荒野のバラと谷間のユリ〈15〉 さらば、無頼

バラの花束


フラつく由美をタクシーに乗せて、江古田まで
送った翌日、編集部では、小野田が段ボール箱に
荷物を詰めていた。会社を辞めるのだと言う。
去りゆく無頼漢は、その理由を語らなかった…。



 連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第15章 
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この話は連載15回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった。栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。右も左もわからずこの世界に飛びこんだ栞菜に、一から仕事を教え込んだ稲田敦子。そのふたりに、あるとき、「ヒマ?」と声をかけられた。ついていくと、そこは新宿の「鈴屋」。「これ、私たちから引っ越し祝い」と渡されたのは、黄色いホーローのケトルとマグカップだった。その黄色は、ボクの部屋に夢の形を作り出す。そんなある夜、小野田に飲みに誘われた栞菜が、「松原クンも行かない?」と声をかけてきた。元ヒッピーだと言うママが経営するスナックで、ボクは小野田が、かつては辺境を漂白するバガボンドだったことを知らされる。その帰り、バガボンド小野田は、「一杯飲ませろ」と、ボクの部屋にやって来た。小野田は、黄色いマグカップでバーボンを飲みながら、自分の過去を語った。漂流時代にアマゾンを探検中、後輩を水難事故で死なせてしまったというのだった。やがて、年末闘争の季節がやって来た。組合の委員長・小野田は、「スト」を主張。書記のボクと副委員長の相川は、それをセーブにかかった。しかし、会社の回答は、ボクたちの予想をはるかに下回った。その回答を拒否することが決まった翌日、栞菜は部長たちと夜の銀座へ出かけ、由美はボクを夜食に誘って、「ストはやらないんでしょ?」とささやいた。女たちは、ほんとは、「スト」なんか望んではいないのだ。そんな中で開かれた第二次団交は、何とか妥結にいたり、栞菜の発案で、彼女と由美、ボクと河合の若者4人組で、祝杯を挙げることになった。その夜、珍しく酔った栞菜の体がボクの肩の上に落ちた。飲み会がお開きになると、稲田敦子と栞菜がボクの部屋を「見たい」とやって来た。「眠くなった」と稲田が奥の部屋に消えたあと、「飼いネコになりなよ」と発したボクの言葉に、栞菜は頭をすりつけ、唇と唇が、磁石のように吸い寄せられた。その翌々週、ボクたちは忘年会シーズンに突入した。珍しく酔った由美を送っていくことになったボクに、由美は、「介抱してくれないの?」とからんできた――




 フラつく戸村由美に腕にしがみつかれたまま、ボクは、赤坂から乃木坂への道を歩いた。
 通りには、いくつか、カップル用と思わせるホテルが、秘密めいた灯りをともしていた。大久保や歌舞伎町のようなハデなネオンではない。人目を忍ぶカップルを吸いこむワナのように、怪しげな口を通りに向けて開けている。
 由美は、吸いこまれるように、おぼつかない足をその入り口に向けようとする。
 「そっちじゃない」
 脇道へ逸れようとする犬を引き戻すように、ボクは、絡んだ由美の腕を引っ張ぱる。由美は、足を突っ張るようにして抵抗の姿勢を見せるが、最後は、引っ張られる力に負けてしまう。
 そのまま、彼女の足が向かおうとする力に任せたらどうなるだろう――と、思わないでもなかった。
 けっして肉感的とは言えない。そのぶんだけ、清楚と思われている戸村由美の体。その服を脱がせ、ベッドに組み伏せて、可憐な乳房のふくらみをもみしだく。そんな光景を想像してみたりもした。
 その一線を越えてしまったら、ボクと由美は、ものすごく気の合うカップルになるかもしれない。しかし、それはできない。
 つい2週間前に初めて交し合った栞菜の唇の、濃密で甘い感触。その記憶が、揺らぎそうになる心にブレーキをかけた。
 通りを走ってくるタクシーの赤い「空車」のランプに向けて、ボクは手を挙げた。
 由美は、ボクの顔を見て首を振ったが、ボクは構わずクルマを止め、開けられたタクシーのドアの中に、彼女の体を押し込んだ。
 「江古田までお願いします」
 運転手に行先を告げると、由美は、観念したように、走り出したタクシーの窓に頭をつけた。
 「どうして……?」
 だれに向けてというふうにでもなく、由美の口からつぶやきがもれた。
 「ごめん……」
 ボクも、だれに言うというのでもなく、つぶやいた。
 「何が……?」
 今度は、ボクに向かって問いかけているのだとわかる訊き方だった。
 「あのさ……」
 慎重に言葉を探した。
 「酔った女性に手を出すようなこと、したくないんだよね。そんなことして、貴重な友だちを失くすの、イヤだし……」
 「貴重……?」とボクの言葉を繰り返して、由美は、また窓に向かってつぶやいた。
 「ウソつき……」
 窓に額をつけてつぶやく由美の横顔を、ボクは、ユリの花のようだ――と思った。

