美しすぎる従妹〈8〉 小さなウソ

「好きな人、おると?」――妹が繰り出した質問に、ユリちゃんは
「おらん」と小さく首を振った。しかし、それはウソだった。
彼女がついた小さなウソ。その理由は――
マリアたちへ 第18話
美しすぎる従妹〈8〉
前回までのあらすじ その小さな手が、どんなに懸命に私の手を握り締めていたか? その感触を、私はいまでも覚えている。それから10年、高校生になった私は、自転車で郷里・福岡へ帰る旅の途中、広島に立ち寄った。従妹・ユリは、美しい中学生に育っていた。叔父に言われて、私にビールを注いでくれるユリ。そのムームーからのぞく胸元に、私は、ふくらみ始めた蕾を見た。私にビールをすすめながら、叔父は、政治や世界情勢について熱く語りかけてくる。ふたりの話が熱を帯びる様子を、ユリは、興味深そうに見ている。そこへ真人が帰って来た。快活で勝気なユリと、引っ込み思案な兄・真人。ふたりは、性格が正反対の兄妹だった。翌朝、私は九州へ向けて、広島を出発した。岩国の錦帯橋まで、叔父に言われた真人が伴走し、錦帯橋で弁当を広げた。私の弁当はユリのお手製だと言う。「いつかまた、私の手を引っ張ってください」。箸を巻いた紙に、そんなメモが添えてあった。岩国を出ると、山道になる。そこで事故が起こった。後輪のブレーキが焼き切れてしまったのだ。前輪のブレーキだけで走る危険な走行。それでも防府に着き、私は駅の待合室で仮眠をとった。翌日、関門トンネルを抜けて国道3号へ。福岡の実家に着いたのは、広島を出発して28時間後の午後1時だった。私を迎えたのは、妹と母だったが、その奥から「お帰りなさい」と声がした。どうして? と驚く私に、ユリちゃんが言った。「父に様子を見て来いと言われたの」。ペロッと舌を出して、ユリちゃんは、私だけにわかる視線を送ってきた。翌日、私は、妹の加奈とユリちゃんを柳川見物に連れていくことになった。川舟に乗っての掘割めぐり。その舟への乗り降りで、私はユリちゃんの手を引いた。「ありがとう。ユリのお願いを聞いてくれて」と、ユリちゃんがうれしそうに顔を崩した。弁当に添えられた彼女の小さなメモのことを言っているのだった。そんなユリちゃんに、加奈が突然、訊いた。「ユリちゃん、好きな人、おると?」――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
どうしてそういうことを訊くのか?
ユリちゃんは、理解できない――という顔で、加奈の顔をのぞき込んだ。
「おらんと?」
「おらん……」
おかっぱの髪が、彼女の顔の周りをスイングして、頬をなぶった。
それを見て、加奈が私の顔をチラ……と見た。
「おらんのやて、お兄ちゃん」
こいつ、何を考えてる……?
いつもひと言、余計な口をきく妹・加奈。
そのひと言によって、密かに隠しておいたものを暴き出されたような気がして、私は妹の顔をニラみつけた。
「それがどうした。関係なかろうが」
「関係……ないと?」
「ああ、なか!」
自分でも、その口調が強すぎる――と感じた。
口調が強くなったのは、加奈の余計な口出しに対してだった。秘めておくべきものを白日の下にさらけ出そうとするその口出しに、腹を立てていたのだが、もしかしたら……と思ってユリちゃんの顔をチラリと見ると、ユリちゃんは口元をキュッと引き締めたまま、テーブルの上に目を落としていた。

家の父と母に、お土産のせいろ蒸しを買うと、私たちは店を出た。
駅までは、専用のバスが出ているが、どうせなら、街をブラブラ見学しながら歩いて帰ろうということになった。
堀端に立ち並ぶ土産物店などを眺めながら、歩き始めたそのときだった。
私の脚を異変が襲った。
強烈な痛みが大腿四頭筋を襲った。ももが痙攣したような状態になり、一歩も踏み出せなくなった。
「どうしたん……?」
異変に最初に気づいたのは、ユリちゃんだった。
「ご、ごめん。脚がつった……」
顔をゆがめて答えるのがやっとだった。
「エーッ!」と心配そうに顔をのぞき込みながら、ユリちゃんは痛む左脚の側に回り込んで、私の腕をとり、その腕を自分の左肩に誘った。
華奢な肩が、私の左腕の重みを支えた。
小さな肩だ――と感じた。肩から伸びる腕の付け根に、ほんの少しだけ付き始めた脂肪の、わずかばかりの弾力があった。それが、たまらなく愛しいものに感じられた。
「何、脚がつったとね? あげな無茶するけんたい」
原因と結果をユニット家具のようにジョイントして話す妹の口調にウンザリしながら、私は、腕の下で私の体を支えてくれようとする、ユリちゃんの肩のわずかな弾力に救いを求めた。
何とか、脚を前へ運ぼうとした。しかし、それはムリだった。
結局、駅まで歩く計画は断念して、バスで西鉄の駅まで戻ることにして、3人での柳川小旅行は、それで終わりになった。

私の左脚は、電車に乗っている間もつりまくり、家に帰ってからも、ちょっと脚を踏ん張る度に、つった。
寝ている間も、度々、痙攣を起こすので、次の日、病院で診てもらうことになった。
ユリちゃんは、翌日の昼過ぎの急行で広島に帰ることになっていたが、彼女を駅まで送っていくことはできそうになかった。
「ごめんね、ユリちゃん。こんな脚でなかったら、博多駅まで送るとに……」
申し訳なさそうに言う私に、ユリちゃんは「ウウン」と頭を振って言った。
「名誉の負傷やけん、仕方ないよ。脚、早く治るといいね」
「あ、叔父さんたちには、脚のことは言わんといて。恥ずかしいけん」
「どうしようか……」
ユリちゃんは、少しイジワルな顔をして、それから言った。
「お父さんには、様子見て来い、言われとったんじゃけどね。ウン、元気にしよったゆうて、報告しとく」
「ありがとう。でも、ユリちゃんにウソつかせてしまうね」
「もう……ついとるし……」
「エッ……!?」
思わず、顔を見た。
そのときのユリちゃんの顔は、イタズラ好きの魔女のようだった――と記憶している。のぞき込む私の目をまっすぐに見つめる瞳の、黒い輝きの中に、確かに、星のような光があった。その光は、黒目の中を右へ、左へと泳ぎ、褐色の虹彩の陰にヒョイと姿を消した。
「さっきゆうたの、ほんとは……ウソじゃった」
「さっき……?」
「好きなひと、おらんゆうたの、ほんとは……」
「ほんとは、おるん?」
小さなおかっぱの頭が、タテにコクリと動いた。
なんだ、いるんじゃないか――と思っていると、「じゃけど……」と、その口が動いた。
「その人は、たぶん……知らんと思う。うちが勝手に好きなだけじゃけん」
ヘェ、そうなんだ。じゃ、片想い……か?
そのときは、そう思った。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
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チャボのラブレター (マリアたちへ)
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