美しすぎる従妹〈10〉 傷だらけの結婚

突然、オフィスに電話をかけてきたユリちゃん。
13年ぶりに見る顔は、何かあったのと思うほど、やつれていた。
その変化の理由に、もし気づいていたら――
マリアたちへ 第18話
美しすぎる従妹〈10〉
前回までのあらすじ その小さな手が、どんなに懸命に私の手を握り締めていたか? その感触を、私はいまでも覚えている。それから10年、高校生になった私は、自転車で郷里・福岡へ帰る旅の途中、広島に立ち寄った。従妹・ユリは、美しい中学生に育っていた。叔父に言われて、私にビールを注いでくれるユリ。そのムームーからのぞく胸元に、私は、ふくらみ始めた蕾を見た。私にビールをすすめながら、叔父は、政治や世界情勢について熱く語りかけてくる。ふたりの話が熱を帯びる様子を、ユリは、興味深そうに見ている。そこへ真人が帰って来た。快活で勝気なユリと、引っ込み思案な兄・真人。ふたりは、性格が正反対の兄妹だった。翌朝、私は九州へ向けて、広島を出発した。岩国の錦帯橋まで、叔父に言われた真人が伴走し、錦帯橋で弁当を広げた。私の弁当はユリのお手製だと言う。「いつかまた、私の手を引っ張ってください」。箸を巻いた紙に、そんなメモが添えてあった。岩国を出ると、山道になる。そこで事故が起こった。後輪のブレーキが焼き切れてしまったのだ。前輪のブレーキだけで走る危険な走行。それでも防府に着き、私は駅の待合室で仮眠をとった。翌日、関門トンネルを抜けて国道3号へ。福岡の実家に着いたのは、広島を出発して28時間後の午後1時だった。私を迎えたのは、妹と母だったが、その奥から「お帰りなさい」と声がした。どうして? と驚く私に、ユリちゃんが言った。「父に様子を見て来いと言われたの」。ペロッと舌を出して、ユリちゃんは、私だけにわかる視線を送ってきた。翌日、私は、妹の加奈とユリちゃんを柳川見物に連れていくことになった。川舟に乗っての掘割めぐり。その舟への乗り降りで、私はユリちゃんの手を引いた。「ありがとう。ユリのお願いを聞いてくれて」と、ユリちゃんがうれしそうに顔を崩した。弁当に添えられた彼女の小さなメモのことを言っているのだった。そんなユリちゃんに、加奈が突然、訊いた。「ユリちゃん、好きな人、おると?」。「おらん」とユリちゃんが首を振ると、「おらんてよ、お兄ちゃん」と加奈が言う。「関係ないよ」と憮然と答えた私だったが、帰り路、私の左脚は、突然の痙攣に襲われた。ムリな自転車の旅で、大腿が筋肉炎を起こしていたのだった。ユリちゃんはそんな私に肩を差し出しながら言うのだった。「さっき、おらんゆうたんはウソ。ほんとはおるんよ。相手は、私の気持ち、知らんけど」と。翌日、森高ユリは広島に帰り、私は、夏休みが終わると、四国へ船で帰った。やがて、ユリちゃんは高校生になり、短大に進み、地元の何とかというミスに選ばれ、航空会社に就職した。その度に、母は私に、「ユリちゃん、どんどんきれいになっていく」と言っては、ため息をついた。その母から「ユリちゃん、結婚した」と聞かされたのは、20代もそろそろ終わり、という頃になってからだった。相手は、同じ航空会社のパイロットだと言う。そんなある日、オフィスに突然、ユリちゃんから電話がかかってきた――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
13年ぶりに見る従妹の顔は、どこか体でも壊したのか――と思うほど、やつれて見えた。
頬はげっそりと肉が落ち、肉が落ちたぶん、大きな瞳の輝きが鋭くなったような気がした。その瞳の色が、私の姿を見ると、やんわりと溶けた。
「久しぶりだね。まずは、結婚おめでとう――と言っとかなくちゃ」
私の「おめでとう」の言葉に、ユリちゃんは意外なことを言われたとでもいうように、首が二段モーションで動いた。「エッ!?」と私を見上げ、「あ、ハイ……」とゆっくり、タテに動いた。
「アキ兄さんは……?」
「エッ……?」
「結婚は……?」
「いや、まだだよ」
「エッ、まだなの? どうして?」
「別に理由はないけど、まだ、結婚したいって気になれないから……」
「いいなぁ……」
そう言うと、ユリちゃんは私の目を見上げ、それから、その目を自分のひざの上に落とした。「いいなぁ……」というのは、もしかして、結婚を後悔しているということか……?
一瞬、頭の中を過ったその疑問は、口にしないでおいた。
お昼がまだだ――というユリちゃんを、私は、近くの寿司屋に誘った。
「さくら通り」から路地を入ったところにあるその寿司屋は、週に2、3回は昼飯を食べに行く店で、店主であるオヤジとは顔なじみになっていた。
いつものカウンター席にユリちゃんをすすめると、オヤジが私の顔と彼女の顔を代わる代わる見て、「おや?」という顔をした。
「珍しいですね、こんなかわいいお嬢さんとご一緒なんて」
その一瞬だけ、ユリちゃんの顔がほころんだ。
その日、初めて見る笑顔だった。

