チュンリーの恋〈8〉 彼女の水着を撮った男

編集部に粟野がひとりの男を連れて売り込みにきた。
カメラマンの荒川。春麗を初めてモデルとして撮った男だと言う。
その写真とは、男性誌用の水着写真だった――
マリアたちへ 第19話
チュンリーの恋〈8〉
前回までのあらすじ 粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。名前を劉春麗。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは、マスコミで仕事する機会を探しているという。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、すぐに電話がかかってきた。春麗は、日本の雑誌や新聞で、日中の架け橋になるような仕事がしたいと言う。そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と春麗は言った。そのラブレターは、すぐ届いた、完璧な日本語で。これならいける。彰男は春麗を、月刊経済誌の編集をしている原田に紹介することにした。原田は、春麗の顔を見ると、「恋人はいるんですか?」と、いきなりセクハラな質問を浴びせた。「日本では、仕事をするのに、ああいうことを訊くんですか?」と、怒っている様子の春麗だったが、「験しに記事を一本、書いてみて」という原田の要求に、応えるつもりらしかった。その原稿の出来栄えに、原田は「いいね、彼女」と相好を崩した。その「いいね」には、別の「いいね」も含まれていた。「彼女、男をそそるんだよね」と言うのだ。その夜、春麗に電話をかけた彰男は、春麗の様子がおかしいことに気づいた。彼女のそばには、男がいる。彰男は確信したが、その男がどんな男なのか、想像がつかない。翌日、春麗から電話が入った。「きのうはごめんなさい。きょうは私にごちそうさせてほしい」と言うのだった。春麗が案内したのは、遠い親類がやっているという北京ダックの店だった。春麗の遠縁にあたるという店のオーナー・劉学慶に、「チュンリーをよろしく」と頭を下げられて店を出た彰男に、春麗は腕を絡めてきた。その腕を引っ張って、通りを右へ左へと急ぐ春麗。その口から意外な言葉が飛び出した。「私、見張られている」――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

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春麗をあのままホテルに誘っていたら、彼女は、どうしただろう?
彰男の前にすべてを投げ出して、あの路上でやったように、彰男のももに足を巻きつけて腰を揺らしただろうか?
「尻を振るんだよね、彼女」
原田が口にした言葉が、頭の中によみがえった。
もしかしたら、春麗の「エア腰振り」は、彼女が秘匿しているひそかな願望が、無意識のうちに噴き出した行動にすぎなかったのだろうか?
それとも、それは、彰男を誘いかける行動だったのか?
原田が言うように、春麗は、彰男をそそっていたのか……?
彰男が彼女をホテルに誘わなかったのは、春麗が口にした「私、見張られている」というひと言のせいだった。
そんな状況で、決定的な証拠となりかねない行動を選択すると、その禍は春麗に降りかかる。それを避けたいという配慮が、彰男には働いた。
それにしても――と思うのだった。
春麗が「見張られている」と言う、その相手はだれなのか? 春麗をあんなに脅えさせてしまう相手とは、いったい……?
何度、尋ねても、春麗は、その「監視しているもの」の正体を明かそうとはしなかった。
「話せるときがきたら、話します。でも、いまは……インポシブル……」
彰男は、春麗の「インポシブル」を尊重することにした。

翌週、粟野隆一がひとりの男を連れて、彰男の編集部を訪ねてきた。
頬から顎にかけてヒゲを蓄えたその顔に、見覚えがあった。
粟野の「オフィス TR」のオープニング・パーティに出席したとき、もうひとりの主役として、招待客に囲まれていた男だった。
粟野に紹介されて、名刺だけは交換していたが、彰男は粟野の招待客だったので、そのときは、ゆっくり話をする時間がなかった。
「確か……カメラマンの……」
「申し訳ない。カメラマンじゃなくて、一応、フォトグラファーと名乗ってるんですけど……」
「カメラマン」をいちいち「フォトグラファー」と気取って見せる。いやなタイプだ――と思ったが、それは、顔に出さないでおいた。
「確か……荒川さん……でしたよね?」
「オーッ、覚えていてくださいましたか? そうです、荒川タケルです。その節は、ゆっくりお話もできなくて……」
彰男たちの出版社では、現在発行されている月刊誌『スマイル』の年上版を創刊する計画を進めていて、彰男は、その新雑誌の基本コンセプト作りを任されていた。創刊が本決まりになると、彰男は新雑誌の編集長として新編集部に移り、『スマイル』は後輩の若手に譲ることになる。
どこで聞きつけたのか、粟野たちは、その新雑誌に自分たちも何らかの形で関われないか――と、売り込みに来たのだった。
「荒川さんは、これまでは、どういうジャンルの写真を撮ってらっしゃったんですか?」
「男性誌中心でした」
「と言うと、主にグラビアとか……?」
「あと、タレントの写真集とか、たまにファッション系の写真も撮ったりしてますけどね……」
「今度、新しく出す雑誌は、30代後半から40代前半のヤング・ミドルが対象なんですけど、この層だと、どうしてもスキン・ケアとかが中心の記事構成になるんですよね。荒川さんは、これまで、美容系の写真とかは……?」
「ギャル・メイクの写真とかだったら、撮ってましたよ。あんまり、実用的な写真ではありませんでしたけどね」
その口ぶりには、どこか、「実用的な写真なんて」という響きが感じられた。
それを感じ取ったのだろう、粟野隆一があわてて言葉を引き取った。

「そうだ、末吉さん。劉春麗をモデルとしてデビューさせたのも、この荒川さんなんですよ」
「ヘーッ」と驚いてみせる彰男に、荒川タケルは、「いやいや……」と手を振って見せた。謙遜しているわけでもなさそうだ。そんなもの、自分の仕事の数のうちには入ってない――とでも、言ってるようでもあった。
「何のモデルだったんですか、春麗さんは?」
「ただの水着ですよ」
少し意外な答えだった。少なくとも、春麗は、水着を着て似合いそうなグラマラスな体形をしてはいない。
「ヘェ、水着ですか?」
「意外ですか?」
「ま、ちょっと……」
「水着は、いろんな見せ方があるんですよ。読者の好みもいろいろでしてね……」
言いながら、その口の端がニヤリと歪む。
その様子からすると、どうも、まともな水着写真ではなさそうだ――とも推測できた。しかし、フォトグラファー・荒川タケルは、春麗のモデル時代について、それ以上を語ろうとはしなかった。
「そう言えば、末吉さん、春麗の仕事先については、いろいろご尽力いただいたそうですねェ。ありがとうございます」
口調が、やけに慇懃である。
その慇懃さの中に、少し嫌味が含まれているような気がして、彰男の背中を悪寒が走った。
「いや、私は、ただ紹介しただけですから。あとは、本人の実力でしょう」
「まぁ、そう言わずに、これからもいろいろ面倒みてやってくださいよ」
横で、粟野隆一が、そうそう……というふうにうなずいていた。

「さて……」と、彰男は話題を元に戻した。
粟野隆一と荒川タケルの訪問は、売り込みのためだったはずだ。しかし、まだ新雑誌のコンセプトも固まってない状態で、「じゃ、よろしく」というわけにもいかない。
「もう少し、コンセプトが固まって、編集スタッフが決まってきたら、いずれ、お仕事をお願いするみなさんに、プレゼンテーションをお願いすることになるだろうと思います。そのときには、ぜひ、作品を拝見させてください」
彰男の言葉に、一瞬、荒川の口元がゆがんだように見えた。その口が、「プレゼンかよ」と動いたようでもあった。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
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チャボのラブレター (マリアたちへ)
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