荒野のバラと谷間のユリ〈20〉 家族はボクを幸せにしない

バラの花束「おまえ、どこの子だ?」
父親のその言葉を、ボクは忘れられないでいた。


ボクの部屋は、栞菜が持ち込む食器やクロス類で、
たちまち栞菜の夢の色に染められていった。
それを喜ぶ一方で、彼女が描く夢の形は、
ボクの中に苦い記憶を呼び起こした――。



 連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第20章 
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった。栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。右も左もわからずこの世界に飛びこんだ栞菜に、一から仕事を教え込んだ稲田敦子。そのふたりに、あるとき、「ヒマ?」と声をかけられた。ついていくと、そこは新宿の「鈴屋」。「これ、私たちから引っ越し祝い」と渡されたのは、黄色いホーローのケトルとマグカップだった。その黄色は、ボクの部屋に夢の形を作り出す。そんなある夜、小野田に飲みに誘われた栞菜が、「松原クンも行かない?」と声をかけてきた。元ヒッピーだと言うママが経営するスナックで、ボクは小野田が、かつては辺境を漂白するバガボンドだったことを知らされる。その帰り、バガボンド小野田は、「一杯飲ませろ」と、ボクの部屋にやって来た。小野田は、黄色いマグカップでバーボンを飲みながら、自分の過去を語った。漂流時代にアマゾンを探検中、後輩を水難事故で死なせてしまったというのだった。やがて、年末闘争の季節がやって来た。組合の委員長・小野田は、「スト」を主張。書記のボクと副委員長の相川は、それをセーブにかかった。しかし、会社の回答は、ボクたちの予想をはるかに下回った。その回答を拒否することが決まった翌日、栞菜は部長たちと夜の銀座へ出かけ、由美はボクを夜食に誘って、「ストはやらないんでしょ?」とささやいた。女たちは、ほんとは、「スト」なんか望んではいないのだ。そんな中で開かれた第二次団交は、何とか妥結にいたり、栞菜の発案で、彼女と由美、ボクと河合の若者4人組で、祝杯を挙げることになった。その夜、珍しく酔った栞菜の体がボクの肩の上に落ちた。飲み会がお開きになると、稲田敦子と栞菜がボクの部屋を「見たい」とやって来た。「眠くなった」と稲田が奥の部屋に消えたあと、「飼いネコになりなよ」と発したボクの言葉に、栞菜は頭をすりつけ、唇と唇が、磁石のように吸い寄せられた。その翌々週、ボクたちは忘年会シーズンに突入した。珍しく酔った由美を送っていくことになったボクに、由美は、「介抱してくれないの?」とからんできた。一瞬、心が揺らいだが、酔った由美を籠絡する気にはなれなかった。その翌日、編集部に顔を出すと、小野田がひとりで荷物をまとめていた。「もう、この会社は辞める」と言うのだった。「荷物運ぶの手伝ってくれ」と言われて、蘭子ママの店に寄ると、小野田が言い出した。「おまえ、何で由美をやっちまわなかった?」。ママによれば、小野田にもホレた女がいたらしい。しかし、小野田は女から「タイプじゃない」と言われてしまったと言う。その女とは? 小野田が消えた編集部で、栞菜がボクに声をかけてきた。「ワインとパンがあるの。ふたりでクリスマスしない?」。ボクは栞菜を部屋に誘った。自分からセーターを脱ぎ、パンツを下ろした栞菜の肌は、磁気のように白かった。その体に重なって、初めて結ばれた栞菜とボク。しかし、ボクは、彼女を所有したという実感が得られないでいた――




 週末になると、栞菜は、ワインとフランスパンを抱えて、ボクの部屋にやって来た。
 その度に、ボクの部屋には物が増えた。
 染め付けのディナー皿、ティーポットとティーカップのセット、美濃焼の小鉢、パンを載せるバスケット……。
 いつかそういう日が来たら――と、折に触れ、買い集めておいたという食器やテーブルウエアが、次々にボクの部屋に運び込まれた。
 足りないものがあると、栞菜は、「ちょっと買い物に行かない?」と、ボクを中野のマルイや吉祥寺の伊勢丹に連れ出した。
 「そうだ、テーブルクロスもほしいわね」
 栞菜の買い物は、たいていの場合、足りないものを買うだけではすまなかった。目についたものがあると、そこに自分の夢を重ねて、絵を描き始める。
 「こういうクロスがあると、あなたの部屋がパッと明るくなると思わない?」
 ボクは、「そうだね」とうなずくしかない。
 そうして、ボクの部屋は、栞菜の夢の形に染められていく。
 それを、ボクは、どこかくすぐったいような気持ちで眺めていた。
 そのくすぐったさに思いきり浸ってしまうのもわるくないか――とも思った。
 しかし、そう思えば思うほど、そのくすぐったさをはねのけたいと思う声が、どこかから湧いてくる。
 その声は、遠い遠い過去から、ボクに呼びかけてきた。

        

