チュンリーの恋〈12〉 白い肌の傷跡

最後の晩餐は、ルームサービスに。春麗の希望だった。
片手で食事を口に運びながら、ふたりは空いた手を
たがいの体に伸ばした。しかし、春麗の体には――
マリアたちへ 第19話
チュンリーの恋〈12〉
前回までのあらすじ 粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。名前を劉春麗。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは、マスコミで仕事する機会を探しているという。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、すぐに電話がかかってきた。春麗は、日本の雑誌や新聞で、日中の架け橋になるような仕事がしたいと言う。そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と春麗は言った。そのラブレターは、すぐ届いた、完璧な日本語で。これならいける。彰男は春麗を、月刊経済誌の編集をしている原田に紹介することにした。原田は、春麗の顔を見ると、「恋人はいるんですか?」と、いきなりセクハラな質問を浴びせた。「日本では、仕事をするのに、ああいうことを訊くんですか?」と、怒っている様子の春麗だったが、「験しに記事を一本、書いてみて」という原田の要求に、応えるつもりらしかった。その原稿の出来栄えに、原田は「いいね、彼女」と相好を崩した。その「いいね」には、別の「いいね」も含まれていた。「彼女、男をそそるんだよね」と言うのだ。その夜、春麗に電話をかけた彰男は、春麗の様子がおかしいことに気づいた。彼女のそばには、男がいる。彰男は確信したが、その男がどんな男なのか、想像がつかない。翌日、春麗から電話が入った。「きのうはごめんなさい。きょうは私にごちそうさせてほしい」と言うのだった。春麗が案内したのは、遠い親類がやっているという北京ダックの店だった。春麗の遠縁にあたるという店のオーナー・劉学慶に、「チュンリーをよろしく」と頭を下げられて店を出た彰男に、春麗は腕を絡めてきた。その腕を引っ張って、通りを右へ左へと急ぐ春麗。その口から意外な言葉が飛び出した。「私、見張られている」。翌週、粟野がひとりの男を連れて編集部に売り込みに来た。カメラマンの荒川タケル。初めて春麗をモデルとしてデビューさせた男だと言う。その写真は、男性誌のグラビア用の水着写真だった。数日後、春麗の初記事が『東亜タイムス』に掲載された。原田と彰男は春麗を誘って祝宴を挙げた。その席で、ふたりに料理を取り分けてくれる春麗の姿が、彰男と原田には新鮮に感じられた。「とても、あんな水着写真を撮らせていた女の子には見えない」。原田のひと言に、春麗の顔が固まった。その水着写真をどこで見た? 彰男が詰め寄ると、原田は「何だ、知らなかったの?」という顔でノートPCを立ち上げた。開いたのは、カメラマン・荒川の個人サイト。その作品集の中に、スケスケの水着を着た春麗の写真があった。あわててPCのフタを閉じる春麗。「もし無断で載せてるのなら、削除を要求できるよ」と言う原田に、春麗は力なく首を振った。2週間後、突然、春麗から「時間ありますか?」と電話が入った。待ち合わせに指定してきた場所は、日暮里のスカイライナーの改札。まさか…と顔を曇らせる彰男を、春麗は「最後の晩餐」に誘った――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
食事は、部屋で取りたい。
春麗の希望で、「最後の晩餐」は、ルームサービスということになった。
ピザに寿司にワイン。何だか妙な取り合わせだ。しかし、その取り合わせには理由があった。
片手で食べられる食事。それを春麗は希望したのだった。
空いたほうの片手に、何かを語らせるために――。
左手でピザをつかんで口に運ぶ間、彼女の右手は彰男の左手を求めて差し伸べられ、彰男は右手で寿司をつまみながら、左手で彼女の右手を絡め取った。
春麗の左手と彰男の右手は、晩餐を口に運ぶ用に当てられた。しかし、その逆の手、春麗の右手と彰男の左手は、食べている間も、たがいの手を求め合った。
指と指を絡め合い、その付け根を探し当てると、ギュッと握り合った。
忙しい晩餐だった。
寿司をつまみ、ピザを頬張り、ワインをひと口飲んでは、たがいを見つめ合い、どちらからともなく、口を寄せ合った。
口の中でワインの香りが息の匂いと溶け合い、かすかに寿司とピザの味が残る舌が、絡み合ってその味を交換した。
激しく口を吸いながら、春麗は、握り合った指を自分のももの上に導き、その指を内転勤に沿って内ももの奥へと滑らせた。彰男の指の関節は、内ももの奥にひっそりと蓄えられた、彼女のふくよかな下腹の脂肪に触れた。
春麗は、彰男の指の甲をその弾力の中に埋めるように押し当てたまま、しばらくうっとりと目を閉じる。しばらく目を閉じた後、思い直したように左手を伸ばして、今度はお寿司、次はピザ……というふうに口に運んでは、ワインをひと口飲み干し、また口を寄せ合って、指と指の遊戯に耽る。
食べる、飲む、キスする、指を股ぐらに誘う。
しばらくヘビーなローテーションを繰り返していたふたりだったが、彰男がもう一方の手を春麗の胸に伸ばしたのを機に、食べるほうの手は、その任務を放棄した。
テーブルの上には、まだ、ピザも寿司も残っていたが、彰男も、春麗も、もう手を伸ばす気にはなれなかった。

