チュンリーの恋〈16〉 支配の暴力

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荒川がハウス・スタジオとして借りた部屋に住む春麗は、
カメラの前で次々に服を脱がされ、肉体を支配されていく。
逃げ出したい。しかし、それができない理由があった――


 マリアたちへ   第19話 
チュンリーの恋〈16〉

 前回までのあらすじ  粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。名前を劉春麗。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは、マスコミで仕事する機会を探しているという。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、すぐに電話がかかってきた。春麗は、日本の雑誌や新聞で、日中の架け橋になるような仕事がしたいと言う。そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と春麗は言った。そのラブレターは、すぐ届いた、完璧な日本語で。これならいける。彰男は春麗を、月刊経済誌の編集をしている原田に紹介することにした。原田は、春麗の顔を見ると、「恋人はいるんですか?」と、いきなりセクハラな質問を浴びせた。「日本では、仕事をするのに、ああいうことを訊くんですか?」と、怒っている様子の春麗だったが、「験しに記事を一本、書いてみて」という原田の要求に、応えるつもりらしかった。その原稿の出来栄えに、原田は「いいね、彼女」と相好を崩した。その「いいね」には、別の「いいね」も含まれていた。「彼女、男をそそるんだよね」と言うのだ。その夜、春麗に電話をかけた彰男は、春麗の様子がおかしいことに気づいた。彼女のそばには、男がいる。彰男は確信したが、その男がどんな男なのか、想像がつかない。翌日、春麗から電話が入った。「きのうはごめんなさい。きょうは私にごちそうさせてほしい」と言うのだった。春麗が案内したのは、遠い親類がやっているという北京ダックの店だった。春麗の遠縁にあたるという店のオーナー・劉学慶に、「チュンリーをよろしく」と頭を下げられて店を出た彰男に、春麗は腕を絡めてきた。その腕を引っ張って、通りを右へ左へと急ぐ春麗。その口から意外な言葉が飛び出した。「私、見張られている」。翌週、粟野がひとりの男を連れて編集部に売り込みに来た。カメラマンの荒川タケル。初めて春麗をモデルとしてデビューさせた男だと言う。その写真は、男性誌のグラビア用の水着写真だった。数日後、春麗の初記事が『東亜タイムス』に掲載された。原田と彰男は春麗を誘って祝宴を挙げた。その席で、ふたりに料理を取り分けてくれる春麗の姿が、彰男と原田には新鮮に感じられた。「とても、あんな水着写真を撮らせていた女の子には見えない」。原田のひと言に、春麗の顔が固まった。その水着写真をどこで見た? 彰男が詰め寄ると、原田は「何だ、知らなかったの?」という顔でノートPCを立ち上げた。開いたのは、カメラマン・荒川の個人サイト。その作品集の中に、スケスケの水着を着た春麗の写真があった。あわててPCのフタを閉じる春麗。「もし無断で載せてるのなら、削除を要求できるよ」と言う原田に、春麗は力なく首を振った。2週間後、突然、春麗から「時間ありますか?」と電話が入った。待ち合わせに指定してきた場所は、日暮里のスカイライナーの改札。まさか…と顔を曇らせる彰男に、春麗は「最後の晩餐でも」と言う。「あそこにしませんか?」と指差したのはホテルだった。春麗の希望で、晩餐はルームサービスになった。片手で食事しながら、もう一方の手でおたがいを求め合うふたり。その春麗の体に、彰男は幾筋も残る赤い内出血の跡を見つけた。それは、だれかに鞭打たれた跡のように見えた。「忘れさせて」と言う春麗の体をベッドに寝かせ、手をその下半身に伸ばすと、彼女の体はウサギのように震え出し、彰男のペニスを迎え入れると、今度は、ネコのようにツメを立て、体をしならせた。「自由になりたい」――歓喜に体を震わせた春麗が言う。その春麗が告白した。「部屋の鍵を持っている男がいる」と。その男は、まだ学生だった春麗に「モデルになってくれないか」と近づいてきたカメラマン・荒川だった。男性誌のグラビアで「キャンパスの美女」を紹介する写真を撮っていた荒川は、言葉巧みに春麗を誘い、無料で住んでいいからと部屋を与え、モデルの世界に誘い込んだ。それがワナとも知らず、春麗はその誘いに乗った。最初は、ブラウスのボタンを2つ、3つ外す程度の写真だったが、それが水着になり、下着になり、そして、キャミソールの肩ヒモがスルリ…と落とされた――

【リンク・キーワード】 エッチ 官能小説 純愛 エロ
このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。



この話は、連載16回目です。この小説を最初から読みたい方は、こちらから、
   前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。


 下着姿をカメラに収めながら、モデルである劉春麗の体に手を伸ばしたカメラマン・荒川タケルは、彼女の体をベッドに押し倒した。
 助手やスタジオマンが待機するふつうのホリゾント・スタジオだったら、そんなことは起こらなかったはずだが、そこは、荒川がヌードなどを撮るために用意したハウス・スタジオだった。
 「家賃は要らないから、そこに住まないか」と提案したときから、荒川は、春麗を自分の女として囲いたい――という野心を抱いていたのかもしれない。
 もしそうだとしたら、春麗は、まんまとそのワナにはまってしまったことになる。
 荒川に押し倒された春麗は、最初は、のしかかる荒川の体を両手で押し返そうとした。しかし、その両手をもぎ取られ、ベッドの上に固定され、荒川のペニスが自分の入り口を探し当てて、その怒張の先端が閉ざしていた肉の門をこじ開けてきた瞬間、春麗はあきらめた。
 荒川の亀頭と自分のやや窮屈な膣口がこすれ合う摩擦。その摩擦が生み出すギュンという痛覚が、腰の裏側へと突き抜けていった瞬間に、女としての情動が人としての意思の力を上回った。
 情に流される娼婦のように――と、春麗は、そのときの気分を語った。
 「家賃無料」と「ほどほどのモデル料」というエサで飼われている娼婦みたいなものなんだわ、自分は――と観念しながら、春麗は、ペニスとヴァギナがこすれ合う快感に溺れていった。

