愛さえあれば「地味婚」のほうがいい。その理由
不純愛トーク 第340夜
「家と家の縁組」という考え方は、かつての「嫁取り婚」時代の遺物。「男女の自由な意思による婚姻」が憲法に定められている現代では、もはや通用しない考え方です。そんな時代であれば、「〇〇家」と「××家」の結婚式という「ハデ婚」も、無用なのではないか。愛さえあれば、「地味婚」で十分。そんな話をしてみます――。
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AKI もはや「嫁取り」の時代ではない。現在は、「寄合婚」の時代である。だから、「嫁を取る」という言い方も、結婚は「家と家の縁組である」という考え方も、捨てるべきである。前回、哲ジイは、そう主張しましたよね?
哲雄 「○○家・××家結婚式」という言い方も、結婚式場は止めるべきである。ついでに申し上げるなら、「入籍する」という言い方もおかしいだろう!
AKI 哲ジイは、「戸籍」というものの存在自体がおかしい、というお考えでしたよね。
哲雄 こんな時代遅れなものを使っているのは、日本と中国だけだ――という話をしました。住民登録だけで足りるじゃないか!
AKI ま、実際、私なんか、自分の戸籍がどこに登録されているかも知りませんし……ホント、要らないかもしれない。
哲雄 マイナンバー制度を導入するのなら、戸籍は廃止すればよろしい!
AKI ところで、哲ジイ、「寄合婚」というのは、法律的に解釈すると、どういうことになるんですか?
哲雄 男女が平等な人格と権利を持って「自由結合」する個人型の「一夫一婦婚」である――と言えばいいかと思います。すでに、明治期にはその考え方が取り入れられていたのですが、法律的にどうかと言うと、「明治憲法」の下では、まだ前近代的な「嫁取り婚」の考え方が主流でした。
AKI 「一夫一婦婚」でもなかったんですか?
哲雄 形の上では「一夫一婦制」をとっていたんですが、夫が妾を持とうが、外で子どもを作ろうが、妻にはそれに抗議する権利がありませんでした。もちろん、それを理由に離婚を請求したり、慰謝料や財産分与を請求することもできませんでした。結婚すると、女は「法律的無能者」とされたんですよ。
AKI 無能者ですと? それはひどい! 許せないッ!
哲雄 「寄合婚」が法律的にも「一夫一婦婚」としての諸権利を保障されるようになるのは、戦後、日本国憲法が公布されてからのことです。その第24条に、こう記されています。

婚姻は両性の合意にのみ基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本とし、相互の協力により、維持されねばならない。配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚ならびに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
この憲法に基づいて民法なども改定され、「家父長制」なども廃止され、「家」という制度そのものが、法律的には廃止されたわけです。
AKI ね、哲ジイ。念ためにお尋ねするのですが、ここに「配偶者の選択」ってありますよね。まさか……とは思うのですが、それ以前は、自分が結婚する相手を自分で選ぶことができなかったのですか?
哲雄 おや、ご存じなかった? 大日本帝国憲法下では、女子は、自分の意思で伴侶を選ぶことなどできなかったんですよ。25歳未満の女子が婚姻する場合は、「戸主および父母の同意が必要」とされ、25歳以上の女子が婚姻する場合は、「戸主の同意が必要」とされていました。
AKI エッ、父母の他に戸主? 戸主って「父」のことじゃないの?
哲雄 思い出してください。当時はまだ大家族の時代です。数世代の家族が同居していました。「戸主」は「家父長」のことですから、必ずしも、「父=戸主」ではなかったんですね。
AKI あ、そうか。でも、それって女子だけ? 男子には、そんな制限なかったの?
哲雄 なかったようですねェ。
AKI 女って、まるで家畜扱いだったんですね?
哲雄 ま、そう言ってもいいかと思います。そんな時代を経て、戦争に負けて、やっと女子にも婚姻の自由が認められるようになりました。「家」という束縛から、やっと解き放たれたわけです。だから、いまの結婚は、もっと本人同士の自由な意思の結果であることを尊重すべきだと思いますよ。
AKI 少なくとも「○○家」と「××家」の縁組――という色彩は、哲ジイとしては好まないんですね?
哲雄 好みません!
AKI 結婚式も、披露宴も、もっと地味でいいんじゃないか――と?
哲雄 おっしゃるとおりです。少なくとも、親に金出させて、盛大に披露宴をやったりする必要はない。仲人を立てて、主賓に会社の上司を呼んで……なんて披露宴は、見ているほうとしては、「痛々しい」としか感じられません。
AKI 「痛々しい」とまで感じますか?
哲雄 感じます。
ああ、この人たちは、一生、自分たちの結婚生活を監視され、
心配されたり、からかわれたりしながら過ごすんだろうなぁ。
子どもができたと言っては報告し、新居を構えたと言っては招待し、
愛がなくなっても、「幸せの仮面」を演じ続けなくちゃならない。かわいそうに――

