チュンリーの恋〈1〉 後輩は、美人留学生

「末吉さんの後輩ですよ」。彰男が紹介されたのは、
タイトスカートがよく似合う、スラリとした美人だった。聞けば、
Y大の中国人留学生で、彰男と同じゼミの出身だという――
マリアたちへ 第19話
チュンリーの恋〈1〉
【リンク・キーワード】 エッチ 官能小説 純愛 エロ
このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。
「あ、そうだ。紹介しときますね。彼女、末吉さんの後輩なんですよ」
グラスを片手に近づいてきた粟野隆一が、ひとりの女性を手招きした。
受付で、招待客の相手をしていた髪の長い女性が、客に「失礼します」と会釈して、彰男たちのいるテーブルに近づいてきた。
スラリと伸びた脚がタイトなスカートの下で動き、その筋肉の動きを浮き上がらせるたびに、スカートの光沢が変わる。洗練された脚運びを見ながら、彰男は「ハテ……?」と首をひねった。
「後輩……?」
「彼女、Y大の経済学部卒なんですよ。ホラ、自己紹介して」
粟野に言われて、目の前の女性は、あわてたようにポーチから名刺入れを取り出し、中から一枚、名刺を抜き取って、両手を添えて差し出しながら頭を下げた。
いくぶんぎこちなくはあったが、動作は作法にかなっている。差し出された名刺を受け取ると、彰男も自分の名刺を差し出した。それを彼女は、両手で受け取り、「ス・エ・キ・チ……さん」と声に出して読んだ。
「それ、スエキチじゃなくて、スエヨシと読むんですよ」
「あ、ごめんなさい。スエキチじゃ、あまりいい意味ではありませんよね」
「ま、スエキチみたいな人生を送ってますけどね」と言うと、彼女は「そんな……」と言いながら、小さく首を振った。
彼女の名刺には「劉 春麗」とあった。
「リュウ シュンレイさん……でいいんですか?」
「中国読みだと、リウ チュンリーです」
「じゃ……中国の方?」
「ハイ、私は、留学生でした」
「ゼミは?」
「中村ゼミです」
「エッ、おんなじだ」
その瞬間、彼女は「ウソ―ッ!」と声を挙げた。それまでの端正な……と思われた所作が、一気に年相応の女の子のそれに変わった。
「知ってます? 今度、中村先生、学部長になるんですよ」
胸の前で手を組み合わせて、「一緒に喜んでくだいよ」とでも言うように、目を輝かせている。
中村ゼミは、「現代資本主義論」をテーマにした、当時の学生たちには人気のゼミだった。中村教授は、その頃は、まだ新進気鋭の助教授だったが、彰男たちが卒業して5年後か6年後に、教授に昇進した。「中村先生の教授昇進を祝う会」という知らせが、ゼミの同窓会から届いていたのを覚えているが、あまり熱心なゼミ生ではなかった彰男は、その種の集まりには顔を出したことがなかった。
卒業してから、すでに20年の歳月が経つ。そうか、先生も、もう学部長か。
少しタイムスリップしたような気分で、あらためて目の前の劉春麗を見た。
おそらく、中国でも河北地方の出身ではないだろうか。きりっとした顔つきは、彼女の知性の高さとプライドの高さをうかがわせている。プライドは高いけれど、そのプライドは、少し脆そうだ――とも感じられた。
グラスを片手に近づいてきた粟野隆一が、ひとりの女性を手招きした。
受付で、招待客の相手をしていた髪の長い女性が、客に「失礼します」と会釈して、彰男たちのいるテーブルに近づいてきた。
スラリと伸びた脚がタイトなスカートの下で動き、その筋肉の動きを浮き上がらせるたびに、スカートの光沢が変わる。洗練された脚運びを見ながら、彰男は「ハテ……?」と首をひねった。
「後輩……?」
「彼女、Y大の経済学部卒なんですよ。ホラ、自己紹介して」
粟野に言われて、目の前の女性は、あわてたようにポーチから名刺入れを取り出し、中から一枚、名刺を抜き取って、両手を添えて差し出しながら頭を下げた。
いくぶんぎこちなくはあったが、動作は作法にかなっている。差し出された名刺を受け取ると、彰男も自分の名刺を差し出した。それを彼女は、両手で受け取り、「ス・エ・キ・チ……さん」と声に出して読んだ。
「それ、スエキチじゃなくて、スエヨシと読むんですよ」
「あ、ごめんなさい。スエキチじゃ、あまりいい意味ではありませんよね」
「ま、スエキチみたいな人生を送ってますけどね」と言うと、彼女は「そんな……」と言いながら、小さく首を振った。
彼女の名刺には「劉 春麗」とあった。
「リュウ シュンレイさん……でいいんですか?」
「中国読みだと、リウ チュンリーです」
「じゃ……中国の方?」
「ハイ、私は、留学生でした」
「ゼミは?」
「中村ゼミです」
「エッ、おんなじだ」
その瞬間、彼女は「ウソ―ッ!」と声を挙げた。それまでの端正な……と思われた所作が、一気に年相応の女の子のそれに変わった。
「知ってます? 今度、中村先生、学部長になるんですよ」
胸の前で手を組み合わせて、「一緒に喜んでくだいよ」とでも言うように、目を輝かせている。
中村ゼミは、「現代資本主義論」をテーマにした、当時の学生たちには人気のゼミだった。中村教授は、その頃は、まだ新進気鋭の助教授だったが、彰男たちが卒業して5年後か6年後に、教授に昇進した。「中村先生の教授昇進を祝う会」という知らせが、ゼミの同窓会から届いていたのを覚えているが、あまり熱心なゼミ生ではなかった彰男は、その種の集まりには顔を出したことがなかった。
卒業してから、すでに20年の歳月が経つ。そうか、先生も、もう学部長か。
少しタイムスリップしたような気分で、あらためて目の前の劉春麗を見た。
おそらく、中国でも河北地方の出身ではないだろうか。きりっとした顔つきは、彼女の知性の高さとプライドの高さをうかがわせている。プライドは高いけれど、そのプライドは、少し脆そうだ――とも感じられた。

