荒野のバラと谷間のユリ〈2〉 誘う理由、誘えない理由

男たちの好みは、2つに分かれた。
「ご飯、食べに行かない?」と、フレンドリーに
声をかけてくるユリの女・由美。年上の男たちからの
誘いに、子犬のようについていくバラの女・栞菜。
しかし、バラは、声をかけにくい女でもあった――。
連載小説/荒野のバラと谷間のユリ ――― 第2章
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ここまでのあらすじ 大学を卒業して、できたばかりの出版社「済美社」に入社したボク(松原英雄)は、配属された女性雑誌『レディ友』の編集部で、同じく新卒の2人の女子編集部員、雨宮栞菜、戸村由美と出会う。感性の勝った栞菜と、理性の勝った由美は、何事につけ比較される2人だった。1年先輩の相川信夫に「どっちが好きだ?」と訊かれたボクは、迷うことなく「栞菜」と答えて相川を驚かせた――。
編集部に2人だけいる、新卒の女子編集部員。
当然のように、編集部の男たちも、そして、そこに出入りするライターやデザイナー、カメラマンたちも、2人に何かとモーションをかけてくる。
しかし、戸村由美は、男から見ると、ちょっと誘いにくい女だった。
「ユミっぺ、ちょっと飲みに行こうか?」
編集部の年上の男たちがそんな声をかけてくると、由美はまじまじと相手の顔を見ながら、問い返す。
「どこへですか?」
「どうして、また、私なんかを?」
返ってきた理由が納得できるものであれば、応じないわけでもない。彼女が見せる態度は、そう言っているようにも見えたが、ちょっと口説いてやるか――程度の動機で声をかけてくる男には、彼女が「正当」と感じる理由を用意することができない。たいていの男は、その段階で、「こいつは、誘ってもムダだ」と悟った。
しかし、納得できる理由のある相手だと、彼女は、わりとフレンドリーに食事に出かけたり、たまに飲みに出かけたりもした。
ボクは戸村由美にとって、その「納得できる理由」のある相手のひとりだったのに違いない。
「ご飯、食べに行かない?」
昼になると、彼女は、しばしば自分から声をかけてきた。
ボクと戸村由美は、同じ担当部署(企画班)で、机も隣り合っていた。その仕事ぶりが何かと比較されるようなライバル関係でもあった。
どちらも緻密で繊細な作業を得意としていたが、ボクはそれを論理性やエンタテインメント性の上で実現しようと構成やビジュアルにこだわり、由美は情緒性や信頼性の上で実現しようと、一字一句にこだわった。
似ているような仕事ぶりだが、そのテイストが少し違う――というのが、ボクと由美に関する周囲の評価だった。
そういう特性を上もわかっていたようで、大御所に連載のエッセイを頼む――などという仕事は、たいてい、戸村由美の担当になった。そして、表紙打ちするような特集ものの担当は、ボクに回ってくることが多かった。そんな担当の違いを越えて、ときに戸村由美とボクは、おたがいの仕事をサポートし合った。
ボクは、自分の特集で取り上げるべきコメンテータについて、「こういうことを言わせたいんだけど、だれかいない?」と、由美からヒントをもらったりした。由美は、「今度、○○さんにお茶の作法をしゃべってもらうんだけど、見せ方に悩んでるの」と相談を持ちかけてきたりした。
戸村由美は、一緒にメシを食って楽しい女であり、仕事仲間として気の合う戦友でもあった。
そして、もうひとつ――。
当然のように、編集部の男たちも、そして、そこに出入りするライターやデザイナー、カメラマンたちも、2人に何かとモーションをかけてくる。
しかし、戸村由美は、男から見ると、ちょっと誘いにくい女だった。
「ユミっぺ、ちょっと飲みに行こうか?」
編集部の年上の男たちがそんな声をかけてくると、由美はまじまじと相手の顔を見ながら、問い返す。
「どこへですか?」
「どうして、また、私なんかを?」
返ってきた理由が納得できるものであれば、応じないわけでもない。彼女が見せる態度は、そう言っているようにも見えたが、ちょっと口説いてやるか――程度の動機で声をかけてくる男には、彼女が「正当」と感じる理由を用意することができない。たいていの男は、その段階で、「こいつは、誘ってもムダだ」と悟った。
しかし、納得できる理由のある相手だと、彼女は、わりとフレンドリーに食事に出かけたり、たまに飲みに出かけたりもした。
ボクは戸村由美にとって、その「納得できる理由」のある相手のひとりだったのに違いない。
「ご飯、食べに行かない?」
昼になると、彼女は、しばしば自分から声をかけてきた。
ボクと戸村由美は、同じ担当部署(企画班)で、机も隣り合っていた。その仕事ぶりが何かと比較されるようなライバル関係でもあった。
どちらも緻密で繊細な作業を得意としていたが、ボクはそれを論理性やエンタテインメント性の上で実現しようと構成やビジュアルにこだわり、由美は情緒性や信頼性の上で実現しようと、一字一句にこだわった。
似ているような仕事ぶりだが、そのテイストが少し違う――というのが、ボクと由美に関する周囲の評価だった。
そういう特性を上もわかっていたようで、大御所に連載のエッセイを頼む――などという仕事は、たいてい、戸村由美の担当になった。そして、表紙打ちするような特集ものの担当は、ボクに回ってくることが多かった。そんな担当の違いを越えて、ときに戸村由美とボクは、おたがいの仕事をサポートし合った。
ボクは、自分の特集で取り上げるべきコメンテータについて、「こういうことを言わせたいんだけど、だれかいない?」と、由美からヒントをもらったりした。由美は、「今度、○○さんにお茶の作法をしゃべってもらうんだけど、見せ方に悩んでるの」と相談を持ちかけてきたりした。
戸村由美は、一緒にメシを食って楽しい女であり、仕事仲間として気の合う戦友でもあった。
そして、もうひとつ――。

