荒野のバラと谷間のユリ〈9〉 裏切りの香り…

バラの花束闘いは、女を求め、
女は「安心」を求め、2つは、いつもすれ違う。


会社の回答を拒否することが決まった翌日、
栞菜は部長たちと夜の銀座へ出かけた。
由美はボクをホテルでの夜食に誘った。
女たちの周りには、いつも、裏切りの香りが漂う…。



 連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第9章 
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この話は連載9回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった。栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。右も左もわからずこの世界に飛びこんだ栞菜に、一から仕事を教え込んだ稲田敦子。そのふたりに、あるとき、「ヒマ?」と声をかけられた。ついていくと、そこは新宿の「鈴屋」。「これ、私たちから引っ越し祝い」と渡されたのは、黄色いホーローのケトルとマグカップだった。その黄色は、ボクの部屋に夢の形を作り出す。そんなある夜、小野田に飲みに誘われた栞菜が、「松原クンも行かない?」と声をかけてきた。元ヒッピーだと言うママが経営するスナックで、ボクは小野田が、かつては辺境を漂白するバガボンドだったことを知らされる。その帰り、バガボンド小野田は、「一杯飲ませろ」と、ボクの部屋にやって来た。小野田は、黄色いマグカップでバーボンを飲みながら、自分の過去を語った。漂流時代にアマゾンを探検中、後輩を水難事故で死なせてしまったというのだった。やがて、年末闘争の季節がやって来た。組合の委員長・小野田は、「スト」を主張。書記のボクと副委員長の相川は、それをセーブにかかった。しかし、会社の回答は、ボクたちの予想をはるかに下回った――




 組合大会を開いて会社側の一次回答を拒否することが決まった翌日の夕刻、「S社」の広告部長が「済美社」にやって来て、『レディ友』の榊原編集長、有村営業部長と何やら首を突き合わせて会談を始めた。
 どうやら、一向に広告収入の上がらない『レディ友』の広告をテコ入れするために、方策を講じる相談でもしているらしかった。
 その席へ、グラフ担当の栞菜が呼ばれた。
 聞くとはなしに聞いていると、どうも、広告収入を稼ぎ出すために、カラーページでタイアップを増やそうか――という話をしているようだ。
 話の中に、「K化粧品」とか「銀座」という言葉が出てくる。
 「うちの雨宮は、クライアントには……」
 「あそこの宣伝部長、あなたと同じK大……」
 「きょうは、銀座で……」
 「じゃ、雨宮クンも……」
 そんな話が、断片的に聞こえてくる。
 やがて、S社の広告部長、有村営業部長、榊原編集長は、3人連れ立って席を立ち、その後に栞菜が従った。
 出て行く栞菜と目が合った。
 その目は「やれやれ……」と言っているようにも見え、「しょうがないでしょ」と言っているようにも見えた。

        

 ふだんの締切をこなしながら、組合の活動を続けるというのは、正直に言うと、少しこたえる。
 しかし、組合活動があるから締切を飛ばす――というわけには、もちろんいかない。というより、ふだん以上に完璧に仕事をこなして、会社側に攻撃の口実を与えないようにしなくてはいけない。眠い目をこすりながら、その週の最初の締切に向けて入稿作業を続けた。
 横では、戸村由美が、同じ締切の5折の入稿作業を続けていた。たぶん、彼女も、徹夜作業になるだろう。
 夜半を過ぎると、たまらなく腹が減ってくる。
 「ああ、ハラ減ったぁ~」
 思わず口走ると、横から「私も……」と声がする。
 「何か、食べに行く?」
 「行こうか」
 とは言え、その時間に食事ができる場所と言えば限られる。近くの大型ホテルの24時間営業のコーヒーSHOPで軽食をとるか、神保町交差点まで出て、深夜営業のラーメン店などに入るか、でなければ……。
 「ね、千鳥ヶ淵まで行かない?」と言い出したのは、由美のほうだった。
 千鳥ヶ淵には、あまり知られてないが、皇居の内堀を見下ろす位置に小洒落たホテルが建っている。桜の季節には、花見の客で満杯になるホテルだが、ふだんは、ビジネスマンや恋人たちの隠れ家的なホテルとして、ひっそりと使われている。
 その2階に、午前2時まで営業しているダイニングバーがあって、そこのカツ丼が、「案外いける」と、一部の編集部員には評判になっていた。
 そのFホテルを「仮眠施設」として利用できるよう、会社はホテル側と交渉していると言う。そうなれば、名物のカツ丼を食べに訪れる編集部員は、ますます増えるだろう。
 しかし、いまは、徹夜作業常習者のボクたちの貴重な夜食メニューだ。
 すでに木枯らしが吹き始めた靖国通りに「ウッ、さぶっ……」と首をすくめながら、ボクと由美は坂道を上り、千鳥ヶ淵に出た。
 「こんな時間にこんな場所を歩いてたら、誤解されるかもしれないわね」
 そんなこと考えてみたこともなかったが、由美は楽しそうにその想像を口にした。決してそんなことにはならないだろう――と思えるほどに、楽しそうに、そして、明るく。

