チュンリーの恋〈4〉 恋人、いますか?

「日本では、仕事する前にああいうこと訊くんですか?」
「恋人、いますか?」という原田の質問に、疑問を発した春麗。
そのトライアル原稿に目を通した彰男は――
マリアたちへ 第19話
チュンリーの恋〈4〉
前回までのあらすじ 粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。名前を劉春麗。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは、マスコミで仕事する機会を探しているという。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、すぐに電話がかかってきた。春麗は、日本の雑誌や新聞で、日中の架け橋になるような仕事がしたいと言う。そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と春麗は言った。そのラブレターは、すぐ届いた、完璧な日本語で。これならいける。彰男は春麗を、月刊経済誌の編集をしている原田に紹介することにした。原田は、春麗の顔を見ると、「恋人はいるんですか?」と、いきなりセクハラな質問を浴びせた。「原田さんって、スケベなんですか?」。春麗が返した言葉に、彰男はブッ飛んだ――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
春麗に「スケベなんですか?」と言われた原田智治は、春麗がトイレに立ったスキに、彰男に耳打ちしてきた。
「オレって、スケベな顔してるか?」
「少なくとも、聖人君子には見えないわなぁ」
「そうか……」と、ガラス窓に自分の顔を映して見ようとするので、彰男は言った。
「さっきみたいな質問さ、オレの会社でやったら、たちまち、セクハラだ――と騒がれて、ヘタしたら訴訟騒ぎになっちまうぜ」
「エッ、そ、そうなの?」
「御社には、女子社員とかいないの?」
「いるにはいるけどさぁ、経理担当と庶務担当のババアぐらいだしな……」
「それ、それ」
「エッ……!」
「そのババアなんてのも、近頃じゃ、NGワードなんだよ」
「口にしただけで――かよ」
「本人の耳に入るように口にしたら、アウト! 訴えられたら、まず、勝ち目はない」
「まったく、不便な世の中になったもんだなぁ」
「頼むから、国際的なセクハラ騒動とか、起こさないでくれよ。仲介したオレの顔も立たなくなるし……」
「わかった、わかった」
原田は、渋々、納得したような顔をしたが、その腹にコンプライアンスが定まったかどうかはわからない。

とにかく、春麗は、原田の求めに応じて1週間で記事を一本、まとめてみることになった。
「あの、末吉さん……」
原田と別れ、駅に向かう途中で、春麗が少し不安そうな声で訊いてきた。
「日本では、仕事をするときに、ああいうことを訊くんですか?」
「ああ、恋人いますか?――っていう、あの質問?」
「末吉さんの会社でも、ああいう質問します?」
「いや、うちではやらない。昔は、正式な面接でもそういう質問をする会社があったようだけど、いま、そういうことをやると、問題になってしまうからね」
「じゃ、原田さんの会社は、少し問題あり……な会社?」
「会社全体がそうなのか、たまたま彼だけがそうなのか、ボクにはわからないけど……。ごめん、変な人、紹介しちゃったね」
「いえ。そんなこと気にしてたら、仕事なんてやっていけませんから。私は、こう見えても強いんですよ」
「だろうね……」
「エッ!? 何ですか、その、だろうね――っていうのは?」
「強くなければガンバれない。キミはガンバってるでしょ?」
春麗は、「ウン、まぁ……」というふうにうなずいた。
「でも、強さは実はモロい……という場合もある」
「そうかもしれませんね」と、春麗は口の中でつぶやいた。
彰男は、聞こえなかったフリをした。

「記事が書けたんですけど、提出する前に、読んでみていただけませんか?」
春麗が電話をかけてきたのは、その3日後だった。
原田から渡された課題は、『来日中国人が見た日本人の「?」』だったが、そこに春麗は、オリジナルなタイトルを付けてまとめていた。
わるくないのに、なぜ、「申し訳ございません」?
~来日中国人ビジネスマンが見た、日本人の「?」
「いいね、このタイトル」
彰男が言うと、春麗は、ちょっとはにかんだように顔をほころばせ、両腕をおなかの上で組み合わせた。そのポーズは、「ちょっとだけ自信があるの」とでも言っているように見えた。
「申し訳ございません」
日本にやって来た中国人が、最初に驚かされるのは、おそらく、この言葉だろう。
この春、日本の商社に就職した周さん(28)は、同僚たちと訪れた居酒屋で店員がこの言葉を発するのを聞いて、腰を抜かしそうになるほど驚いたと言う。
テーブルに注文した料理が次々に並べられていったときのことだ。
「あれ? ギョーザは2つって言わなかった?」
幹事役の日本人社員が指摘すると、その店員は、すかさずこう応じた。
「2つでしたか? 申し訳ございません。いますぐご用意しますので」
周氏は言う。
もし、自分たち中国人がその店員の立場だったら、決してそんな応対はしない。まず、伝票を確かめ、「伝票は1つになってますけど、確かに2つと注文しましたか?」と尋ねるだろう。
自分たちは間違ってない、間違っているのはあなたのほうではないか――と、正当性を問うた上で、「やはり自分が聞き違えていた」と気づいた場合にしか、「申し訳ございません」とは口にしない。
「申し訳ない」は、中国人にとっては「自分の非を詫びる言葉」だが、日本人にとっては「場をなごませる方便」ではないか――と、周氏は言うのだ。
日本にやって来た中国人が、最初に驚かされるのは、おそらく、この言葉だろう。
この春、日本の商社に就職した周さん(28)は、同僚たちと訪れた居酒屋で店員がこの言葉を発するのを聞いて、腰を抜かしそうになるほど驚いたと言う。
テーブルに注文した料理が次々に並べられていったときのことだ。
「あれ? ギョーザは2つって言わなかった?」
幹事役の日本人社員が指摘すると、その店員は、すかさずこう応じた。
「2つでしたか? 申し訳ございません。いますぐご用意しますので」
周氏は言う。
もし、自分たち中国人がその店員の立場だったら、決してそんな応対はしない。まず、伝票を確かめ、「伝票は1つになってますけど、確かに2つと注文しましたか?」と尋ねるだろう。
自分たちは間違ってない、間違っているのはあなたのほうではないか――と、正当性を問うた上で、「やはり自分が聞き違えていた」と気づいた場合にしか、「申し訳ございません」とは口にしない。
「申し訳ない」は、中国人にとっては「自分の非を詫びる言葉」だが、日本人にとっては「場をなごませる方便」ではないか――と、周氏は言うのだ。
この後、春麗は、「申し訳ございません」に違和感を感じるという中国人ビジネスマンの証言を畳みかけた上で、「詫びる」という行為に表れる日中の意識の違いを掘り下げ、そして、こう結論づけるのだった。
《正当性を優先する中国人と、和合に重きを置く日本人。ビジネスを展開していく上でも、政治的・文化的交流を深めていく上でも、このギャップを埋める努力が求められるだろう》
「よく書けてるねェ」
彰男が感想をもらすと、春麗は、「ほんと?」とうれしそうな顔をした。
一部に文法的な誤りが見られることと、論理に飛躍が感じられることを除けば、ほぼ、完璧な記事と言えた。
彰男が指摘した箇所に訂正を加えた上で、春麗はそれを原田に提出してみると言う。
「ウン、原田もきっと、キミの才能を認めるだろうと思うよ」
そう言いながら、彰男にはちょっとだけ不安があった。
あの男、曇りのない目で、春麗の文章を評価できるだろうか――だった。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。
作品のダウンロードは、左の写真をクリックするか、下記から。
チャボのラブレター (マリアたちへ)
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
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チャボのラブレター (マリアたちへ)

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