       

 それからも、荒川カメラマンは、いろんな下着を春麗に着させては、思いつく限りのエロいポーズを取らせた。
 「表情、硬いなぁ。もっと、いい顔しようか……」
 そう言いながら、春麗の体に手を伸ばし、乳首を揉んだり、太ももを撫でたり、さらには、その奥に潜んだ渓谷を揉みしだいたりしては、春麗が「あっ……」と声をもらし、体をのけぞらせた瞬間をネラって、シャッターを切った。
 そうしてしばらく撮影を続け、最後には、カメラを放り投げて、春麗の体にのしかかってくる。それが、春麗をモデルにした荒川カメラマンの撮影のスタイルになった。
 そのうち、荒川は、下着を使わなくなった。
 全裸のまま、シャワーを浴びさせる、ベッドに横たわって扇情的なポーズを取らせる、そして、ヘアヌードへと進み、最後には……。
 カメラマン・荒川が行き着いたのは、自らのペニスを春麗のヴァギナに挿入しながら撮る「ハメ撮り」と呼ばれる撮影だった。
 しかし、そんな写真が、商業誌の誌面で使えるわけがない。荒川カメラマンがその写真をどう使うつもりなのか、春麗は聞かされていなかった。
 撮影が終わると、荒川は、「ああ、ハラ減った。チュンリー、何か作ってよ」と要求するようになった。
 まるで亭主気取りだった。しかし、春麗は、それを拒めなかった。
 春麗を裸にしては写真を撮り、食事を作らせ、そして、そのまま部屋に泊まっていく。その回数が、週に1回、2回……と増えていった。

       

 「あきらめない人なんです、あの人」
 春麗は、カメラマン・荒川をそう評した。
 もう裸を売りにモデルを続けられる年齢ではない。
 半年ほど前から、春麗は、荒川のモデルになることを拒み、何か自分の腕を生かしてできる仕事を――と、考えるようになった。自信があるのは、大学で積んだ経済学の知識と文章力だった。
 できれば、どこか活字メディアで書く仕事をしたい。とりあえず、粟野と荒川の「オフィス TR」の雑務を手伝いながら、仕事先を探すことにした。そんなときに出会ったのが、末吉であり、末吉を介して紹介された原田だった。
 荒川は、春麗が求職活動を始めても、彼女の部屋を訪ねてくることを止めようとしなかった。
 求職活動を妨害することはしなかったが、その行動に何かと干渉するようになった。
 「きょうはだれと会ってきた?」
 「どんな話をしてきた?」
 「おまえ、飲んできただろ? 売り込みに酒が必要なのか?」
 「その男に口説かれたんじゃないか? 多いからな、この業界の男たちには、そういうのが……」
 外から電話がかかってきて、相手が男とわかると、その電話に聞き耳を立てた。聞き耳を立てるだけではなく、ときにはその電話を妨害しようとして、電話中の春麗の体に手を伸ばしてきたりもした。
 彰男が電話をかけたときに春麗の様子がおかしかったのも、そのせいだ――と、春麗の話から理解できた。
 春麗が自分から独立したがっているのではないか、と感じた荒川は、その行動を監視するようにもなった。特に、彰男が春麗と連絡をとるようになってからは、執拗に春麗の後をつけ回したりするようになった。
 「あのときも……」と、春麗は目を床に落とした。
 渋谷で春麗と北京ダックを食べた夜のことを言っているのだろうと思った。
 春麗は、脅えたように、彰男の手を引いて右へ、左へといくつも角を曲がり、荒川の監視を逃れたところで、抱擁を交わし、熱い唇を重ね合ったのだった。
 そのときは、うまく監視を逃れたのだが、部屋に帰り着いた春麗を待ち受けていたのは、荒川の執拗な責めだった。

       

 春麗は、いきなり、荒川に衣服をはがれた。
 素裸にした春麗をベッドに組み伏せて、荒川はその体をすみからすみまで点検した。
 「あいつと何をしてきた?」
 「何もしてない。何も……」
 春麗が首を振ると、「じゃ、これは何だ?」と、荒川は春麗からはぎ取った下着を目の前でヒラヒラさせた。そこには、渋谷の街角で彰男と抱き合って濃厚なキスを交わしている間、春麗の中からあふれ出たものが、乾いた糊のような状態で付着していた。
 「何をしてれば、こんなに濡れるんだ? ええ?」
 言いながら、荒川は手を振り上げた。その手を、したたかに春麗の尻に振り下ろした。
 ピシリと鋭い音が響き、春麗は「ヒッ……」と小さな悲鳴を挙げた。
 「あいつのものを咥え込んだのか?」
 「あいつにここを触らせたのか?」
 ピシャリ、ピシャリと平手で打ちつけながら、荒川は、なおも言葉で春麗を責め続けた。
 頭髪をつかんだ頭をベッドに押しつけ、これでもかと尻を打ち続ける荒川の手。
 その痛みに耐え、目から涙を溢れさせながらも、春麗は口をつぐんだ。
 そして、思ったと言う。
 この人は、異常なんだ。
 この人から逃れない限り、自分には自由がない。
 しかし、逃げ出すわけにはいかない理由がひとつだけあった。
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