美しすぎる従妹〈9〉 歳月が奪っていくもの

ユリちゃんは高校生になり、短大に上がり、
美しい女性として順調に成長して、航空会社に就職した。
やがて私は知らされた。彼女が結婚した――と。
マリアたちへ 第18話
美しすぎる従妹〈9〉
前回までのあらすじ その小さな手が、どんなに懸命に私の手を握り締めていたか? その感触を、私はいまでも覚えている。それから10年、高校生になった私は、自転車で郷里・福岡へ帰る旅の途中、広島に立ち寄った。従妹・ユリは、美しい中学生に育っていた。叔父に言われて、私にビールを注いでくれるユリ。そのムームーからのぞく胸元に、私は、ふくらみ始めた蕾を見た。私にビールをすすめながら、叔父は、政治や世界情勢について熱く語りかけてくる。ふたりの話が熱を帯びる様子を、ユリは、興味深そうに見ている。そこへ真人が帰って来た。快活で勝気なユリと、引っ込み思案な兄・真人。ふたりは、性格が正反対の兄妹だった。翌朝、私は九州へ向けて、広島を出発した。岩国の錦帯橋まで、叔父に言われた真人が伴走し、錦帯橋で弁当を広げた。私の弁当はユリのお手製だと言う。「いつかまた、私の手を引っ張ってください」。箸を巻いた紙に、そんなメモが添えてあった。岩国を出ると、山道になる。そこで事故が起こった。後輪のブレーキが焼き切れてしまったのだ。前輪のブレーキだけで走る危険な走行。それでも防府に着き、私は駅の待合室で仮眠をとった。翌日、関門トンネルを抜けて国道3号へ。福岡の実家に着いたのは、広島を出発して28時間後の午後1時だった。私を迎えたのは、妹と母だったが、その奥から「お帰りなさい」と声がした。どうして? と驚く私に、ユリちゃんが言った。「父に様子を見て来いと言われたの」。ペロッと舌を出して、ユリちゃんは、私だけにわかる視線を送ってきた。翌日、私は、妹の加奈とユリちゃんを柳川見物に連れていくことになった。川舟に乗っての掘割めぐり。その舟への乗り降りで、私はユリちゃんの手を引いた。「ありがとう。ユリのお願いを聞いてくれて」と、ユリちゃんがうれしそうに顔を崩した。弁当に添えられた彼女の小さなメモのことを言っているのだった。そんなユリちゃんに、加奈が突然、訊いた。「ユリちゃん、好きな人、おると?」。「おらん」とユリちゃんが首を振ると、「おらんてよ、お兄ちゃん」と加奈が言う。「関係ないよ」と憮然と答えた私だったが、ユリちゃんの「おらん」はウソだった――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ユリちゃんが広島へ帰ってしまうと、家の中は、なんだか気が抜けたサイダーのように味気なくなった。
その味気なさの中で、私は、左足の痛みと闘いながら、夏休みの残りの日々を過ごした。
病院での診断は、「左大腿部の筋肉炎」だった。事前のトレーニングもなく、太ももに過度の負担をかけたことで、筋肉が炎症を起こしたのだろう――と医師は語り、しばらくの安静が必要と言い渡された。
数日後、ユリちゃんから一家宛てに礼状が届いた。
「先日は、突然、お邪魔をして、ご迷惑をおかけしました」という内容だった。中に、ひと言だけ、私の左脚を労わる言葉が記されてあった。
「アキ兄さんの左脚が、一日も早く回復しますように。また、広島を通る際には、ぜひ、我が家にお立ち寄りください」
しかし、私が広島に立ち寄る機会はやって来なかった。
夏休みが終わって四国へ帰るときには、門司から関西汽船で松山へ直行した。
翌年の夏休みは、受験勉強に追われ、その翌年には横浜の大学へ進学して、広島は単なる通過駅になってしまった。
通過駅になってしまったのは、途中下車する「理由」がないからでもあった。何か理由をつけない限り、列車を下りて広島に立ち寄るというわけにはいかない。「理由」を求めるのは、どこかに後ろめたさを感じているからでもあった。
柳川で、妹・加奈が「好きな人、おらんのやて、お兄ちゃん」と、余計なひと言を発したあのとき、「それがどうした、関係なか」と口走ってしまったことが、どこかで引っかかっていた。「関係ない」と突っぱねたことを、いまさらひっくり返すわけにもいかない。そんな意地がどこかにあった。

