荒野のバラと谷間のユリ〈12〉 閉じられた襖が開く前に…

バラの花束襖一枚隔てて、彼女の魔女は眠りに就いた。
その襖が開かないことを、ボクと彼女は願った。


飲み会がお開きになると、栞菜と稲田敦子は
タクシーを拾って、ボクを送っていくと言う。
クルマが落合にさしかかると、稲田が言い出した。
「ちょっと見ていこうか、松原さんの部屋」――。



 連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第12章 
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この話は連載12回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった。栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。右も左もわからずこの世界に飛びこんだ栞菜に、一から仕事を教え込んだ稲田敦子。そのふたりに、あるとき、「ヒマ?」と声をかけられた。ついていくと、そこは新宿の「鈴屋」。「これ、私たちから引っ越し祝い」と渡されたのは、黄色いホーローのケトルとマグカップだった。その黄色は、ボクの部屋に夢の形を作り出す。そんなある夜、小野田に飲みに誘われた栞菜が、「松原クンも行かない?」と声をかけてきた。元ヒッピーだと言うママが経営するスナックで、ボクは小野田が、かつては辺境を漂白するバガボンドだったことを知らされる。その帰り、バガボンド小野田は、「一杯飲ませろ」と、ボクの部屋にやって来た。小野田は、黄色いマグカップでバーボンを飲みながら、自分の過去を語った。漂流時代にアマゾンを探検中、後輩を水難事故で死なせてしまったというのだった。やがて、年末闘争の季節がやって来た。組合の委員長・小野田は、「スト」を主張。書記のボクと副委員長の相川は、それをセーブにかかった。しかし、会社の回答は、ボクたちの予想をはるかに下回った。その回答を拒否することが決まった翌日、栞菜は部長たちと夜の銀座へ出かけ、由美はボクを夜食に誘って、「ストはやらないんでしょ?」とささやいた。女たちは、ほんとは、「スト」なんか望んではいないのだ。そんな中で開かれた第二次団交は、何とか妥結にいたり、栞菜の発案で、彼女と由美、ボクと河合の若者4人組で、祝杯を挙げることになった。その夜、珍しく酔った栞菜の体が揺れた。揺れて落ちたのはボクの肩の上だった――




 「そろそろ、お開きにしない?」と言い出したのは、戸村由美だった。
 時計の針は、11時を回っていた。
 締切から団交→組合大会と、ハードなスケジュールをこなしてきたボクの目も、気が緩むと閉じられそうになっている。河合金治は、すでに壁にもたれて口で息をしていた。
 「ホラ、カンナ! 起きて! 帰るよ」
 稲田敦子にひざを叩かれた栞菜は、ボクの肩にもたせかけていた頭を起こし、「ゴメン。私、寝ちゃった……」と、バツのわるそうな顔をした。その頭が肩にもたれかかっている時間は、ボクにとってわるい時間ではなかったので、「お開き」の声は、少し残念でもあった。
 戸村由美は、西武線の江古田まで電車で帰ることになり、河合金治も代々木上原まで電車で帰ることになった。
 田園調布まで帰る敦子は、タクシーを拾って、栞菜を多摩川園で下ろすと言う。
 じゃ、ボクは電車で――と思っていると、敦子が言い出した。
 「落合でしょ? 回っていくわよ」
 少し方向は違うが、どうせ近場だし――と、同乗させてもらうことにした。
 黄色いタクシーを拾うと、まず栞菜が乗り込み、次に敦子が、最後にボクが乗り込んだ。
 タクシーが動き始めると、栞菜はクルマの窓ガラスに頭をつけて、再び、寝息を立て始めた。
 「いい気なもんだわ」
 その姿を見やりながら、敦子は、吐き捨てるように言った。
 吐き捨ててはいるけど、ほんとうに捨てているわけではない。ずり落ちようとするショールを肩にかけ直してやりながら、敦子は栞菜の肩を抱き寄せた。
 栞菜は、その手に導かれるまま体を預け、「ウーン……」と、その頭を敦子のももの上に沈めた。
 「まったく、野良猫なんだから……」
 言いながら、敦子は栞菜の髪を撫でる。「アツカン・コンビ」と呼ばれるふたりには、「レズのうわさ」もあったことを思い出して、ボクはちょっとドギマギした。
 「ちょっと気が許せる男がいると、こうなんだもん。松原さん、平気?」
 「エッ……!?」
 「好きなんでしょ?」
 いきなり訊かれて、返答に困った。
 しかし、否定はできない。静かに首をタテに動かした。
 「この子ね、ホレてる男がいるの」
 突然の暴露に、ボクは思わず敦子の顔を見た。
 「学生時代から、想い続けている男がいるのよ。でも、振り向いてもらえない。もう、あきらめな――って言ってるんだけど、それでもまだ、引っかかってる。松原さん、待てる?」
 「待つ……って、何を?」
 「この子が、カレをあきらめるのを」
 「カレひとりだけ?」
 ボクの質問に、今度は敦子が、「エッ……!?」という顔をした。
 「キャンセル待ち、何番目ですか――ってことだけど」
 「バカ……」
 その顔が、「あきれた」と言っているように見えた。

