義者」
「今度、教えてあげようか――だって。松原クンも一緒に教えてもらわない?」
「ボクは興味ないね」
他に言いようがあるだろうに――と思うのに、そういうとき、ボクの言葉は、知らないうちに尖っていった。
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2015年12月リリース

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2014年10月リリース

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