チュンリーの恋〈9〉 クレイジー・スーザン

春麗の記事が『東亜タイムス』に掲載されたことを祝って、
原田と彰男は春麗を誘って祝宴を開いた。意外だったのは、
ふたりに料理を取り分けようとする春麗の姿だった――
マリアたちへ 第19話
チュンリーの恋〈9〉
前回までのあらすじ 粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。名前を劉春麗。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは、マスコミで仕事する機会を探しているという。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、すぐに電話がかかってきた。春麗は、日本の雑誌や新聞で、日中の架け橋になるような仕事がしたいと言う。そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と春麗は言った。そのラブレターは、すぐ届いた、完璧な日本語で。これならいける。彰男は春麗を、月刊経済誌の編集をしている原田に紹介することにした。原田は、春麗の顔を見ると、「恋人はいるんですか?」と、いきなりセクハラな質問を浴びせた。「日本では、仕事をするのに、ああいうことを訊くんですか?」と、怒っている様子の春麗だったが、「験しに記事を一本、書いてみて」という原田の要求に、応えるつもりらしかった。その原稿の出来栄えに、原田は「いいね、彼女」と相好を崩した。その「いいね」には、別の「いいね」も含まれていた。「彼女、男をそそるんだよね」と言うのだ。その夜、春麗に電話をかけた彰男は、春麗の様子がおかしいことに気づいた。彼女のそばには、男がいる。彰男は確信したが、その男がどんな男なのか、想像がつかない。翌日、春麗から電話が入った。「きのうはごめんなさい。きょうは私にごちそうさせてほしい」と言うのだった。春麗が案内したのは、遠い親類がやっているという北京ダックの店だった。春麗の遠縁にあたるという店のオーナー・劉学慶に、「チュンリーをよろしく」と頭を下げられて店を出た彰男に、春麗は腕を絡めてきた。その腕を引っ張って、通りを右へ左へと急ぐ春麗。その口から意外な言葉が飛び出した。「私、見張られている」。翌週、粟野がひとりの男を連れて編集部に売り込みに来た。カメラマンの荒川タケル。初めて春麗をモデルとしてデビューさせた男だと言う。その写真は、男性誌のグラビア用の水着写真だった――
【リンク・キーワード】 エッチ 官能小説 純愛 エロ
このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

書店で見かけたら、ぜひ、手に取ってご覧ください。
『すぐ感情的になる人から傷つけられない本』
発行・こう書房 定価・1400円+税


前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
2週間後、春麗の初記事が載った『月刊・東亜タイムス』が刷り上がり、見本誌が彰男の元にも送られてきた。
春麗の原稿には、『すぐ謝る日本人となかなか謝らない中国人~「申し訳ございません」をめぐる日中ビジネス・マナーのギャップ』と、新たなタイトルがつけられて、10ページにわたる記事として組まれていた。
タイトルは、少々堅めに変わっていたが、それは経済雑誌である『東亜タイムス』ならではの切り口とも見えた。
電話をかけてみると、原田は「オウ、見たか?」と、得意そうな声を挙げた。
わかりやすい男だ。得意になると、声が数段、甲高くなる。その甲高い声が、「今度さぁ……」と、切り出した。
「春麗の雑誌デビューを祝って、一杯、やろうと思うんだけど、どうだろう?」
先日の「私、見張られている」告白以降、何となく、春麗に声をかけることをためらっていた彰男だったが、原田も一緒なら、仮に見張られていたとしても問題にはなるまい。
そう思って、「いいね」と返事を返した。
場所の設定と春麗への連絡は自分のほうでやっておくから――と言うので、彰男は自分の都合を伝えて、電話を切った。
しばらく仕事に集中していると、春麗から電話が入った。
「春麗です。週末の打ち上げ、末吉さんもいらっしゃるんですか?」
「ウン、いくつもりでいるけど、もしかしておじゃまでした?」
「もォ――ッ、怒りますよ!」
「ごめん、ごめん。喜んでいきます。学慶さんにも、よろしくって頼まれてるし……」
「悪い虫がつかないように――って?」
「もしかしたらつくように……かもしれないけど」
「だったら、もう、ついてるかもしれませんよ」
「それ、もしかして、原田のこと?」
「ウーン……あり得ない……かな」
「もしかして、ボクだったりして……?」
「ノーコメント!」
またもはぐらかされた。

