チュンリーの恋〈19〉 黒い知らせ

春麗は、中国で精力的に仕事をこなした。日本に行く時間が
なかなか取れそうにないという。こうなったら、自分が中国に
行くか。決意を固めた彰男の元に、一本の電話が入った――
マリアたちへ 第19話
チュンリーの恋〈19〉
前回までのあらすじ 粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。名前を劉春麗。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは、マスコミで仕事する機会を探しているという。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、すぐに電話がかかってきた。春麗は、日本の雑誌や新聞で、日中の架け橋になるような仕事がしたいと言う。そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と春麗は言った。そのラブレターは、すぐ届いた、完璧な日本語で。これならいける。彰男は春麗を、月刊経済誌の編集をしている原田に紹介することにした。原田は、春麗の顔を見ると、「恋人はいるんですか?」と、いきなりセクハラな質問を浴びせた。「日本では、仕事をするのに、ああいうことを訊くんですか?」と、怒っている様子の春麗だったが、「験しに記事を一本、書いてみて」という原田の要求に、応えるつもりらしかった。その原稿の出来栄えに、原田は「いいね、彼女」と相好を崩した。その「いいね」には、別の「いいね」も含まれていた。「彼女、男をそそるんだよね」と言うのだ。その夜、春麗に電話をかけた彰男は、春麗の様子がおかしいことに気づいた。彼女のそばには、男がいる。彰男は確信したが、その男がどんな男なのか、想像がつかない。翌日、春麗から電話が入った。「きのうはごめんなさい。きょうは私にごちそうさせてほしい」と言うのだった。春麗が案内したのは、遠い親類がやっているという北京ダックの店だった。春麗の遠縁にあたるという店のオーナー・劉学慶に、「チュンリーをよろしく」と頭を下げられて店を出た彰男に、春麗は腕を絡めてきた。その腕を引っ張って、通りを右へ左へと急ぐ春麗。その口から意外な言葉が飛び出した。「私、見張られている」。翌週、粟野がひとりの男を連れて編集部に売り込みに来た。カメラマンの荒川タケル。初めて春麗をモデルとしてデビューさせた男だと言う。その写真は、男性誌のグラビア用の水着写真だった。数日後、春麗の初記事が『東亜タイムス』に掲載された。原田と彰男は春麗を誘って祝宴を挙げた。その席で、ふたりに料理を取り分けてくれる春麗の姿が、彰男と原田には新鮮に感じられた。「とても、あんな水着写真を撮らせていた女の子には見えない」。原田のひと言に、春麗の顔が固まった。その水着写真をどこで見た? 彰男が詰め寄ると、原田は「何だ、知らなかったの?」という顔でノートPCを立ち上げた。開いたのは、カメラマン・荒川の個人サイト。その作品集の中に、スケスケの水着を着た春麗の写真があった。あわててPCのフタを閉じる春麗。「もし無断で載せてるのなら、削除を要求できるよ」と言う原田に、春麗は力なく首を振った。2週間後、突然、春麗から「時間ありますか?」と電話が入った。待ち合わせに指定してきた場所は、日暮里のスカイライナーの改札。まさか…と顔を曇らせる彰男に、春麗は「最後の晩餐でも」と言う。「あそこにしませんか?」と指差したのはホテルだった。春麗の希望で、晩餐はルームサービスになった。片手で食事しながら、もう一方の手でおたがいを求め合うふたり。その春麗の体に、彰男は幾筋も残る赤い内出血の跡を見つけた。それは、だれかに鞭打たれた跡のように見えた。「忘れさせて」と言う春麗の体をベッドに寝かせ、手をその下半身に伸ばすと、彼女の体はウサギのように震え出し、彰男のペニスを迎え入れると、今度は、ネコのようにツメを立て、体をしならせた。「自由になりたい」――歓喜に体を震わせた春麗が言う。その春麗が告白した。「部屋の鍵を持っている男がいる」と。その男は、まだ学生だった春麗に「モデルになってくれないか」と近づいてきたカメラマン・荒川だった。男性誌のグラビアで「キャンパスの美女」を紹介する写真を撮っていた荒川は、言葉巧みに春麗を誘い、無料で住んでいいからと部屋を与え、モデルの世界に誘い込んだ。それがワナとも知らず、春麗はその誘いに乗った。最初は、ブラウスのボタンを2つ、3つ外す程度の写真だったが、それが水着になり、下着になり、そして、ついには、裸になった。裸の春麗を撮りながら、荒川は春麗の体に手を伸ばし、最後には、SEXまで求めるようになった。「別れたい」と言うと、荒川は、「おまえの恥ずかしい写真をバラ撒くゾ」と、春麗を脅す。もう逃げるしかな。決意した春麗は弁護士に事情を話し、その指示に従って、脅す荒川の言葉をICレコーダーに録音した。後日、弁護士がその録音を突きつけると、荒川の顔が青ざめた。やっと荒川の手から自由になった春麗は、ほとぼりが冷めるまで、しばらく中国へ帰ると言う。彰男は、その春麗を成田まで送っていった――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