と思うわけです。
AKI 「幸せの仮面」ですか? そうなっちゃいますか?
哲雄 結婚式&披露宴をハデにぶちあげた人ほど、見栄っ張りです。つまり「世間体」を気にするわけですね。披露宴に会社関係の人間など、オフィシャルな関係者をたくさん呼んだ人ほど、その「世間体」を気にします。「せっかく披露宴にも来てもらったのに、私たち、うまくいかなくて、別れることになりました」てなことは、言い出しにくいでしょう?
AKI それ、あるかもしれませんねェ。堅い会社とかだと、そういうのって、出世に響いたりもするわけでしょ?
哲雄 ハイ。日本の企業社会や、官庁社会には、「家庭がしっかりしていること」を「エリートの条件」と考える風潮が、いまだに強く残ってますからね。なので、うまくいってなくても、「うちは家庭円満ですよ」というフリをしなくちゃならない。
AKI 派手な結婚式を挙げたカップルほど、その縛りが強くなる――ってことですか?
哲雄 よく、こういう言い方をする人がいます。

ちょっとやそっとのことで別れるなんて考えちゃダメだよ。
なんてね。「ハデ婚」には、こういう縛りがつきまとう。というか、そういう「縛り」を求めて「ハデ婚」を挙げる――という心理が、どこかで働いている、と考えたほうがいいのではないか。
AKI なるほど~。そういう見方もあるわけですか? つまり、こういうことですか?
自分たちの愛に自信がないほど、結婚式はハデに挙げたがる傾向がある。

哲雄 フム……一概には否定しがたい考え方ですなぁ。実はね、AKIクン、こうも言えるんじゃないか、と思うんですよ。自分たちの愛に自信があれば、結婚式なんて地味でもいい――と考えるんじゃないか。
AKI つまり、「地味婚」ですね。
哲雄 愛に自信があれば「地味婚」になる――と言ってるんじゃありませんよ。結婚式とか披露宴とかの形に捕らわれなくなって、「地味婚でもいい」と考えるようになる――ということです。
AKI ね、哲ジイ、「地味婚」を定義するとどうなります?
哲雄 ハデではない、ということです。
AKI だから、それを具体的に言うと――です!
哲雄 スタイルは、人それぞれでじょうが、基本は、親族とごく親しい友人などで行う「お祝いの会」ってところですかね。
AKI 私がお聞きしたいのは、そういうことではなくて……ですね、費用はいかほどまでが、「地味婚」のボーダーか――と。
哲雄 金ですか? それは、人によるんじゃないですか。しかし、それじゃ、答えにならないでしょうから、一般に、「地味婚挙げました」という人たちの費用を調べてみました。ざっくりまとめてみると、
「地味婚」とは、費用50万以内ですませる結婚セレモニーのことである。
てなところでしょうか。
AKI 50万かぁ……。それなら、私だって。
哲雄 しかしね、AKIクン。確かに50万と聞くと、「安い」と思うかもしれませんが、トータルで考えるとどうよ――っていうところもあるんだ。
AKI エッ、それって、どういうこと?
哲雄 その話は、またね。
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