荒野のバラと谷間のユリ〈3〉 彼女を操る「魔女」

バラの花束彼女に寄り添う「魔女」のような女。
ふたりには、何か共有する秘密があるように見えた。


栞菜には、いつも行動を共にしている女性がいた。
右も左もわからずこの世界に飛び込んだ栞菜に、
仕事を一から教え込んだ稲田敦子という女だった。
ある日、ボクはそのふたりに街へ誘い出された――。



 連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第3章 
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この話は連載3回目です。最初から読みたい方は⇒こちらから、
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。机を並べて仕事する由美は、気軽に昼メシを食べに行ける女だったが、栞菜は声をかけにくい相手だった。その栞菜を連れ回していたのは、年上のデスク・小野田宏だった――。




 ボクたち新卒組にとって、いきなり放り込まれた女性雑誌の世界は、刺激の強すぎる世界でもあった。
 ふつうなら、見習いから始め、先輩社員たちの仕事ぶりを見て、やっと、自分の担当ページを持たせてもらえる――という手順を踏むのだが、「済美社」にはその余裕がなかった。
 4月に入社したばかりのボクたちも、いきなり、4月末の創刊に向けて、手に余るほどのページを持たされた。そして、いきなり、海千山千のプロたちと仕事をすることになった。
 編集者として仕事をする人間には、大きく分けると、2種類のタイプがいる。
 ひとつは、人に付くタイプ。仕事のできる人間に付いて、その力を借りていい仕事を仕上げようとするのだが、そのためには、相手といい関係を築いて、やる気を引き出す必要がある。
 もうひとつは、自分のプランやテーマに拘りを持つタイプ。自分が計画したとおりの仕事を仕上げるために、人を動かそうとするので、ときには考えの合わない相手とぶつかることもある。
 ボクはどちらかと言うと後者のタイプで、雨宮栞菜は前者のタイプ。戸村由美は、その中間と言えた。
 一緒に仕事をする人間との関係は、人に付くタイプの栞菜のほうが濃くなる。人間関係が情に左右されることも多くなる。そのぶん、大変とも言えたが、いい関係に恵まれさえすれば、仕事はラクになる――とも言えた。

 雨宮栞菜には、いつも行動を共にしている女がいた。栞菜とはひと回り以上歳が離れている。ひと時代前の女性月刊誌で、ファッションから料理まで、あらゆるジャンルを手がけていたベテランで、名前を稲田敦子といった。
 稲田敦子は、栞菜が担当するページをいろんな形でサポートしていた。栞菜が「カメラマンをだれにしようか?」と迷っていると、「それなら、この人、どう?」と自分の手持ちリストの中から若手の有望株を紹介する。ファッションの撮影場所に悩んでいると、「ちょっといい場所があるんだけど、見に行かない?」と、ロケハンに連れ出す。撮影のときには、自らスタイリストとして小物集めに駆け回ることもあり、入稿にあたっては、写真に添えるキャプションやクレジットをまとめたりもした。
 何でもできる稲田敦子という存在は、右も左もわからないままこの仕事に飛び込んだ栞菜にとって、頼りになる「ガイド」のようなものなのかも知れなかった。
 何をするにも一緒のふたりは、その名前を取って「アツカン・コンビ」と呼ばれるようになった。中には、「ふたりはレズなんじゃないか?」と勘繰る声もあった。

        

 稲田敦子は、いつも色の褪せたジーンズを穿いて、その上から丈の長いセーターやジャケットを羽織り、頭にはチューリップ形の帽子を被っていた。
 その風情は、どこか「魔女」的でもあった。編集部の口のわるい男たちの中には、そんな彼女を「気味のわるいババァ」と陰口をたたく者もいた。
 ボクの見立ては、少し違った。
 確かに、稲田敦子には「魔女的」と思われる部分がある。しかし、それは、彼女の風貌のせいではない――と、感じられた。
 稲田敦子は、雨宮栞菜がまだボクたちに見せてない何か――を知っている。その「何か」ゆえに、彼女は、ボクたちが立ち入ることのできない栞菜の心の内に忍び込んで、彼女に何らかの影響を与えている。そんなふうにボクには見えた。
 それが何なのかは、ボクにはわからなかった。
 稲田敦子という女自身の個人的世界も、謎に包まれていた。
 30半ばは迎えているはずなのに、結婚している気配は感じられない。恋人がいるのかどうかもわからない。
 親は? きょうだいは?
 そういう情報を、ボクたちは何も持っていなかったが、稲田敦子と雨宮栞菜は、ボクたちが知り得ていないそんな情報を共有していて、それで、ボクたちが入り込むことのできない世界を築いているようにも見えた。
 ボクが稲田敦子を「魔女的」と感じるのは、そういう部分だった。