ユリちゃんは、高校生になった。地元の短大に進んだんだって。ますますきれいになったらしいよ。
帰省するたびに、母親は私にユリちゃんの近況を聞かせてくれた。
私が大学を卒業して、出版社に就職した年には、ユリちゃんは、地元・広島で何かの「ミス」に選ばれた。その翌年には、航空会社に客室乗務員として採用された。
ユリちゃんは、「美しい女性」が上っていく階段を、順調に上っているように見えた。
そうして母親からもたらされる「ユリちゃんニュース」を耳にする度に、ユリちゃんは、私からは遠い存在になっていった。
「ユリちゃん、結婚したとよ」
正月に帰省した私が、母親から聞かされたのは、すでに20代の後半にさしかかる頃だった。
「相手は、同じ航空会社のパイロットやて。よかねェ……」
母親がどんな想いで「よかねェ」と言ったのか、私には、見当がつかなかった。
美女として成長したユリちゃんがエリート男性と結ばれたことを、うらやんでの「よかねェ」なのか? それとも、どこかで母親は、私とユリちゃんが結ばれることを期待していたのに、「あんたがグスグズしとるから、取られてしもうたやないね」と、私を悔しがらせるための「よかねェ」だったのか?
いまとなっては、それはわからない。
しかし、「結婚した」というニュースとともに、美しい従妹・ユリという名前を頭の中で思い起こす機会は、ほとんどなくなってしまった。
それから2年ほど経ったある日、私は思いがけない電話をオフィスで受けた。

「もしもし、アキ兄さんですか? 私、ユリです。覚えてますか? 旧姓・森高で、いまは……」
「あ、わかるよ。ユリちゃんだよね」
「ああ、よかった。実はね、私、いま、東京なんです」
「エッ……!?」
「エッと……私、結婚してて……」
「ウン、それも聞いてる」
「実は、主人の転勤で、去年の暮れにこっちに引っ越してきたんです」
その口から「主人」という言葉が飛び出したことに、私は、ちょっと動揺した。私の脳の中に残っているおかっぱ頭の中学生・ユリの残像とその口から発せられる「主人」という言葉が、どうしても結びつかなかった。
「あの……実は、いま、用事で神田に出て来てるんです。以前、いただいた年賀状に書いてあったオフィスの住所って、もしかしたら、この辺りかな……って思って」
結婚した――と知らされてから、ユリちゃん宛てには、年賀状を出してない。しかし、それまでは、毎年、年賀状だけは出していた。そこに、会社の住所も書いておいた。それを、書き留めておいてくれたのだろう。まだ、忘れられてはいなかったのだと思って、どこか気持ちがホッとした。
「まだ、ご挨拶もしてなかったので、よかったら、どこかでお茶でも……と思って」
「エーと、ご主人も一緒?」
「ウウン。主人は、いま勤務中。今頃、どこか海外じゃないですか」
そうだ、彼女の夫は、パイロットだった――と思い出した。
「よかった。いま、ちょうど締切明けで、ちょっとヒマだから……」
神保町交差点近くの、昔ながらの純喫茶を指定して、オフィスを飛び出した。
息を切らせて、約束の喫茶店に飛び込むと、店内を見渡した。
2階席の窓際に、チョコンと座っている女性がいた。やわらかなベージュのワンピース姿。肩にふんわりと載ったウエーブのかかった髪。
外見は、13年前とは変わっていた。
しかし、それがだれであるか、私にはすぐにわかった。
「お待たせ……」
そう言って、彼女の前に回り込んだ瞬間、私は思わず、息を呑んだ。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。
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チャボのラブレター (マリアたちへ)
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