春麗の体に触れるのは、だれとも知れない見張りの影に脅えながら、渋谷の街の路地裏で口を吸い合って以来、ほぼ1か月半ぶりだった。
彰男は、抱き寄せた春麗のブラウスのボタンに手をかけた。
原田がノートPCで開いて見せたフォトグラファー・荒川の作品集。
その中にあった、モデル時代の春麗の水着写真。
スケスケの水着を通して浮かび上がって見えていた、まるで少女のような青いふくらみと、懸命に存在を主張するように身を強張らせていた干しブドウ色のつぼみ。
ブラウスをはだけると、少し紅潮した春麗の胸の肌が現れた。白い肌を、ワインがほんのり血の色に染めていた。その胸を覆う、飾り気のない白いブラジャー。ブラジャーは、彼女の胸のふくらみを締めつけているのではなく、ただ、羞恥の核心を覆い隠しているだけだった。
ブラジャーと彼女の肌の間には、すき間があった。そのすき間から、わずかなふくらみがのぞき、その先端で身を硬くした乳首が、見え隠れしていた。
彰男は、そのすき間に手を滑り込ませた。
「あ……ハッ……」
春麗が小さな声をもらし、彰男の胸に顔を埋めてきた。
彰男の手のひらは、小さな突起を捕えた。手のひらが、コロッ……と、その頭をなぶるたびに、春麗は「あ……」と小さな声を挙げ、その声が上がるほどに、手のひらの下の突起が硬度を増した。
彰男は、春麗の華奢な体が見せるその変化を、たまらなく愛しいと思った。
胸郭の上に蓄えられた小ぶりな脂肪と筋肉の高まりをすくい集めるように撫でながら、手のひらで乳首の先端をコロコロとくすぐる。
春麗は、彰男の腕に体を預けたまま、「ああ――ッ」と背を反らし、つかんだ彰男の腕にツメを立てた。
父親に髪を洗われる幼女のように、相手を信頼しきって全身を委ねる無力な姿。彰男は、その姿に胸を掻き立てられた。
ブラジャーの中にもぐらせた手を、乳房から鎖骨へと滑らせると、彼女の胸を覆い隠していたブラジャーのストラップが、スルリ……と肩から抜け落ちた。
まだ彼女の腕に引っかかって止まったままのブラウスの左右の袖を、手先から抜き取ると、春麗は、片方のブラジャーだけが半分脱げかかったまま乳首を露出させた、あられもない姿になった。
全部脱がせてしまうのがもったいない――と思うような姿だった。
自分がカメラマンだったら、たぶん、このポーズでシャッターを切るな。
そんなことを考えながら、もう一方のブラジャーのトスラップを肩から外し、ホックを外そうと彼女の上体を半回転させ、背中に手を回したそのときだった。彰男の目に、奇妙なものが映った。

それは、彼女の背中から脇腹へと向けて走っていた。
何か硬いものにでもぶつかったのか、赤黒い痣……いや、内出血の跡のようなものが、白い肌に刻印されていた。
しかも、それは一本ではなかった。
腰から尻にかけても、反対側の背中から脇腹にかけても、同じように……。
まるで、だれかに鞭打たれた跡のようだ。
「チュンリー、これは……?」
言いかけた彰男の腕を、春麗がつかんだ。
「見ないで……」
そうは言っても、これはただごとではない。
なおも傷跡を点検しようとする彰男の腕を、春麗はグイと引っ張った。
「お願い。忘れさせて」
彰男は春麗のひざ裏に手を回し、その体を抱きかかえてベッドに運んだ。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
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チャボのラブレター (マリアたちへ)
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
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チャボのラブレター (マリアたちへ)

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