        

 締切が開けて、フッとひと息ついている午後だった。
 久しぶりに書店回りにでも出かけるか――と思っていると、栞菜がボクの顔をヒョイとのぞき込むようにして声をかけてきた。
 「ヒマみたいだね」
 「やっと、ヒマになりました」
 「よかったら、一緒に行かない?」
 「行く……って、どこへ?」
 「私たち、これから、鈴屋に小物を探しに行くんだけど、よかったらつき合わない?」
 「私たち」と言うのは、雨宮栞菜と稲田敦子だ――と、すぐにわかった。
 栞菜のそばで、稲田敦子が「来たほうがいいよ」とでも言うようにうなずいていた。
 どうせ、ヒマなんだし――と、腰を上げると、ふたりは、まるでそれが示し合わせた行動であるかのように、目配せし合ってうなずいた。

 電車で新宿へ出て、鈴屋に入る。
 生まれて初めて足を踏み入れたそこは、少し恥ずかしさを感じるような「女の子の世界」だった。
 店中に展示された食器やテーブルウエアや、インテリア小物。そんな店内を、栞菜と稲田敦子はすいすいと2階に上がって行く。上がりながら、栞菜がボクに訊いた。
 「松原さん、引っ越したんでしょ? もう、荷物、片づいた?」
 「大方、片づいたよ」
 学生時代のままの、横浜の間借り部屋から通勤していたボクは、「できるだけ早く、都内に引っ越して来るように」と、会社からすすめられていた。通勤に時間がかかって大変だろう、というのもあったに違いないが、毎日のように横浜まで深夜帰宅のタクシーを請求されたのでは、交通費がたまらない。そっちのほうが、会社としてのホンネだったのかもしれない。
 前回の締切が明けた後、不動産屋を回って、落合に2Kの部屋を借りた。
 引っ越しがすむと、会社に報告をしたので、ボクの引っ越しは、編集部全体が知る事実となっていた。
 「カーテンは?」
 「エッ……?」
 「カーテンはもう入れた?」
 「ウン。こないだの日曜日にデパートで選んできた」
 「ね、何色?」
 どうしてそんなことを訊くのだろう……と思いながら、
 「マリンブルーとグリーンのストライプだけど……」
 と答えると、栞菜と稲田敦子は、「やっぱり、あれ?」「あれだね」と何やらささやき合って、「ちょっとここで待っててくれる?」と、ふたりして姿を消した。

 戻ってきたふたりは、手にクラフト紙の手提げ袋を持っていた。
 「ハイ」と栞菜が、その手提げをまっすぐボクに向かって差し出す。
 いったい、何?――と戸惑うボクに、栞菜が言った。
 「これ、私たちからの引っ越し祝い」
 横から稲田敦子が口を挟んだ。
 「ていうか、あんたが言い出したんでしょ。私は、ひと口、乗せてもらっただけ」
 手提げ袋の中をのぞき込むと、薄紙に包まれた雑貨らしいものが2包み入っていた。
 「見てもいい?」と断って、薄紙を剥いでみた。
 大きいほうはホーローのケトル。小さいほうは、やっぱりホーローのマグカップが2客。 どちらも、おそろいの黄色だった。
 「ブルーとグリーンのカーテンに合うと思うんだけど……」
 そう言って、雨宮栞菜が微笑んで見せたその瞬間、ボクは、彼女の魔法にかかった。
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