チュンリーの恋〈14〉 脱がせ屋のワナ

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部屋の鍵を持っている男がいる――と、春麗は言う。
もしかして、春麗を見張っているというのも、その男か?
男は、まだ学生だった春麗を言葉巧みに誘惑して脱がせた――


 マリアたちへ   第19話 
チュンリーの恋〈14〉

 前回までのあらすじ  粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。名前を劉春麗。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは、マスコミで仕事する機会を探しているという。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、すぐに電話がかかってきた。春麗は、日本の雑誌や新聞で、日中の架け橋になるような仕事がしたいと言う。そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と春麗は言った。そのラブレターは、すぐ届いた、完璧な日本語で。これならいける。彰男は春麗を、月刊経済誌の編集をしている原田に紹介することにした。原田は、春麗の顔を見ると、「恋人はいるんですか?」と、いきなりセクハラな質問を浴びせた。「日本では、仕事をするのに、ああいうことを訊くんですか?」と、怒っている様子の春麗だったが、「験しに記事を一本、書いてみて」という原田の要求に、応えるつもりらしかった。その原稿の出来栄えに、原田は「いいね、彼女」と相好を崩した。その「いいね」には、別の「いいね」も含まれていた。「彼女、男をそそるんだよね」と言うのだ。その夜、春麗に電話をかけた彰男は、春麗の様子がおかしいことに気づいた。彼女のそばには、男がいる。彰男は確信したが、その男がどんな男なのか、想像がつかない。翌日、春麗から電話が入った。「きのうはごめんなさい。きょうは私にごちそうさせてほしい」と言うのだった。春麗が案内したのは、遠い親類がやっているという北京ダックの店だった。春麗の遠縁にあたるという店のオーナー・劉学慶に、「チュンリーをよろしく」と頭を下げられて店を出た彰男に、春麗は腕を絡めてきた。その腕を引っ張って、通りを右へ左へと急ぐ春麗。その口から意外な言葉が飛び出した。「私、見張られている」。翌週、粟野がひとりの男を連れて編集部に売り込みに来た。カメラマンの荒川タケル。初めて春麗をモデルとしてデビューさせた男だと言う。その写真は、男性誌のグラビア用の水着写真だった。数日後、春麗の初記事が『東亜タイムス』に掲載された。原田と彰男は春麗を誘って祝宴を挙げた。その席で、ふたりに料理を取り分けてくれる春麗の姿が、彰男と原田には新鮮に感じられた。「とても、あんな水着写真を撮らせていた女の子には見えない」。原田のひと言に、春麗の顔が固まった。その水着写真をどこで見た? 彰男が詰め寄ると、原田は「何だ、知らなかったの?」という顔でノートPCを立ち上げた。開いたのは、カメラマン・荒川の個人サイト。その作品集の中に、スケスケの水着を着た春麗の写真があった。あわててPCのフタを閉じる春麗。「もし無断で載せてるのなら、削除を要求できるよ」と言う原田に、春麗は力なく首を振った。2週間後、突然、春麗から「時間ありますか?」と電話が入った。待ち合わせに指定してきた場所は、日暮里のスカイライナーの改札。まさか…と顔を曇らせる彰男に、春麗は「最後の晩餐でも」と言う。「あそこにしませんか?」と指差したのはホテルだった。春麗の希望で、晩餐はルームサービスになった。片手で食事しながら、もう一方の手でおたがいを求め合うふたり。その春麗の体に、彰男は幾筋も残る赤い内出血の跡を見つけた。それは、だれかに鞭打たれた跡のように見えた。「忘れさせて」と言う春麗の体をベッドに寝かせ、手をその下半身に伸ばすと、彼女の体はウサギのように震え出し、彰男のペニスを迎え入れると、今度は、ネコのようにツメを立て、体をしならせた――

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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。


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この話は、連載14回目です。この小説を最初から読みたい方は、こちらから、
   前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。