「こんなふうに、カウンターでお寿司食べるの、初めて」
そう言って、ユリちゃんは、カウンターに出される「握り上コース」の寿司を、次々に口に運んだ。結婚して2年にもなるのに、ふたりで寿司屋のカウンターに並ぶこともない夫婦――というのが、私には、少し奇異に感じられた。
「ふたりで食事に出かけたりしないの?」
私の質問に、ユリちゃんの首が小さく振られた。
「あの人、国際線だし……」
つまり、日本にいる期間が少ない――ということか。
それであればなおのこと、ふたりで過ごす時間を楽しもうとするのではないだろうか?
しかし、ユリちゃんの閉ざされた口は、それ以上の事情を語ろうとはしなかった。私も、それ以上訊くのを止めた。
「マグロ、おいしい」「カンパチもおいしい」……と、寿司げたに箸を伸ばすユリちゃんを、オヤジはうれしそうな顔で眺めていた。
「うれしいですね、こんなにおいしそうに食べていただけるお客様、女性では滅多にいらっしゃらないんですよ。ヘイ、これ、おまけ!」
よほどユリちゃんの食べっぷりが気に入ったのか、オヤジがサービスの一貫を寿司げたに載せた。
「オッ、何だい、これ?」
「桜ダイを酢じめにしたんです。季節もんなので、この時期にしか食べられないんですけどね。客に食わせるのもったいないんで、メニューに載せてないんです。きょうは特別!」
「うれしい!」と、ユリちゃんが箸を寿司げたに伸ばす。
そのときだった。
肩から羽織っていたカーディガンがスルリと滑り落ちた。露わになったノースリーブの二の腕の、肩の付け根近くから背中にかけて、赤紫色の皮膚の変色があった。
「どうしたの、そこ?」
「あ、何でもない。ちょっと家具の角に体をぶつけちゃって。私、慌て者だから、あちこち、ケガしちゃうのよね」
ユリちゃんは、慌てて滑り落ちたカーディガンで肩を隠した。

「せっかく、東京に転勤してきたんだったら、また、会おうよ。ご主人も紹介してほしいし……」
別れ際に私が言うと、ユリちゃんは、ちょっと複雑な顔をした。
「そうね。でも、うちの人、あんまり……社交的じゃないし……」
口ぶりからすると、あまり会わせたくない男――というふうにも受け取れた。
「それよりも……」と、ユリちゃんは、目の縁を崩しながら言うのだった。
「アキ兄さんに、お嫁さん候補ができたら、紹介して。私、見てみたいから、アキ兄さんがどんな女性を選ぶのか……」
「それは……ウーン、いつのことになるかわからないよ」
もっと、言い方があったんじゃないか――と、いまになってみれば思う。
もし、ユリちゃんが自分を訪ねて来た理由に察しがついていたら、絶対にそんな答え方はしなかった。
しかし、そのときの私は、ユリちゃんにそんなことが起こっていようとは、想像もしていなかった。

「ユリちゃんねェ。結婚、うまくいってないらしかよ」
母親からそんな話を聞かされたのは、次の年の年末だった。
「男が手を挙げるらしか。ユリちゃん、毎日のように殴られよるらしい」
そのとき、私の脳裏によみがえったのは、寿司屋で見たユリちゃんの二の腕の赤紫色の変色だった。
あのとき、もし、そのことに思い至っていたら、ノーテンキに「ご主人を紹介して」などとは言わなかっただろう。
自分の知らないところで、ユリちゃんの身の上には、容易ならないことが起こっていたのだった。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
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チャボのラブレター (マリアたちへ)
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