        

 タクシーが早稲田通りに入ると、敦子が「ホラ」と栞菜を揺り起こした。
 「そろそろ、着くわよ」
 エッ、着く――って?
 「私たち、まだ見てないのよね」
 「何を?」
 「私たちの引っ越し祝いが、松原さんの部屋のカーテンとどんなふうにコーディネイトされてるか、ちょっと見てみたいものね、カンナ?」
 栞菜が、「そう、そう」とうなずいて、結局、ボクはふたりを2Kの部屋に案内することになった。
 黄色いケトルとマグカップがボクの部屋にやって来て以来、いつかそんな日がやってくるのだろうか――と夢想したことが、思いもしない形で現実のものとなることになって、ボクは、ちょっとばかり、足がフワフワしていた。
 「狭い部屋だけど」と扉を開けて、その部屋にとっては初めてとなる女性客2人を、4畳半に招き入れた。
 「よかった! 合うね、この黄色」
 栞菜が声を挙げると、敦子も「そうだね」とうなずいて言った。
 「単黄にしなくてよかったわね」
 「ウン。やっぱり、M10が入っててよかったわ。Y100だと、ちょっと寒々しい黄になっちゃうものね」
 栞菜たちの言う、「単黄」だの「Y100」だの「M10」だのというのは、印刷で色指定をするときの言い方だ。「Y100」は、「黄100%」で「単黄」とも言う。これに「M(マゼンタ)10」が加わると、「やまぶき色」のような色になる。少し、深みのある黄色になって、栞菜たちによれば、ボクの部屋のブルーとグリーンがストライプになったカーテンとは、補色関係になって、コントラストがほどよくなる――と言うのだった。
 「ね、もう、このマグカップでだれかにお茶とか飲ませた?」
 栞菜が、目を好奇の色に輝かせて言う。
 「ウン、飲ませた。お茶じゃなくて、酒だけど……」
 「エッ!?」とふたりが顔を見合わせ、それから敦子が訊いた。
 「もしかして、彼女?」
 「残念だけど、男だよ。キミたちも知っている人」
 「え、だれ?」と、栞菜が訊いた。
 「小野田さん」
 「なんだ」と、栞菜がつまらなそうに言った。

        

 新来の女性客ふたりに、ペーパーフィルターでコーヒーを淹れ、マグカップに注いで、「酔い覚ましに」と差し出した。
 栞菜は、ホーローのカップを両手で包み込むように持って、湯気の立ち上るコーヒーをひと口すすり、「温ったか~い」と目をほころばせた。
 敦子は、カップの取っ手を持ったまま、ひと口、ふた口とすすって、目を細めた。
 「ああ、落ち着く。落ち着いたら、なんか、こっちが眠くなってきちゃったわ」
 稲田敦子は、ほんとうに眠そうだった。それまで、眠りこける栞菜を気遣ったりして張りつめていた神経が、一気に緩んだのかもしれない。
 「ね、ちょっと、横になったら? 後で、起こしてあげるから」
 栞菜が声をかけると、敦子は「そうね」とイスから立ち上がった。
 「よかったら、奥の部屋、使って。せんべいだけど、布団、敷いてあるので」
 「じゃ、ちょっと借りるね」
 3畳間への襖を開け、倒れるように布団に体を横たえたると、「まぶしいから閉めるね」と仕切の襖を閉めた。
 しかし、いったん閉められた襖は、すぐにスーッと開けられた。
 「松原さん、カンナに変なことしちゃダメよ」
 それだけ言うと、再び、襖は閉じられた。
 それは、おかしな時間だった。
 ボクと栞菜は、閉じられた襖と柱のすき間を、目を凝らして見つめた。
 ボクは、それが再び、開けられるはしまいか――と、ビクビクしながら。
 たぶん、栞菜も、同じ気持ちだったろう。
 しばらく、そうして見つめていたが、閉じた襖が開けられる気配はない。
 やっと、目を襖から離して、栞菜を見ると、栞菜もボクを見ていた。その目が、ジワリ……と、目尻から溶けた。
 両手で抱えたマグカップをゆっくりテーブルに戻すと、その手がスッと、ボクの手に伸びてきた。
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