 春麗には、部屋のカギを持っている男がいる、という。
 その男は好きなときに春麗の部屋にやって来て、春麗の体に手を伸ばしてくる。何日も彼女の部屋に居続けて、春麗に食事を作らせることもある。
 もしかして……と、彰男は思った。
 春麗に電話をかけたあの夜、春麗の体に手を伸ばして電話を妨害したのも、その男だったのか?
 訊くと、春麗は「ウン」とうなずいた。
 「私に電話がかかってくると、あの人は、電話を盗み聞きするの。特に、相手が男とわかると。知っている男の場合には、特に……」
 「知っている……? その人、ボクのことを知ってるの?」
 春麗の首がタテにコクンと振られた。
 想像できる最悪の事態だった。
 「まさか、原田じゃないだろうし……エッ、粟野?」
 静かに首を振る。
 「じゃ……」
 「そう。末吉さんも会ったでしょ? カメラマンの……」
 「あの男? チュンリーの水着写真を撮って、それを自分の作品集の中に入れているっていう……」
 決して豊満とは言えない春麗にスケスケの水着を着せ、「水着は、いろんな見せ方があるんですよ。読者の好みもいろいろでしてね……」とほくそ笑んで見せた荒川タケルの顔が、目に浮かんだ。
 「もしかして、チュンリーが見張られているって脅えてたのも……?」
 春麗は、救いを求めるように彰男の顔を見つめながら、小さくうなずいた。
 「あきらめない人なの。しつこい男……ヘビみたいに……」
 そのヘビに絡みつかれたのは、留学生・劉春麗が、まだY大の「中村ゼミ」に籍を置いていた頃だった。

       

 その頃の男性雑誌のグラビアでは、各誌競い合うように、現役女子大生の水着写真や下着写真を掲載していた。
 その大学が名門とか偏差値の高い難関校であるほど、女子大生の裸は注目され、高く売れる。Y大は、狙われやすい大学だった。T大に準じる国立名門校でありながら、T大ほど気位は高くない。学生も、わりとノリやすい。
 荒川タケルは、「キャンパスのクイーンを探している」とY大の学生たちに声をかけまくり、「留学生にすごい美人がいる」という情報を得て、春麗に接近してきた。
 最初は、「キャンパス美女」としてグラビアに登場してくれないか――という打診だった。
 「キミのような感じのいい美人が登場してくれれば、Y大の株も上がるし、中国人留学生のイメージUPにもつながると思うんだ」
 言葉巧みに春麗をスタジオに誘った荒川は、最初は、スタイリストが用意したふつうの……というより、清楚なイメージのブラウスとミニスカートというコーディネートで、カメラを回し始めた。
 しかし、何回もシャッターを押して、春麗が少しカメラに慣れたと思われる頃から、少しずつ要求がエスカレートしていった。
 「ブラウスのボタンをひとつだけ外してみようか。オッ、いいね。色っぽくなったよ。ホレちゃいそうだ。もうひとつ外してみようかな。ウオッ、もう、日本中のキャンパス・ボーイが夢中になっちゃうよ。いいね、いいね」
 彰男も女性雑誌の編集部に在籍する身だから、撮影現場でのカメラマンとモデルがどんなやりとりで現場の空気を盛り上げていくかについては、熟知している。
 しかし、そのときの春麗は、撮影の世界など、右も左もわからないシロウトだった。そんなシロウト娘を、業界では「脱がせ屋」と異名をとる荒川カメラマンが、手練手管で口説くのだ。
 春麗は、その口説きに手もなく乗せられ、一枚また一枚……と着ているものを脱がされていった。

       

 脱がせ屋・荒川は、ただ、カメラマンとして春麗を脱がせただけではなかった。
 プライベートでも、春麗を口説きまくった。
 「これまでいろんな女の子をカメラに収めてきたけど、キミほど存在感を感じさせる女の子はいなかった。ほんとはね、キミを男性誌のグラビアなんかに載せるのが惜しいと思うほどだよ」
 キョトンとしている春麗に、荒川タケルは、なおもたたみかけた。
 「キミだったら、学業を続けながら、モデルとしてもやっていけると思うよ。学費と生活費ぐらい、ラクに稼げるんじゃないかな」
 うかつにも、そこで目を輝かせてしまった。自分が愚かだった――と、春麗は言う。
 当時、春麗は、大学に通うのに便利な横浜市内のアパートに住んでいたが、「モデルの仕事をするのだったら、都心に住んだほうがいい」と、荒川が言い出した。
 「そうだ。うちの事務所で撮影用に押さえてある部屋があるんだけど、よかったら、そこに住まないか? 1カ月に一度か二度、撮影で使わせてもらうことがあるかもしれないけど、それさえOKしてくれれば、家賃は要らない。うちとしても、だれかに住んでもらったほうが、部屋が荒れなくてすむから助かるんだけど……」
 いい話だ――と、春麗は思った。
 それが、彼女を囲い込むためのワナだとも知らず、春麗は、その話に飛びついたのだった。
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