チュンリーの恋〈11〉 最後の晩餐

春麗が電話をかけてきた。「待ってます」と言われた場所は、
スカイライナーの改札。「まさか…」と不安顔の彰男に、
春麗は言うのだった。「最期の晩餐にしましょうか」と――
マリアたちへ 第19話
チュンリーの恋〈11〉
前回までのあらすじ 粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。名前を劉春麗。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは、マスコミで仕事する機会を探しているという。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、すぐに電話がかかってきた。春麗は、日本の雑誌や新聞で、日中の架け橋になるような仕事がしたいと言う。そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と春麗は言った。そのラブレターは、すぐ届いた、完璧な日本語で。これならいける。彰男は春麗を、月刊経済誌の編集をしている原田に紹介することにした。原田は、春麗の顔を見ると、「恋人はいるんですか?」と、いきなりセクハラな質問を浴びせた。「日本では、仕事をするのに、ああいうことを訊くんですか?」と、怒っている様子の春麗だったが、「験しに記事を一本、書いてみて」という原田の要求に、応えるつもりらしかった。その原稿の出来栄えに、原田は「いいね、彼女」と相好を崩した。その「いいね」には、別の「いいね」も含まれていた。「彼女、男をそそるんだよね」と言うのだ。その夜、春麗に電話をかけた彰男は、春麗の様子がおかしいことに気づいた。彼女のそばには、男がいる。彰男は確信したが、その男がどんな男なのか、想像がつかない。翌日、春麗から電話が入った。「きのうはごめんなさい。きょうは私にごちそうさせてほしい」と言うのだった。春麗が案内したのは、遠い親類がやっているという北京ダックの店だった。春麗の遠縁にあたるという店のオーナー・劉学慶に、「チュンリーをよろしく」と頭を下げられて店を出た彰男に、春麗は腕を絡めてきた。その腕を引っ張って、通りを右へ左へと急ぐ春麗。その口から意外な言葉が飛び出した。「私、見張られている」。翌週、粟野がひとりの男を連れて編集部に売り込みに来た。カメラマンの荒川タケル。初めて春麗をモデルとしてデビューさせた男だと言う。その写真は、男性誌のグラビア用の水着写真だった。数日後、春麗の初記事が『東亜タイムス』に掲載された。原田と彰男は春麗を誘って祝宴を挙げた。その席で、ふたりに料理を取り分けてくれる春麗の姿が、彰男と原田には新鮮に感じられた。「とても、あんな水着写真を撮らせていた女の子には見えない」。原田のひと言に、春麗の顔が固まった。その水着写真をどこで見た? 彰男が詰め寄ると、原田は「何だ、知らなかったの?」という顔でノートPCを立ち上げた。開いたのは、カメラマン・荒川の個人サイト。その作品集の中に、スケスケの水着を着た春麗の写真があった。あわててPCのフタを閉じる春麗。「もし無断で載せてるのなら、削除を要求できるよ」と言う原田に、春麗は力なく首を振った――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
「あの……いま、時間ありますか?」
突然、電話がかかってきたのは、原田が春麗の水着写真を暴露してから2週間ほど経った夜だった。電話の声が、少し緊張しているように感じられた。
「待っていますから」と指定された場所が意外だった。
日暮里のスカイライナー専用改札口。
エッ、まさか……と、彰男は思った。
残っていた仕事をあわてて片づけ、タクシーを拾って日暮里へ向かった。
駅に着くと、階段を駆け上がって、スカイライナー専用の改札フロアへ向かった。息を切らしながらフロアを見渡すと、改札の横の売店の脇にスーツケースを置いて、ボーッと人の流れを見ている髪の長い女がいた。
「チュンリー!」
彰男が名前を呼ぶと、女は、顔にかかった髪を片手で掻き上げ、もう一方の手を頭の上で振った。
彰男が駆け寄ると、その両手は、彰男の首に回された。
「見張りは?」
「きょうはいない」
「きょうは……?」
春麗は「ウン」とうなずくと、彰男の首に回した手に力を込めた。
突き出された春麗の唇が、彰男の唇を捕えた。
ひと目もはばからず、その唇は彰男の唇をこじ開け、めくれ上がった唇の裏の粘膜を彰男の粘膜に押しつけて来た。
それは、まるで「これでお別れ」と言っているように見える口づけだった。
ちょ……ちょっと待てよ――と、彰男は、ゆっくり春麗の体を押し離した。

「ね、チュンリー、まさか……」
彰男が目をのぞき込むと、春麗はしっかり彰男の目を見つめ返して、うなずいた。
「そのまさか……よ。あしたの朝の飛行機で中国へ帰るの」
「帰る――っていうのは、帰ってしまうってこと?」
不安になって尋ねる彰男の顔を、春麗は、一瞬、憐れむような目で見つめた。
「それは……まだ……わからない」
「じゃ、仕事は?」
「原田さんのところの仕事は、特派員という形でもできるから――と言ってくれたので、たぶん……」
「なるほど。それはいいねェ……」
感心したように言う彰男の顔を、春麗は斜め下から見上げた。
その目が、少し不満そうでもあった。
「末吉さん。心配は……仕事だけ?」
「いや……」と彰男は首を振った。
「もう、チュンリーに会えなくなるのか――とか」
「とか……?」
「それが、いちばん心配……というか」
「というか……?」
「それだけが心配」
「末吉さんって……」
春麗は何かを言いかけて、口をつぐんだ。そして、静かに首を振った。
再び開いた口から出た言葉は、銀色のオブラードにくるまれていた。
「では、最後の晩餐でもいたしましょうか?」

日暮里で「最後の晩餐」となると、やっぱり和食がいいか……。
とりあえず駅を出て、繁華街へ向かおうとする彰男の腕を、春麗が後ろからフッ……とつかんだ。
振り向くと、小さく首を振っていた。
何かを訴えるように彰男の目を見て、その目がゆっくりと背後のビルに向けられた。
春麗の背後では、最近建てられたに違いない新しいホテルが、イルミネーションを点滅させていた。
エッ、あそこ……?
目で尋ねると、春麗はコクリとうなずいた。
OK。だったら、あそこで食事することにしよう。
彰男は、春麗が手にしたキャスター付きのスーツケースの引き手を受け取ると、それを引っ張りながら、ホテルへ歩を向けた。後からついて来る春麗が、そっと反対側の腕に手を絡ませてきた。
ホテルには、いくつかレストランが入っていた。
和食に中華に洋食。どれにしようか――とパネルの前で足を止めると、春麗はそれにかまわず、フロントに向かって歩いていく。
ちょっと待てよ――と後を追うと、春麗が「貸して」と彰男が手にしたスーツケースの引き手を受け取った。
「私は、きょう、ここに泊まって、明日の朝、成田に向かいます。ここからなら、30分ちょっとで行けるから。末吉さんも泊まりましょうか?」
「最後の晩餐」の意味が、そのとき、初めて彰男にはわかった。「泊まりましょうか?」は、「一緒に泊まってほしい」という意思表示に違いない。
「朝まで一緒にいられるんだね」と言うと、ウンとうなずく。
「ボクが一緒だと、チュンリー、眠れないかもしれないよ」
「末吉さん、私を寝かさないつもりですか?」
「寝かさないか、ずっと寝かしたままにするか、どっちかだね」
「どっちも好きだわ……」
ニコリと微笑んで、絡めた腕をグイと引っ張る。
その手に引っ張られて、フロントに行くと、宿泊カードに名前を書いた。
部屋はダブル。
胸の奥が、少しだけ、チクリと痛んだ。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
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チャボのラブレター (マリアたちへ)
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