 「おまえ、どこの子だ?」
 ボクの頭の中には、何かある度によみがえる父親の言葉があった。
 幼少の頃、ボクは度々、母方の祖母の家に預けられた。弟が生まれたときにも、妹が生まれたときにも、ボクは数カ月間を、その祖母の元で過ごした。
 家に戻ったボクに父親が浴びせた言葉が、「おまえ、どこの子だ?」だった。「何しに戻って来たんだ?」と言われた記憶もある。
 ボクには、父親から愛情を示されたという記憶が、まったくと言っていいくらい、残っていなかった。
 残っているのは、ゲンコツと引き換えに50円の小遣いがもらえたこと、「学級で1番になったら」「学年で1番になったら」などの条件で、野球のグラブや自転車を買ってもらったことぐらいだ。
 父親と母親が仲よくしているという姿も、幼い頃のボクは一度も見たことがなかった。
 母はよく泣いていた。泣いた母が、一度だけ、ボクに言ったことがあった。
 「ヒデ、母さんと一緒に、この家、出ようか?」
 覚えてないが、そのときボクは、「イヤだ」と首を振ったのだそうだ。
 「おまえがイヤだと言ったから、母さんはこの家に残ったのよ」
 ずっとおとなになってから、母親からそんな話を聞かされたことがあったが、なぜ母親がボクに「家出」を持ちかけたのか、なぜ、そのときボクが「イヤだ」と答えたのか?
 それは、ボクにとって、永遠に解き明かせない、解いてはいけない謎のように見えた。
 その謎を封印したときから、ボクの中には、まるで呪いにかけられたように、ひとつの言葉が刻み込まれた。

 家族は、ボクを幸せにはしない。

 そんな言葉とともに少年時代を過ごしたボクには、大の苦手だったことがあった。
 友だちの家で開かれる誕生会などに参加すること、自分の家に友だちを招くこと、そして、人に何かを贈ること、人から何かを贈られること。
 その苦手は、少年期の間も、そして青年期になってからも、ボクのライフスタイルを支配していた。「家族は、ボクを幸せにはしない」という呪いとともに――。

        

 栞菜がボクの部屋を「夢の色」に染めていく度に、少年期以来の「旧いボク」が、うめき声を挙げるようだった。
 そのうめき声は、声にするわけにはいかない。
 懸命にのどの奥に閉じ込めた。しかし、その閉じ込めた声は、ときに殻を破って、噴出してくる。噴出しては、無心に夢を語りかけてくる栞菜の言葉のオブラードを突き破った。

 「ボクでよかったのかな?」と、栞菜に訊いたことがある。
 「安心できそうな人だし……」と、栞菜は答えた。
 「ボクが? 安心……?」
 意外だ――という声を出すボクに、栞菜は言った。
 「私は、飼い主の手の中で安心したいと思う。男の胸は、安全地帯であってほしいと思うの。ノラだから……」
 どう答えればいいだろう――と、一瞬、迷った。
 「ホラ、ここなら安心だよ、おいで」と両手を広げて見せればよかったのかもしれない。しかし、それを言ったら、すぐ破れる靴下を「丈夫で快適だよ」と売りつけるセールスマンみたいになってしまう。それは、できない――。
 「キミは、そんなに安心したいの?」
 「男の腕の中でヌクヌクとしたいって思うわ」
 「意外と……マイホーム主義なんだね」
 「嫌いなの? マイホーム主義が……」
 「あんまり好きじゃない」
 「そう……」
 「自分たちさえヌクヌクしてられればいいとは、あんまり思えないんだよね。みんながそんなふうに考えるようになると、世の中、おかしな方向に進んでしまうでしょ?」
 「正義感、強いんだね……」
 言いながら、栞菜の顔が少し悲しそうに曇ったのを、ボクは見逃した。
 気づかなかったわけではない。あえて、気づかないフリをして見逃した。

        

 ボクと栞菜がそんなつきあいを始めて1カ月ほど経った頃だった。
 編集部には、締切を抱えたボクと河合金治だけが残っている――という夜があった。
 「クソッ」とか「あ~あ」とか言いながら、入稿作業を続けている河合がチラチラとボクの顔を見やる。何度目かのチラ見のあと、河合が、「あのさ……」と声をかけてきた。
 「松原クン、雨宮栞菜とつき合ってるの?」
 いきなり訊かれて、一瞬、迷った。しかし、栞菜を追いかけ回しているという河合に、いまさらウソをついても仕方がないので、「ウン」とうなずいた。
 「ボクさ……」と、河合が長髪を掻き上げながら続ける。
 「もう5年も、雨宮を追いかけてるんだよね」
 それがどうした――という気分で、ボクは河合を見た。
 「5年も? それで、つき合う関係になったの?」
 「いや……」と河合は首を振る。
 「つまり、脈なしだったんだね。それで……?」
 ボクは、わざと冷たく言い放った。
 「エッ……!?」
 河合は、驚いたようにボクの顔を見た。
 「もしかして、つき合うの止めてくれ――とか?」
 「いや、そんなことを言うつもりはないけど……」
 「じゃ……ボクを殴りたいとか?」
 「いや、それもないけど……」
 「ひと言、文句を言っておきたい?」
 「いや……」
 力なく首を振ると、河合は片手で長髪を掻きむしって、ボソッとつぶやいた。
 「冷たいんだね、松原クンって」
 こいつ、いったい、ボクにどうしてほしかったんだろう?
 結局、わからないままだった。
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