チュンリーの恋〈3〉 スケベな日本人

日本のマスコミで仕事がしたいという春麗のために、
彰男は経済系月刊誌の編集をしている原田を紹介した。
その原田に発した春麗のひと言に、彰男はのけぞった――
マリアたちへ 第19話
チュンリーの恋〈3〉
前回までのあらすじ 粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。タイトスカートがよく似合う美人。名前を劉春麗という。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは粟野たちのオフィスを手伝いながら、マスコミで仕事する機会を探している――という。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、「お電話かけてもいいですか?」と言う。その電話は、すぐにかかってきた。新宿の紀伊国屋で待ち合わせたふたりは、雨の中、ひとつの傘に体を寄せ合って、近くの「天ぷら屋」に向かった。日本の雑誌や新聞の世界で、日中の架け橋になるような仕事がしたい、と春麗は言う。しかし、そのためには、完全な日本語表記能力が求められる。その話をすると、「ラブレターでも書いてみましょうか?」と言う。そのラブレターは、すぐ届いた。完璧な日本語で――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
彰男の知人には、ひとり、経済雑誌の編集をしている男がいた。
電話をかけて春麗の話をすると、ちょうど「中国に明るい記者を探しているところだ」と言う。経済界では、いま、日中の交流が重視されている。ネイティブな中国人で、日中両語を話せ、中国の国内事情に明るく、なおかつ、経済の基礎知識を持った人間となれば、ぜひ、仕事させてみたいところではある――と言うのだった。「ただし」と、原田智治は言った。
「そいつ、原稿書けるのかよ、日本語で?」
「ああ、少なくともオレを感動させるぐらいの日本語はな」
「ホウ、そりゃ、大したものだ」
「それに、美人だし」
「いいね。ぜひ、紹介してくれよ」
彰男は、ちょっとだけいやな気分がした。
原田が彰男の「美人だし」のひと言に心を動かされたのだとしたら、春麗には少し失礼なことをしたことになる。

「いいお話ですね。ぜひ、お会いしたいです」
電話の向こうの劉春麗の声は、はずんでいた。
いつなら空いているかを尋ねると、「私のほうは、いつでも合わせられます」と言う。
「でも、いま、粟野さんのオフィスを手伝ってるんでしょ?」
「あ、ちょっと、待ってくださいね」
声が遠くなり、電話の向こうで、何かを相談し合っているらしい気配が伝わってきた。
「あ、もしもし……」
いきなり、電話の声が変わった。
「粟野です。今回は、いろいろ春麗のことでご尽力くださったようで、ありがとうございます。あの、何かいい話がありましたら、うちのほうは気にしなくていいですから、どんどん回してやってください」
「ちょうど、中国事情に明るい記者を探している出版社があったので、もし、やる気があるなら……と思ったんだけど、しかし、彼女、粟野さんのところの仕事もあるわけでしょ?」
「いや……うちでは、仕事ったって、雑用しかありませんから。彼女のキャリアに見合う仕事なんて、とてもこちらじゃ用意できないんで、むしろ、ありがたいんですよ」
それなら――というので、話をすすめることにしたが、粟野の口調には、どこかひがんだような調子が感じられた。もしかして粟野は、彰男に「アドバイスしてやってください」と頼んでおきながら、それを心の底では喜んでないのではないか――と、彰男は思った。

