第6夜 愛はいかに発明されたか?
哲雄 前回、群れを作る動物には、他人を「思いやる」能力があるんじゃないか、という話をしたよね。
AKI しましたよ。でも、それは「愛」ではないと?
哲雄 ハイ、確かに。
AKI そして、愛は発明されたのだ……と。
哲雄 ウ、ウン、まぁ……そんなことを言ったような言わないような……。
AKI あれ? なんか、麻生総理みたいになっちゃいましたよ。
哲雄 いや、考えてるんです。発明というべきか、発見というべきか……。
AKI ぶれますねぇ、発言が……。
哲雄 AKIちゃんは、メタファーという言葉を知ってる?
AKI メタファー? 何ですか、それ?
哲雄 日本語で言うと、隠喩(いんゆ)。たとえば、「おなかすいたぁ」と泣いてる子どもがいるとするよね。それを見たお母さんが、「まったく、うちの子ときたら、エサを欲しがるヒナみたい」なんて言う。このときの「エサを欲しがるヒナ」というのが、隠喩。
AKI 比喩(ひゆ)のことですか?
哲雄 比喩には、隠喩と換喩(かんゆ)という2通りの表現方法があるんだけど、その隠喩のほう。でね、この隠喩的な発想ができるようになって、初めて人間は、「愛」という言葉を思いついた。
AKI もう少し、わかりやすく言ってよ。
哲雄 隠喩っていうのは、ある事柄と別の次元のある事柄との間にある「共通性」を見出して、それをたがいに置き換えて表現したりする方法のことなんだ。たとえば、「AがBする」のと「CがDする」ことの間に、なんらかの共通性があるとするよね。このことに気がつくと、人は「AがBする」と言う代わりに、「CのようにDする」と言ったりする。
AKI エーッ、わかんない。
哲雄 じゃ、さっきのお母さんの例で言おうか。このお母さんは、自分の子どもがごはんやおやつを欲しがって泣くことと、鳥のヒナがエサを欲しがって鳴くことには、共通性があることを知ってる。だから、「エサを欲しがるヒナみたい」という言葉が出てくる。
AKI ナルホドねェ。哲ジイが、私を私を欲しがって泣き言を言うのも同じかぁ……。
哲雄 だれが泣き言を言いました? だいいち欲しがってないし……。
AKI あ、そう。じゃ、いいわ。それで?
哲雄 いいかい? 大事なのはここ。このお母さんが、「子どもと自分」の関係を「ヒナと親鳥」の関係に置き換えることができるためには、両者の関係に共通する「あること」に気づいてなくちゃいけない。で、よくよく考えてみると、この共通する「あること」は、教師と生徒の関係にも、飼い主とペットの関係にも共通してるよなぁ……ってことに気づく。これは、人間以外の動物には決してできない。サルにもチンパンジーにもできない。いや、旧石器時代のネアンデルタール人にもできなかったに違いない。
AKI ダメだなぁ、ネアンデルタール人は。いま、どこに住んでるの?
哲雄 だから……旧石器時代の。つまりさぁ、もう消えたの、この地球上から。
AKI そりゃ、残念。
哲雄 でさ、この共通する「あること」っていうのは、具体的な何かじゃない。ものすごく抽象的な事柄だ。『神の発明』とか、いろいろ文化人類学的な本を書いてる中沢新一という学者がいるんだけど、この人は、こういう「あること」を発見できた脳の働きを「流動的知性」と呼んで、人間は、この流動的知性を身につけることによってはじめて、「抽象性」を獲得できた、と言ってるんだ。
AKI ショウチュウじゃなくて、チュウショウなのね。
哲雄 オッ! 偶然にしては上出来。「抽象」と「焼酎」は、実は、よく似てるんだ。
AKI すごいね、私の脳も。
哲雄 焼酎はイモとかソバとか麦から作るでしょう? イモやソバや麦を発酵させて、それを過熱してアルコール分だけを取り出したのが「焼酎」。イモやソバや麦は、リアルな食材だけど、それを蒸留して作った焼酎は、そのすべてに共通する性質のかたまりだと言えるよね。
AKI フンフン。とすると、親と子とか、教師と生徒とか、パトロンと愛人とかの関係に共通する「焼酎」みたいなものがあるってわけね。
哲雄 パトロンのことは、私にはよくわかりませんが、ま、そういうこと。で、その「焼酎」みたいなものに、人間は名前をつけた。
AKI それが「愛」。
哲雄 や、やっと、わかってくれましたか……オイオイ。
AKI よしよし、もう泣くな。
哲雄 これが「愛の発明」のプロセス。なんで「発見」じゃなくて「発明」と言ったかというと、この抽象的な産物は、最初から地上に存在してるわけじゃなくて、人間の知性の働きによって抽出されたものだから。
AKI でも、あったわけでしょ? 具体的な関係としては?
哲雄 だよ。A対Bとか、C対Dとか、E対Fという、個々の関係としてはね。でも、そこから「愛」を抽出するためには、A:B=C:D=E:F……という関係に気づく、隠喩的な能力が必要だった。
AKI ま、簡単なことをむずかしく言っただけのような気もするけどね。
哲雄 それが、実は、大違いなんだ。この抽象性の発見が、人間にとってどれほど大きなことだったか、そのことについては、また、今度、話すけど、とにかく、この発明はすごい!
AKI なんか、感動してますね。
哲雄 愛の発明、バンザ~イ!
AKI 壊れてるわ、このおっさん。
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