荒野のバラと谷間のユリ〈7〉 闘いの庭に咲く「貞操」

バラの花束会社との初めての闘いが始まる中、
ボクたちは、それぞれの恋をも闘っていた。


ストに逸る小野田と、多数派工作に走り回る相川。
その多数派工作は、特に由美に対して熱心だった。
ホレてるな…と感じさせる相川の態度だったが、
相川によれば、由美は貞操の堅い女だった――。



 連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第7章 
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった。栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。右も左もわからずこの世界に飛びこんだ栞菜に、一から仕事を教え込んだ稲田敦子。そのふたりに、あるとき、「ヒマ?」と声をかけられた。ついていくと、そこは新宿の「鈴屋」。「これ、私たちから引っ越し祝い」と渡されたのは、黄色いホーローのケトルとマグカップだった。その黄色は、ボクの部屋に夢の形を作り出す。そんなある夜、小野田に飲みに誘われた栞菜が、「松原クンも行かない?」と声をかけてきた。元ヒッピーだと言うママが経営するスナックで、ボクは小野田が、かつては辺境を漂白するバガボンドだったことを知らされる。その帰り、バガボンド小野田は、「一杯飲ませろ」と、ボクの部屋にやって来た。小野田は、ボクの部屋の黄色いケトルとマグカップに目を留め、「女か?」と訊く。贈り主は明かすわけにはいかなかった。そのマグカップでバーボンを飲みながら、小野田が自分の過去を語った。「オレは、昔、人をひとり、死なせてんだよな」――




 「一度、ストをやろうぜ」という小野田委員長の年末闘争方針に、どちらかと言うと理論派である副委員長・相川信夫は難色を示した。
 「一度……って、ストは、一度やってみる――てなもんじゃないだろう。そういう冒険主義に組合員を巻き込むのは、どうもなぁ……」
 「一度ったって、一度きりってことじゃないんだからよ。ただ、あの連中には、最初にガツンとかましといたほうがいいような気がするぞ」
 小野田宏が「あの連中」と呼ぶのは、「済美社」の経営陣のことだった。社長と営業部長と出版部長の3人は、前の会社で起こった大きな争議の中で会社側の矢面に立たされ、結果的には、その責任を取らされて会社を辞めることになった――という経歴を持っている。その3人がライバル系列の大手出版社に拾われて設立したのが、「済美社」だった。
 「彼らには、十分に、ガツンと効いてるさ。組合を設立したという時点で、また同じことを繰り返しちゃいけない――つーんで、けっこうビクビクしてると思うよ」
 「ケツの穴の小さい連中だなぁ」
 「小野田と比べたら、たいていの人間のケツの穴は小さいさ。みんな、ちまちまと生きてるんだよ。彼らも、そしてオレたちもな」
 「まったく……」と言ったきり、小野田はそれ以上、「ストを」とは言わなくなった。「まったく」の後には、たぶん、「どいつもこいつも」という言葉でも隠されていたに違いない。
 スト権は確立するけど、行使は慎重に――という相川副委員長とボクの意見が、小野田の出鼻をくじいた形になった。ボクは少しだけ、そのことを小野田に申し訳ない、と思った。

        