        

 「どうだった? ユミッペ、ちゃんと帰ったかい?」
 翌日、小野田に訊かれた。
 「無事に、送り届けましたよ。ちょっと、酔ってたようですけど」
 「無事に――か。そりゃ、残念だったな」
 何を「残念」と言っているのか、小野田の表情からは判断できなかった。
 「残念……って、ボクは……」と言いかけると、小野田は、「いいから、いいから」とボクの言葉を遮って、床の上に置いた段ボール箱に、机の上に積み重ねてあった本やノートを放り込んでいく。
 「もう、始めたんですか、大掃除?」
 「あ、これか?」
 小野田は、「こういうのは、もう要らねェな」と、名刺を2つに裂いてクズ篭に放り込む。
 「これ、使うか?」と差し出されたのは、ルーペだった。「いや、ボクの分はありますから」と言うと、「じゃ、もらっていくか」と、それも段ボール箱に放り込んだ。
 「他のやつらには黙っててくれよ」
 そう言って、小野田は編集部内を見回した。ニュース班のデスクの片隅で、ひとり、資料をチェックしながら頭をひねっている男がいたが、合併号の入稿を終えた企画班の他のメンバーは、全員、代休を取っていた。
 「オレ、ここはもう、抜けるからよ」
 「ぬ、抜ける……?」
 思わず大きな声が出て、ニュース班のデスクにいた男が、「ン……?」と顔を上げた。
 「声が大きいつーんだよ」
 小野田は、荷物を全部段ボール箱に詰め終えると、「ま、こんなもんだな」とうなずいて、箱のふたを閉じ、ガムテープで合わせ目を閉じた。
 「これ、下に運んでくれないか。2箱あるから、おまえはそっちな。下ろしたら、一杯、つき合ってくれや」
 小野田の言葉には、逆らえない重みがあった。
 「いいですよ」と段ボール箱を持ち上げたが、危うく腰を痛めるところだった。箱は、ズシリと重かった。

        

 荷物をトランクに詰めて、小野田が向かったのは六本木だった。
 いつか、栞菜たちと一緒に飲みに行ったことのある、例の元ヒッピー・ママがやっている店だった。蘭子と呼ばれていたママは、ボクの顔を見ると、「ハハァ~ン」とうなずいて言った。
 「きょうは、これだけ?」
 「ああ、すまんな。人望ないんで」
 「まったく、最後だってのにね」
 どうやら、ママは、すべて事情を呑み込んでいるらしかった。
 「もう、会社には辞表を出してあるんだ」
 出されたバーボンのロックをゴクリと喉に流し込み、グラスをドンとテーブルに戻すと、小野田は静かな口調で言った。まるで、住民登録すませてきたゾ――みたいな言い方だった。
 「受理されたんですか?」
 「連中、うれしそうに受け取りやがったよ。辞めることは、みんなには言わないでおいてくれ――とよ」
 「なんでです?」
 「社員を動揺させたくないとか、考えたんじゃないの?」
 「そうかなぁ。もっと別の理由があるんじゃないですかね」
 「何だよ、それ?」
 「送別会に金かかりそうだ――とか」
 「殺すゾ!」
 「ジョーダンですよ。たぶん、年末闘争が終わったばかりで委員長が辞めるってなると、会社としても痛くない腹を探られるかもしれない。それを避けたんじゃないですか?」
 「ま、そんなところだろうな」
 「なんたって、コワモテの委員長だから、会社としては、辞めてくれてホッとしてるってところじゃないでしょうか。それで、ホントのところはどうなんです?」
 「何だよ、ホントのところって?」
 「辞めるホントの理由ですよ」
 「それか……」と言って、小野田はしばらく黙り込んだ。そんなに言いにくい理由なのか――と思っていると、横から、蘭子ママが口を挟んだ。
 「女にフラれたからじゃないの?」
 「バカ言ってんじゃねェよ」
 小野田が声を荒げた。しかし、声を荒げたということは、案外、図星だったからかもしれない。
 「一端の無頼漢気取りでいるけど、けっこう、ナイーブだからね、この人」
 涼しい顔で言う蘭子ママに、小野田はますます語気を強めた。
 「その口をふさがないと、殺すゾ、蘭子!」
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