翌週の初め、彰男は春麗と待ち合わせて、原田が勤める「東亜タイムス社」を訪ねた。
午後いちばんだったが、「パワーランチ」にしようという約束だったので、彰男も春麗も昼食をとらずに出かけた。
「イタリアンがいいですか、それとも、中華にしますか? でも、中国の人に中華っていうのも、あれか……。あ、あとね、近くに、うまい海鮮ランチを食わせる店もあるんですよ。刺身は平気ですか?」
つまらないこと訊くなぁ――と思っていると、春麗がすかさず「私は、海鮮がいいです」と答えたので、原田の時代遅れの「外国人観」は、木端微塵に打ち砕かれた。
オフィスを出て、一本、裏の道を歩いていくと、黒焼杉の板壁と白漆喰で外装をまとめた、ちょっと渋めな一軒屋があった。「海鮮ランチ、\980より」と大書した真っ赤な幟が、入り口に立ててある。
原田は肩で縄のれんを押し分けるようにして、入り口の戸を開け、つかつかと店内に入っていく。彰男と春麗は、その後に従った。
「あ、じゃ……食事を始める前に」
奥の座敷席に座を占めると、原田は自分の名刺を出し、自分が副編を務めている雑誌の最新号を見せながら言った。
「これから、中国関係の記事を増やしていこうと思ってるんですよ。春麗さんは、中国はどちらのご出身ですか?」
「北京です」
「ホウ、そりゃ、すごい」
「すごい――って、何が……ですか?」
「北京の人は、プライドが高いって聞いてますけど……」
「そんなふうに言う人もいますね。私もそう見えますか?」
「いや、いや。そんなわけじゃないですけど……」
原田は頭を掻きながら、「まいった」という顔を見せた。たぶん、原田は、春麗の頭のよさに気づいたに違いない。
「ところでね、春麗さん……」と原田が差し出したのは、ワープロをプリントした一枚の用紙だった。
「トライアルといっては失礼かもしれないけど、一本、記事を書いてみてもらえませんか? それを見て、あなたに仕事をお願いできるかどうかを判断したいんですよ。もちろん、よく書けてれば、そのまま掲載ってことも考えられます」
原田が差し出したプリントを、彰男ものぞき込んだ。
《来日中国人が見た日本人の「?」
~私たちは、そこがアンビリーバブル》
「あ、これ、面白い」
春麗は、胸の前で手を組み合わせて、目を輝かせた。
それを見て、原田がニンマリと口元を緩め、彰男に目配せを送った。

原田は「マグロ丼セット」、彰男と春麗は、それより少し安い「三色海鮮丼セット」を注文して、「うまい」「おいしい」とパクつきながら、雑談に移った。
彰男と春麗が同じY大の「中村ゼミ」の出身であると知ると、原田は「ヘェ、やっぱり、頭いいんだ」と、一瞬、春麗を下眼使いに見上げた。その目に、ちょっとだけ、嫉妬の色が浮かんだ。
原田と彰男が知り合ったのは、ある経済評論家主催のパーティの席だった。原田は経済専門誌、彰男は実用色の強い女性月刊誌。ジャンルは違うが、なぜかふたりは、そのパーティを機に、飲みに出かけたりする関係になった。
原田智治という男は、女好きだった。飲みに行くと、必ず「もう一軒」と言い出し、キャバクラのような店に彰男を誘った。そういう店に行くと、原田は、女の子の股倉に手を突っ込んだりして、「キャーッ、原田さん、エッチ!」などと言われて喜んでいるようなところがあった。結婚して、子どももいるはずなのに、いい歳になっても、その手の趣味には進歩がなかった。
「ところで春麗さんは……」と原田が切り出したとき、彰男は、ちょっとだけいやな予感がした。そして、その予感は当たった。
「恋人とかいるんですか?」
丼の飯を口に運ぼうとした手が、一瞬だけ止まり、その目が原田をニラみつけるように光った。
「恋人? それは、結婚を決めた相手ということですか?」
「いや、結婚を決めた――とかは関係なくて、その……好きでつき合ってる相手……っていうことだけど……」
「ボーイフレンドですか? それならいますよ」
その口調があまりにもキッパリしていたので、彰男は、思わず春麗の顔を見た。
原田は、一瞬、たじろいだような様子を見せたが、それでも懲りずに質問を重ねた。
「その人って、日本人……?」
「興味あります?」
「いや、ま、ちょっとだけ……」
「原田さんって、スケベなんですか?」
その瞬間、彰男は、口に含んだすし飯を噴き出しそうになった。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
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チャボのラブレター (マリアたちへ)
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