チュンリーの恋〈2〉 ラブレター

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「天ぷらが食べたい」という春麗を、彰男は近くの老舗に誘った。
突然降り出した雨の中、春麗の傘にふたり、体を寄せ合って…。
それは、ちょっとしたランデブーだった――


 マリアたちへ   第19話 
チュンリーの恋〈2〉

 前回までのあらすじ  粟野隆一のオフィス開設祝いに出席した末吉彰男は、粟野から「末吉さんの後輩ですよ」と、ひとりの女性を紹介された。タイトスカートがよく似合う美人。名前を劉春麗という。彰男の母校・Y大を留学生として卒業し、いまは粟野たちのオフィスを手伝いながら、マスコミで仕事する機会を探している――という。「いろいろ教えてやってください」と粟野に頼まれて、「私でよければ」と名刺を渡すと、「お電話かけてもいいですか?」と言う。その電話は、すぐにかかってきた――

【リンク・キーワード】 エッチ 官能小説 純愛 エロ
このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。



この話は、連載2回目です。この小説を最初から読みたい方は、こちらからどうぞ。

 日本の食事で何が好きか――と訊くと、すかさず、「天ぷら」という答えが返ってきた。
 その答えが、彰男には心地よかった。
 少し歩いたところに、老舗の天ぷら屋がある。そこで、「おまかせ」を注文することにしよう。
 雨は、いくぶん小降りになっていたが、彰男が歩き出そうとすると、「あっ」と声を挙げて、劉春麗が傘を差しかけてきた。
 春麗の傘は小さい。とても、おとながふたり並んで入る余裕はない。
 彰男は、春麗の手から傘を受け取ると、彼女とは反対側の手で柄を持って、彼女の前に差し掛けた。
 「そんなに傾けると、末吉さん、濡れてしまいますから」
 春麗は、自分から彰男の懐に体を寄せてきた。
 懐に飛び込んできた若鮎のような体。その全身を包み込むように気を遣いながら、彰男は、春雨の中を歩いた。天ぷら屋までのほんの500~600メートルの道のりが、心ときめくランデブーとなった。

       

 「せっかく、おいしい天ぷらをいただくんですから、私は日本酒を」
 飲み物は何にするか――と尋ねると、そんな答えが返ってきた。
 そこらの若い日本女性よりも、よほど「日本の食」を理解しているように見える。そういう知識やセンスは、ひとりで身に着けられるものではない。
 劉春麗にそれを仕込んだ人間が、だれかいるのだろうか?
 そんなことを頭の片隅で想像しながら、彰男は、キスを、クルマエビを、アスパラを、小柱を……と、大将が目の前に出してくれる揚げたての天ぷらを口に運んだ。
 「こういう食べ方ができるのは、日本だけ。私は好きです」
 そう言いながら、劉春麗は、うれしそうに出されるネタに箸を伸ばし、パリッ、サクッとおいしそうな音を立てて口に頬張っては、「おいしい!」と目を輝かせた。
 食べっぷりもいいが、飲みっぷりもいい。酒は、彰男よりも強そうだった。

 「末吉さんの会社には、女性のスタッフもいるんですか?」
 ひとしきり食べたところで、春麗が本題を切り出した。
 「いますよ。うちの会社、女性雑誌を出してるから、社員にも女性がいるし、フリーのスタッフとして働いている人たちもいる。春麗さんは、出版社か新聞社で仕事をしたかったんでしょ?」
 「ハイ。でも……」と、ちょっと声が曇る。
 「大体の事情は聞いてます。春麗さんは、出版社とか新聞社に入って、どんな仕事がしたかったんですか?」
 「あの……」と、劉春麗が、彰男の顔を見ながら言った。
 「その、春麗さんっていうの……」
 「あ、失礼。劉さんでしたよね?」
 「じゃなくて、もし呼んでくださるなら、チュンリーと呼んでくださったほうがうれしいです。春麗さんって呼ばれるの、あんまり慣れてなくて……」
 「じゃ、チュンリーさん……」
 「さんはいらないです」
 「OK! じゃ、チュンリー。あなたは、どんな仕事がしたかったの?」
 「そうですね……」と、春麗は少し考えるしぐさを見せた。