 相川信夫は、その頃から、戸村由美をよく昼食に誘うようになった。
 その昼飯のメンバーにはボクも加わって、3人でメシを食うこともあった。
 相川は、神保町の主のような男だった。
 古書街の裏通りの小ぢんまりとした寿司屋だとか、魚料理の店だとか、昔ながらのすいとんを食わせる店だとかをよく知っていて、そういうところにだれかれとなく連れて行きたがった。相川はそうして人をメシに誘っては、その席で多数派工作を進める。そういう交渉術に長けているところがあった。
 しかし、戸村由美を誘うのは、どうもただの多数派工作ではないようだった。
 サウナ室でボクに「おまえ、どっちがいい?」と尋ねたとき、相川がぼそりと言ったひと言がある。
 「オレだったらユミっぺだな……」
 それがどれくらい本気のひと言だったかはわからないが、「メシ、行こうか」と声をかける回数が、戸村由美に対しては、特別多いようにも見えた。
 ボクと相川信夫は、帰りが同じ方向ということもあって、しばしば途中の駅で降りたり、ひとつ先の駅まで行ったりして、飲み屋街に足を向けることがあった。
 そういうときに、酒のさかなに交わすのは、食べ物に関するうんちくや、文学や哲学や恋愛の話だった。
 正直言うと、文学に関しては、ボクは語るべきものを何も持っていなかった。相川が語る文学的恋愛論を、ボクは唯物論的哲学で分析してみたり、思想的に批判したりした。どこかで噛み合ってはいるが、突き詰めて話し出すと、きっと、どこかで決定的にぶつかってしまう、そんな会話を、寸止めで楽しむ。ボクたちの酒の飲み方は、たいていは、そんなふうだった。
 「ところで、栞菜とはどうなの?」
 「いや、別に……何も進展はないですよ」
 「何もなしか?」
 黄色いケトルとマグカップの話は、相川にはしないでおいた。
 小野田に言わせると、それは「おまえと一緒にコーヒーを飲みたい」という意思表示だ――ということらしいのだが、ボクには、その確信が持てないでいた。
 「彼女は、たぶん、自由じゃない。どこかに、心を捕えられている男がいる。そんな気がするんです」
 「それ、おまえの妄想だろう?」
 「いや、カンです」
 「どこが違う?」
 「妄想は、願望が生み出す亡霊だけど、カンは、推理が導く想像です」
 「その推理の根拠は?」
 「特になし――です」
 「じゃ、やっぱり妄想じゃないか」
 「そうか……」
 ボクが返事を返せないでいると、相川は、ボクのグラスにビールを注ぎながら言うのだった。
 「忘れろ」
 「栞菜を……ですか?」
 「違うだろ。おまえの、その妄想をだよ。ホレるなら、妄想は忘れろ。忘れられなきゃ、ホレるな」
 ナルホド……と思いながら、ボクは知りたくなった。
 「相川さんはどうなんですか?」
 「ナニ?」と、相川信夫が声をひっくり返した。

        

 「だからですね、ユミっぺに対する相川さんの想いは通じてるのか――と」
 「オレ、彼女を想ってると言ったか?」
 「オレは、ユミっぺだ――って、ボクの耳は、確かにそう聞きましたけどね」
 「どっちが好みかと言うと、戸村だな――って言っただけだろ?」
 「じゃ、ホレてはいない――と?」
 「だいたい、W大のくせに、貞操堅いし、あの女……」
 「ヘーッ」
 「何だよ?」
 「貞操が堅いってことを、いつ、どこで、どうやって知ったのか――とね。ちょっと思っただけですよ」
 「おまえ、うまいな」
 「何がですか?」
 「ひとの揚げ足取るのがさ。団交のときも、その調子でよろしくな」
 話題をすり替えられてしまって、相川信夫と戸村由美の関係について、それ以上、聞き出すことはできなかった。

 翌週、「済美社」の労働組合は、初の組合大会を開いた。
 相川の多数派工作の功もあってか、大会は、組合員23人中21人の賛成でスト権を確立した。
 全員に諮って、まとめた要求の骨子は、

 一、年末一時金として、本給の五・五カ月分を支給すること。
 一、過剰な労働量を軽減するため、『レディ友』編集部に三名、書籍編集部に二名、営業部に一名の人員を増員すること。
 一、徹夜労働に当たる従業員のために、仮眠室を設置すること。

 の三点だった。
 要求書は、委員長・小野田宏と副委員長・相川信夫、それに書記のボクが3人そろって、労務担当を兼ねる営業部長・有村貞夫に手渡した。
 「お手やわらかに頼みますよ」
 要求書を受け取った有村は、頭を掻きながらニヤリと笑った。
 「タヌキだな、あいつ」
 小野田が、要求書を受け取った有村の態度を評して言ったが、ボクには有村部長の態度は、どこかビクついているようにも見えた。
 1回目の団交は、翌週、近くのホテルの小宴会室を借りて行われることになった。
 ボクたちの最初の小さな闘いが始まった。
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