原田が指定した打ち上げの場所は、六本木の地鶏の店だった。
お造りは、高級魚のおこぜ。ぼんじりだの、さえずりだのといった希少部位を集めた串焼きを楽しんだ後、最後は、ガラで出しをとった水炊き。
ちょっと張り込んだな――というメニュー構成だった。
「とにかく、将来有望なライター・劉春麗の誕生を祝って!」
原田の発声で3人でグラスを合わせ、「よし、食おう!」と、箸を伸ばした。
意外だったのは、春麗が、大皿に盛られた刺身や串焼きなどを、「私、お取りしましょうか?」と、銘々の皿に取り分けてくれたことだった。
「エッ、中国でも、女の人はそういうことするの?」
原田が目を丸くして驚いて見せたので、春麗は、「とんでもない」というふうに顔の前で手を振った。
「中国で正式の食卓を囲む場合は、ホラ、アレがついてるじゃないですか?」
「あ、レイジー・スーザン!」
彰男が言うと、春麗は「そう、回転卓」と言い直した。
「正式な会食だと、回転卓は、時計回りに回しながら、主賓から順に皿に取り分けていくっていうのがルールなんですよ。友だち同士とかだと、みんな、好き好きに取ってますから、取り分け係っていうのはいない。ていうか、必要ないんですよね」
「それが、なんでレイジー・スーザンなの? 『レイジー』って『怠け者』って意味でしょ?」
原田が「わからない」というふうに首を振る。
「わかりません。だって、回転卓をそう呼び始めたのは、アメリカ人ですもの」
「自分は動かずに、卓を動かすから『怠け者』と思われたんじゃないの?」
彰男が解説してみせると、
「私は、クレイジー・スーザンだって言われてましたけどね……」
と春麗が肩をすくめた。
「エッ、どうして?」
彰男と原田は、ふたり揃って声を挙げた。
「ものすごいスピードで卓を回してしまうから」
春麗のその話は、ちょっとウケた。
「それさぁ、チュンリーのペンネームにしたら?」
「クレイジー・スーザンか……。それ、いいね。でも、1回目はもう、発行されちゃったしな」
原田が、残念そうに言った。

春麗の料理取り分けは、彰男にも、原田にも、ちょっとしたカルチャー・ショックだった。
「それにしてもさぁ……」と原田が言うのだった。
「そんなこと、最近は、日本の女の子たちでも、やりたがらない子が多いんだよ。春麗さんは、どこでそんなこと覚えたの?」
「大学のゼミで」
「日本の?」と、原田は不思議そうな顔をしている。
「いや、しかし……」と、彰男も口を挟んだ。
「ボクたちの時代には、そんなことする女子はいなかったよ」
「そうなんですか?」と、今度は、春麗が不思議そうな顔をする。
「でも、ゼミのコンパとかあると、先生が言うんですよ。劉クン、みんなに料理を取り分けてあげてくれる? そういうことができる女性は、日本ではモテるんだよ――って」
「古いなぁ、中村先生も。現代資本主義論やってるくせに、女性観は明治時代のまんまか。そもそも、食事における給仕の役目っていうのは、本来は男性の権利だったんだよ」
「そうなんですか?」
「家族に食料を分配する権利は、食料の調達者である一族の長が握ってたんだよね。おまえ、これだけ食っていいぞ――って、切り分けた肉とかを分け与えてた。それが、給仕という制度の文化史的ルーツだと、何かの本に書いてあった」
「経済学では、そんなこと教えてくれませんでしたよ」
「これ、経済学以前の太古の話だから」
「フーン」と感心している春麗に、原田が言った。
「いまの日本じゃ、それが女子力と呼ばれる素養のひとつになってる――というわけです。つまり、春麗さんの女子力は、いまどき珍しいくらい、高いってことだな」
「女子力、高い……? それ、喜んでいいことですか?」
「ふつうの女の子としては、喜ばしいことかもしれない」
原田はそう答えたが、原田が口にした「ふつう」が、春麗には引っかかっているようだった。
「私、ふつうの女の子じゃないんですか?」
「そうだな……」と、原田はしばらく考え込む様子を見せた。
「雑誌に原稿を書く女を『ふつうの女の子』と言っていいかどうか……。それに、水着モデルまでやる美人を、ふつうと言えるかどうか……」
その瞬間、春麗の顔が凍りついたように見えた。
原田よ、おまえ、それをどこで知った?
彰男も、原田の顔をニラみつけた。
⇒続きを読む
管理人の本、Kindle で販売を開始しました。よろしければ、ぜひ!

シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。
作品のダウンロードは、左の写真をクリックするか、下記から。
チャボのラブレター (マリアたちへ)
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。

チャボのラブレター (マリアたちへ)

管理人はいつも、下記3つの要素を満たせるようにと、脳みそに汗をかきながら記事をしたためています。
そして、みなさんが押してくださる感想投票に喜んだり、反省したりしながら、日々の構想を練っています。
どうぞ、正直な、しかしちょっぴり愛情のこもったポチを、よろしくお願いいたします。
そして、みなさんが押してくださる感想投票に喜んだり、反省したりしながら、日々の構想を練っています。
どうぞ、正直な、しかしちょっぴり愛情のこもったポチを、よろしくお願いいたします。



この小説の目次に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- チュンリーの恋〈10〉 封印された水着写真 (2015/09/09)
- チュンリーの恋〈9〉 クレイジー・スーザン (2015/09/05)
- チュンリーの恋〈8〉 彼女の水着を撮った男 (2015/09/01)