戸村由美は、同期の男たちの2、3人から、「戸村銀行」と呼ばれてもいた。
同期の中では数少ない「家付き娘」で、飲み食いに金を使うタイプでもない。ふところ具合には、いつも余裕がある――と見られていた。
給料日前になると、「あのさぁ、由美ちゃん、折り入って頼みがあるんだけど……」などと、男たちが、猫なで声で彼女にすり寄る。
そんなとき、由美は黙って財布の口を開ける。そこで嫌味を口にすることもなければ、「いつ、返してくれる?」と念を押すこともない。それを、だれかにバラすということもしない。
きわめて口の堅い、信頼性の高い銀行だったので、いつもピーピーしている新入社員の男たちの中には、「戸村銀行」を「オレのメインバンク」と、ジョーダンめかして言う男もいた。
その「メインバンク」のお世話になった男の中には、ボクも含まれていた。
しかし、雨宮栞菜には、そんなことは頼めなかった。
というより、頼める雰囲気ではなかった。
自分の弱みなど見せたくない。
どこかで、そんな気持ちがはたらいていたのだろうと思う。

雨宮栞菜は、編集部ではあまり姿を見ない女だった。
彼女が所属していたのは、グラフ班。グラフ班は、ファッションや美容、料理などを担当する部署で、栞菜は、主にファッションと美容を受け持っていた。発表会やファッション・ショーなどがある度に出かけていくし、広告部と連動してクライアントを回ることもある。そもそも、編集業務の中心が撮影なので、編集部内で仕事をしている時間というのが、あまり長くない。
たまに、暇な夜があると、やはり、男たちが声をかけてくる。しかし、誘いかけてくる男たちの顔ぶれが、由美の場合とは少し違った。
声をかけてくるのは、カメラマンやデザイナーというアート系の男たちか、そうでなければ、広告クライアントや代理店などの営業系の男が多かった。
編集部の中で彼女に声をかけるのは、もっぱら、年上の男たちだった。
編集長や営業部長は、接待の席に彼女を同伴させようと声をかける。「ホステスじゃないんだから」と頬をふくらませながらも、彼女はその声に従う。
「断ればいいのに……」と思いながら、ボクは出かけていく彼女の尻を目で追った。
彼女にもっとも頻繁に声をかけたのは、企画班のデスク・小野田宏だった。デスクではあるけれど、結成したばかりの組合の委員長を務めてもいる、ちょっと無頼派な男。入社以来、ボクは、彼がスーツを着ているところなど、一度も見たことがなかった。
「カンナ、行くゾ!」
まるで、犬を散歩に連れ出すように、小野田は雨宮栞菜に声をかける。すると栞菜は、まるで子猫が足にまとわりつくように、その後についていく。
少し不思議な光景だった。
小野田は、決してスマートな……という体形ではない。と言って、筋肉質なガチガチの体形でもない。どちらと言うと、小太りなズングリとした体形で、髪は、天然パーマのかかった短髪。野武士然としたその風貌は、どこか、中東あたりのマーケットのオヤジのようでもあった。
その後を、ショートヘアの髪を揺らしながら、パリの美大生を思わせる栞菜がついて行く。
見ようによっては、柄のわるいジゴロが小娘を連れ回している――というふうに見えなくもない。
雨宮栞菜は、ああいうワイルドな男が好みなんだろうか――。
そんなことを考えながら、ふたりの姿を見送っていると、向かいの席に座っている男が長髪をかきむしりながら、「はぁ……」と息を吐いた。
河合金治。雨宮栞菜と同じK大の仏文科卒で、大学時代は、いつも栞菜とつるんで行動していたという男だ。「済美社」の入社試験を受けたのも、栞菜の後を追って来たんじゃないか。周りは、もっぱらそういう見方をしていたが、雨宮栞菜は、そんな河合をあまり相手にしてないように見えた。
スラリとした長身に、流行の長髪。一見、文学青年風とも見えるやさ男だったが、ボクたちに話をするときの話し方などには、どこか「子どもっぽい」と感じられる部分があった。女の子たちに「マザコン」と思わせてしまうような何か……。たぶん、そういうところを栞菜は嫌っているのだろう――と想像できた。
「松原クンは、行かないの?」
さて、残った仕事を片づけるか――と、デスクの上のラフ用紙に手をつけようとしていると、河合が声をかけてきた。
「エッ……?」
「だから、一緒に行かないの、彼らと?」
「行かないよ。どうして?」
「ヘェ、行かないんだ」
そう言って腰を上げると、河合は「お先に」と部屋を出て行った。
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書店で見かけたら、ぜひ、手に取ってご覧ください。
『すぐ感情的になる人から傷つけられない本』
発行・こう書房 定価・1400円+税


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