       

 春麗が口にした「やりたい仕事」の内容は、壮大だった。
 日中の架け橋になるような仕事がしたい――というのだった。
 それって、壮大すぎるでしょ――と、彰男は思った。
 そういう夢を実現しようと思ったら、日本の場合、大手の新聞社や通信社に就職して、粘り強く経験を積むしかない。しかし、その就職には、競争率百倍近い試験を突破しなくてはならない。仮に就職できたとしても、希望どおりの仕事をさせてもらえる保証はない。
 しかし、方法がないわけではない。
 それは、フリーランスとして仕事をするという方法だ。
 特に出版社の場合、社員の仕事は編集作業だけで、実際に取材をしたり、記事を書いたりする仕事は、外部のフリーランスに依頼している場合が多い。出版社の中には、海外への旅行やファッション、グルメに関する記事を中心にまとめた雑誌や書籍を発行しているところもある。少し堅めの経済誌だと、日中の経済情報などに力を入れているところもある。彰男の会社ではそういう記事を扱う機会はないが、そういう出版社の人間を何人かは知っている。

 そんな話をすると、春麗は、「ホント?」と目を輝かせた。
 「でもね……」と、彰男は、少し慎重な声で言った。
 「フリーランスというのは、入り込みやすい世界ではあるけれど、身分が保証されない世界でもあるんだよね。実力があって、どんどん仕事をこなせば、ある程度の収入を確保できるけれど、仕事にありつけないと、まったく収入にならないこともある。すごく不安定な仕事なんだ」
 別に、脅したつもりはない。春麗の希望の芽を摘んでしまおうという気もなかった。
 できれば応援したいと思うけど、現実の厳しさは知っておいてもらう必要がある。「それに……」と、彰男にはひとつだけ、気にかかることがあった。
 「チュンリーは頭がいいし、こうしてしゃべっている日本語もしっかりしてるから、まず問題ないと思うんだけど……」
 「何ですか……?」
 「日本語で文章を書く力」
 「それは……」と、春麗は目を落とした。
 やっぱりな――と、彰男は思った。
 外国人が、日本の活字メディアで仕事をしようとするとき、いつも、いちばん問題になるのは、日本語を文字で表現する力だった。しかし、春麗は、意外な反応を見せた。
 「それなら……私、自信あります」
 「エッ……!?」
 「今度、末吉さんにラブレターでも送ってみましょうか?」
 ジョーダンで言っているのかと思ったが、その顔はまじめだった。

       

 ラブレターは、ほんとうに来た。
 しかし、内容は「ラブレター」ではなかった。彰男との初デートの感想を綴った感想文に近いものだった。それは、「文章力への不安」を口にした彰男に対する、劉春麗のトライアルとも見えた。

《世界中探しても、こんな食事のスタイルを楽しむ民族は、他にいないだろう。
何を食べるかを料理人にまかせてしまう「おまかせ」というスタイルだ。
客は、料理人を信頼して、何を作るかをまかせ、
料理人は客の顔やその食べっぷりを見ながら、次にどんな料理を出すかを判断する。
その判断が、食べている私の胃袋に心地いい。
できれば、こういう食事は、気の置けないパートナーと楽しみたいものだ。
この夜のパートナーがあなたでよかった。
                 ――ちょっとだけ幸せな気分の春麗より》

 つい、ニマッ……としてしまった。
 短い文章ながら、春麗は、自分の筆力が日本でライターとして仕事をするには十分であることを証明して見せていた。
 それだけではなかった。
 たぶん、彼女は、もっとも控えめな方法で、自分への好意を伝えている。
 彰男は、そう確信した。
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