書店で見かけたら、ぜひ、手に取ってご覧ください。
『すぐ感情的になる人から傷つけられない本』
発行・こう書房 定価・1400円+税


前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
中国に戻った春麗は、精力的に仕事をこなした。
原田の『月刊東亜タイムス』には、毎月一本ペースで記事を送った。
『中国進出の日本企業が、現地で直面する文化の違い』
『上海で成功している日本企業・うまくいかない日本企業の現地スタッフマネジメント』
どれも、鋭い視点で問題を捉え、的確な文章力で読ませる力のある記事だった。
そういう記事を書いては、春麗はその下書きを、メールで彰男に送って来た。彰男は春麗の原稿がたまに見せる文法的な誤りや論理的矛盾点を指摘し、誤字などを訂正するだけで、それを送り返した。
もはや、文の構成や表現力に関しては、手のつけどころがない。それくらい、春麗の筆力は完成されていると感じられた。
その他に、春麗は、中国ツアーに力を入れる旅行社が日本人向けに出しているパンフレットに、現地探訪ルポなどを書く仕事も始めた。
《なんか、忙しくなってしまいました。
いまこなしている仕事は、中国にいないとできない仕事ばかり。
私は、まるで日本のメディアの駐在員になったみたいです。
もう少し、私に時間をくださいね。
何とか時間を作って、日本に行きます。
末吉さんに会いに行きたい……》
いまこなしている仕事は、中国にいないとできない仕事ばかり。
私は、まるで日本のメディアの駐在員になったみたいです。
もう少し、私に時間をくださいね。
何とか時間を作って、日本に行きます。
末吉さんに会いに行きたい……》
メールには、切々と、春麗の心情が綴られていた。
春麗が中国に帰って、2カ月が経ち、3カ月が過ぎ、半年が経過して、もうすぐ1年になろうとしていた。

「オレだったら、会いに行くな、自分から」
すでに、彰男と春麗の関係に気づいている原田が、「何をグズグズしているんだ」という調子で言った。
「そして、首に縄つけてでも連れ戻してくる。オレだったら……だけどな」
さすがに「首に縄つけて」はできない。
春麗には、春麗の望む道を歩んでもらいたい。それをねじ曲げるような行動は、自分には取れない。しかし――と、彰男は思った。
「自分から、会いに行く」は、原田らしい率直な提案だと思った。
新雑誌の創刊準備であわただしい毎日を送っている彰男だったが、何とか、夏休みぐらいは取れそうだ。行くなら、そこしかない。
決意を固めてメールを送った。《できれば、そのとき、あなたの家族にも会いたい》という一文を添えて。
春麗からは、すぐに返事が返ってきた。
《末吉さん、来てくれるのですか?
私の家族にも会ってくれるのですか?
たぶん、父も母も、とても喜んでくれると思います。
もちろん、私も、ものすごくうれしいです。
私は、この後、日本の旅行社のパンフレットに書くツアー・レポートの仕事で、
雲南に取材に行きますが、
末吉さんの夏休みの前には、北京に戻っています。
北京で会ったら、たくさん、おいしいものをご馳走しますね。
そして、いっぱい、愛し合いましょう。
あなたの小さな愛人――――春麗》
私の家族にも会ってくれるのですか?
たぶん、父も母も、とても喜んでくれると思います。
もちろん、私も、ものすごくうれしいです。
私は、この後、日本の旅行社のパンフレットに書くツアー・レポートの仕事で、
雲南に取材に行きますが、
末吉さんの夏休みの前には、北京に戻っています。
北京で会ったら、たくさん、おいしいものをご馳走しますね。
そして、いっぱい、愛し合いましょう。
あなたの小さな愛人――――春麗》
メールを読んではニマニマしているので、編集部のスタッフから「何かいいことでもあったのですか?」と尋ねられたりもした。
自分でもわかるほどにやけた顔をしながら、彰男は、溜まった仕事を片づけ、夏休みに備えた。
「お父さん、春麗さんをボクにください」
家族に会ったら、それを言うつもりだった。
中国語だと何と言うのだろう?
それを辞書で調べて、繰り返し、練習もした。
そんな日が何日か続いて、いよいよ夏休みが間近に迫ったある日の午後だった。

「末吉さん、電話です。劉さんとおっしゃる人ですけど……」
編集部に一本の電話が入った。
劉……?
春麗に何か急な都合でもできたのだろうか?
そう思って電話を取ると、受話器の向こうから、聞きなれない声が聞こえてきた。
「末吉さんですか? ワタシ、劉学慶、言います」
劉学慶……? 確か、あの北京ダックの店の……?
「ああ、いつか春麗と一緒にお店でお目にかかった……。あのときは、どうもごちそうさまでした。すっかり、ごぶさたしてしまって……」
「末吉さん……」
彰男が言いかけた言葉を遮って、劉学慶の重い声が耳に飛び込んできた。
「チュンリー、死んだよ」
「エッ……!?」
最初は、わるいジョーダンでも言っているのかと思った。
「末吉さん、ニュース見なかったですか? 雲南で、バスの大きな事故あった。あなた、知らなかったですか?」
そう言えば――と、前夜のテレビ・ニュースを思い出した。
昆明へ向かっていたバスが谷底に転落し、多くの死者を出している――というニュースだった。
あのバスに、春麗が乗っていた?
そんなバカな……。
彰男は言葉を失い、目の前が真っ暗になり、立っていられなくなって、イスに倒れ込んだ。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。
作品のダウンロードは、左の写真をクリックするか、下記から。
チャボのラブレター (マリアたちへ)
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。

チャボのラブレター (マリアたちへ)

管理人はいつも、下記3つの要素を満たせるようにと、脳みそに汗をかきながら記事をしたためています。
そして、みなさんが押してくださる感想投票に喜んだり、反省したりしながら、日々の構想を練っています。
どうぞ、正直な、しかしちょっぴり愛情のこもったポチを、よろしくお願いいたします。
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