その日は、粟野隆一の新オフィスお披露目のパーティだった。
カメラマンと共同で、フォト・スタジオも備えた新しいオフィスを開設するというので、彰男たち編集者や広告代理店、モデル、イラストレーター、メイクアップ・アーティスト、スタイリストなどが、お祝いに駆けつけていた。
劉春麗は、大学在学中から、アルバイトでそのカメラマンのモデルを務めたりしていたのだという。ほんとうは、日本の新聞社か出版社で働きたいという希望を持っていたのだが、競争の激しいその世界では、なかなか就業の機会が得られず、とりあえず、アルバイトとして粟野たちのオフィスを手伝うことになったのだという。
「末吉さん、何かアドバイスがあったらお願いしますよ。ボクらも、メディアの中のことはよくわからないんで……」
そうは言われても、この業界は厳しい。しかし、それを言ったのでは、彼女の意欲をくじいてしまうことになる。
「そうだね。どこまで力になれるかはわからないけど、ボクでよかったら、いつでも……」
彰男が言うと、劉春麗は渡した名刺に目を落として電話番号の上を指でなぞった。
「あの……こちらにお電話差し上げればよろしいですか?」
「ハイ。それ、ダイヤル・インですから、たいていはボクが直接、出ますので」
それにしても――と、彰男は思った。
劉春麗の日本語は、あまりに流暢だ。助詞も敬語も、きちんと使えている。それは、彼女がかなり利発な女の子であることを証明していた。
「仕事が残ってるから」と、ひと足先にパーティを抜ける彰男を、粟野と劉春麗が出口まで見送りに出た。
「きょうは、忙しいところをすみませんでした」と申し訳なさそうに言う粟野の横で、劉春麗が「今度、お電話させていただきますね」と頭を下げた。
縦巻きにしたセミ・ロングの髪が、胸の上でやわらかく揺れていた。

そんな約束をしたことなど、ふつうは、すぐに忘れてしまう。
しかし、彼女は電話をかけてくるに違いない。
彰男には、なぜか、そんな確信があった。彰男にそれを確信させたのは、「こちらにお電話を……」と言いながら、彰男の名刺の電話番号をなぞった彼女の指の動きだった。
その指は、まるで大事なものを愛撫するように、10ケタの番号をなぞった。電話番号を指でなぞりながら、彼女の唇の間からチョロリと舌がのぞき、唇を湿すような動きを見せた。彰男の目には、それは、劉春麗がその番号に興味を抱いたことの証と見えた。
その週の金曜日、その電話は鳴った。
「シュンレイと申しますが、スエヨシさん、いらっしゃいますか?」
「あ、ボクです」
「ごめんなさい。お言葉に甘えて、電話かけちゃいました」
「いろいろお話を聞きたい」というので、「よかったら、食事でもしながら」と彰男は提案し、劉春麗は「うれしいです」とその提案に応じた。
6時に、「紀伊國屋書店」の前で。
オフィスを出るときにはどんよりと曇っていただけの空だったが、待っているうちに雨が落ち始めた。
まいったな……と思って、天を見上げていると、信号を渡ってくるピンクに黒い水玉の傘が見えた。
ピョンピョンと揺れながら近づいてきたピンクの傘は、彰男の前まで来るとピタリと止まった。畳まれた傘の中から顔を見せたのは、劉春麗だった。
「お待たせしました」
言いながら、彰男の全身を眺めまわした劉春麗が「あら……」と声を挙げた。
「傘、持って来なかったのですか?」
「ウン。出てくるときは、降りそうになかったから」
「じゃ、Under One Umbrella ですね」
劉春麗が、うれしそうに言った。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。
作品のダウンロードは、左の写真をクリックするか、下記から。
チャボのラブレター (マリアたちへ)
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。

チャボのラブレター (マリアたちへ)

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