        

 「ストにはならないんでしょ?」
 カツ丼を食べながら、由美が訊いた言葉は、ちょっと意外だった。
 「いや、まだ、何とも言えないけど……」
 「そうなの……?」
 由美が意外だという声を出すので、ボクは思わず、彼女の顔を見た。
 「それ、だれか言ってた? ストにはならない――って?」
 「だれか――っていうか、まぁ……」
 「相川さん?」
 賢い由美は、ボクの質問には、首を縦にも横にも動かさずに、「頭がいい」と思える答えを返した。
 「ただの私の願望。モメるの、あんまり好きじゃないから……」
 そう言った後で、由美は、思い直したように付け加えた。
 「あ、でも、もしストってことになったら、私は組合の決定に従うわよ」
 その調子がキッパリしていたので、ボクはちょっとだけ安心した。しかし、「モメるのが好きじゃない」というのは、たぶん、彼女に限らず、女子組合員たちのホンネなんだろう。
 「でも、できることなら、ストになんかならなければいいのに――とは思うんだね?」
 「たぶん、女の子はみんな、ホンネではそう思っていると思う……」
 由美が口にする「みんな」の中には、おそらく、栞菜も含まれているのだろう。
 その栞菜は、この年末闘争の最中、有村営業部長、榊原編集長、それに親会社筋に当たるS社の広告部長と連れ立って、銀座に出かけた。おそらく、K化粧品の宣伝部長を接待するためで、それは、彼女の仕事上、避けられない業務の一貫とも言える。
 しかし、何もこの時期に――という思いも、なくはない。
 酒の席に同席すれば、否が応でも、年末闘争の話は、有村部長たちの口を通して語られることになるだろう。そこで、会社側に取り込もうという懐柔策を受けることも、考えられないわけではない。
 「女は信用できねェからな……」
 小野田委員長が、組合役員の打ち合わせの席でボソッ……ともらした言葉が、頭の奥によみがえった。

        

 「あら、あの人……」
 夜食のカツ丼を食べ終えてFホテルを出ようとしたとき、エントランスから入って来たひと組のカップルを見て、由美が声を挙げた。
 男のほうはだれだかわからなかった。しかし、女のほうには、見覚えがあった。深夜だというのに大きなサングラスで顔を隠したその姿は、最近、不倫騒動が報じられたりもしている、大物モデルに違いなかった。
 ニュース班であれば、早速、カメラに連絡をとって張り込みをかけ、朝、出てきたところをパシャリとやるところだ。
 しかし、ボクにも、由美にも、その気はなかった。その代わり、由美がボクの腕を突いて言った。
 「このホテルって、おしのびのカップルが使うようなホテルだったのね」
 「ああ、ボクたちもね」
 「エッ、そうなの?」
 「そうだよ。領収書もらったもん。きょうの食事代、打ち合わせで落としちゃうから」
 「あ、そっちね」
 その声が、ちょっと不満そうにも聞こえた。
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