チュンリーの恋〈5〉 近すぎる彼女

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「いいね、彼女」――彰男を飲みに誘った原田が言う。
原稿もだが、「彼女は男をそそる」と言うのだった。その夜、
電話をかけた春麗の様子が、おかしかった―― 


 マリアたちへ   第19話 
チュンリーの恋〈5〉

 前回までのあらすじ  粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。名前を劉春麗。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは、マスコミで仕事する機会を探しているという。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、すぐに電話がかかってきた。春麗は、日本の雑誌や新聞で、日中の架け橋になるような仕事がしたいと言う。そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と春麗は言った。そのラブレターは、すぐ届いた、完璧な日本語で。これならいける。彰男は春麗を、月刊経済誌の編集をしている原田に紹介することにした。原田は、春麗の顔を見ると、「恋人はいるんですか?」と、いきなりセクハラな質問を浴びせた。「日本では、仕事をするのに、ああいうことを訊くんですか?」と、怒っている様子の春麗だったが、「験しに記事を一本、書いてみて」という原田の要求に、応えるつもりらしかった。「読んでみてください」と持ってきた春麗の原稿の出来栄えに、彰男は驚愕した――

【リンク・キーワード】 エッチ 官能小説 純愛 エロ
このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。



この話は、連載5回目です。この小説を最初から読みたい方は、こちらから、
   前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。


 「いいね、彼女」
 最初のひと口をのどに流し込んだ原田智治が、ドン……と、ジョッキをカウンターに置きながら言った。その衝撃で、表面を覆っていた結露が、筋を作って流れ落ちた。
 「久しぶりに一杯、やらないか」というので、六本木まで出て串焼きの店に入り、ジョッキを傾けていた。
 「いいね」は、乾杯直後に飛び出したひと言だった。
 「読んだんだって、下書きを?」
 「ああ、見てください――と言われたんでね。言っとくけど、オレはいっさい手を入れてないからね」
 「だろうね」
 「エッ……!?」
 「むさいおっさんの筆には見えなかった――ってことさ」
 「フッ……」と、彰男は口の端から息を吐いた。しかし、春麗に文章上のアドバイスを授けたことなどは、原田には明かさないでおいた。

 今回のお試し原稿は、加筆してもらった上で、来月発売の『月刊・東亜タイムス』に掲載する予定だ、と原田は言う。その後も、継続的に、外注記者として仕事をしてもらいたいと思っているのだが、どうだろう――と、原田は彰男の顔をのぞき込んだ。
 「別に、専属ってわけじゃないだろう?」
 「うちには、専属ライターの制度はないんだな、残念ながら……」
 「残念?」
 「別の専属だったらあり……なんだけどさ」
 そう言いながら、今度は、探るような目で彰男の顔を見る。
 そんな目で見られても、彰男には、「いいんじゃないか」とも「ダメだよ」とも答える権利はない。もちろん、「ガンバれよ」と背中を押してやる義務もない。
 「イッツ・ノット・マイ・ビジネス!」
 彰男が冷たく言い放つと、原田は「だろうな……」と首をすくめた。
 「それにしても……」
 ジョッキの中の麦色の液体をゴクッと呷って、原田はつぶやくように言った。
 「あれは、いい女だよ」
 「だから、美人だって言ったろ?」
 「いや、美人とか……そういうことじゃなくてさ……」
 原田は、「ウーン……」と唸りながら、言葉を探しているように見えた。
 「そそるんだよね、あの子、男をさ」
 言いながら、原田は、ジョッキの表面を流れ落ちる露を指で拭った。

       

 彼女がそれを意図してやっているのかどうかは、わからない。
 わからないが、彼女は、距離が近すぎるのだ――と、原田は言う。
 「目を通していただけますか?」と原稿を差し出すときにも、彼女はまるで機密文書でも手渡すように、原田の両腕が届く範囲に体を投げ入れてくる。
 「ここ、漢字の送り仮名が違う」などと指摘すると、「どこですか?」と、原田の手元をのぞき込むように体を接近させてくる。うっかり姿勢をターンさせたりすると、原田の手や腕が触れてしまいそうな位置に、彼女の体がある。
 もしそれを意図せずにやっているとしたら、天性の小悪魔だし、もし意図的にそうしているのだとしたら、案外、悪女なのかもしれない。「それに……」と、原田は言うのだった。
 「尻を振るんだよね、彼女」
 「尻を? いつ? どこで……?」
 「歩くときにも、尻を振るようにして歩くし、何かものを考えるときにも、ゆらゆら腰を揺らしてる」
 「よく観察してるんだねェ」
 「別に……観察してるわけじゃないよ。目に留まるだけさ、そういうしぐさが」
 「で、そそられるってわけか、そういうしぐさに?」
 「末吉だってそそられるだろう?」
 「あいにくと、オレは感受性、鈍いもんでね……」
 そう答えながら、彰男は、初めて春麗と会った雨の夜のことを思い出していた。
 傘を差しかける彰男に、「それじゃ濡れますよ」と体をすり寄せてきた春麗。そのときに感じた、甘くて危険な距離感。たぶん、原田は、そんな彼女の「危うさ」を「そそる」と感じているのだろう。
 「ま、とにかくだ。彼女は、いいライターになる。おまえには感謝してるよ」
 原田は、そう言って彰男のジョッキに自分のジョッキを合わせ、残ったビールを一気に飲み干して、「もう一杯いくか?」と、店員を呼んだ。

       

 家に帰り着いたのは、10時を少し回った時間だった。
 水を一杯飲み干し、さて、風呂にでも入るか――と、服のポケットから財布を取り出し、携帯を取り出し、それをテーブルの上に投げ出した。
 「おや……?」と、目がその光に吸い寄せられた。
 携帯が「着信あり」を告げる青色の光を点滅させていた。
 発信元は春麗。時間は、午後6時13分。ちょうど原田と会うために地下鉄に乗っている時間だった。
 ン? 何かあったか……?
 この時間なら、まだ、かけても大丈夫だろう。
 その着信歴に残された番号を選択して、発信ボタンをプッシュした。
 呼び出し音が鳴っていた。
 1回、2回、3回……。この時間だ。もしかしたら、風呂に入っているということもあるかもしれない。10回鳴らして出なかったら、電話を切ろう。
 そう思って、呼び出し音が8回ほど続いたところだった。
 「ハイ……」
 携帯の向こうで、電話を取る音がして、少し抑制したような女性の声がした。
 「末吉ですけど、春麗さん……?」
 「あ……ハ、ハイ……」
 「ごめんなさい。電話もらったみたいだけど、ちょうど電車に乗っていて……」
 「あ……いえ……」
 「きょうね、東亜タイムスの原田と会ってたんですよ」
 「ハフッ……あ……そ、そうですか?」
 どこか、応答が素っ気ない。
 「もしかして、いま、何か取り込み中でした?」
 「い……いえ……い……」
 電話の向こうで、ガサ、ゴソ……という音がする。その音に混じって、「ンフッ……」という息の音がする。
 「もしもし……あれだったら、また……」
 「す、すみません……明日、私のほうから……」
 また、ガサガサと音がして、「あ……」という声がしたかと思うと、電話は突然、プツリと切れた。
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