その小さな「ヨイショ」で、キミよ、世界を救え
小さな愛の「いい話」〈11〉

小柄な体で「ヨイショ、ヨイショ」と患者の世話をする看護師。
そのかわいい「ヨイショ」が、多くの入院患者の
心の支えとなることを願って――。
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「ヨイショ、ヨイショ……」
その小さなかけ声は、カーテンの向こうから聞こえてきました。
「ハ~イ、今度は、左脚を上げてみようね。ヨイショ、ヨイッショ……と」
どうやら、男性の体を車椅子からベッドへ、もしかしたらベッドから車椅子へ――と、移動させているらしい。
「じゃあ、今度は、お尻を動かしますよォ。少しだけ、腰を上げられるかなぁ。ヨイショ、ヨイショ。わぁ、○○さん、重いのねェ。じゃね、私の首につかまって。ウウン、腕を回して、ぎゅ~ってつかまって。そうそう、そうやってつかまっててね。ちょっと、お体、拭き拭きしちゃいますからね。エ、何……」
「ホフェエファン……ヒエイファハファ……ハウファヒィ……」
「ありがとォ、○○さん。○○さんもかっこいいですよォ。あら、○○さん……」
カーテンが、少し揺れています。
その小さなかけ声は、カーテンの向こうから聞こえてきました。
「ハ~イ、今度は、左脚を上げてみようね。ヨイショ、ヨイッショ……と」
どうやら、男性の体を車椅子からベッドへ、もしかしたらベッドから車椅子へ――と、移動させているらしい。
「じゃあ、今度は、お尻を動かしますよォ。少しだけ、腰を上げられるかなぁ。ヨイショ、ヨイショ。わぁ、○○さん、重いのねェ。じゃね、私の首につかまって。ウウン、腕を回して、ぎゅ~ってつかまって。そうそう、そうやってつかまっててね。ちょっと、お体、拭き拭きしちゃいますからね。エ、何……」
「ホフェエファン……ヒエイファハファ……ハウファヒィ……」
「ありがとォ、○○さん。○○さんもかっこいいですよォ。あら、○○さん……」
カーテンが、少し揺れています。

隣の患者がどういう病気なのか、私にはわかりません。
もう、ずいぶん長い間、入院しているようにも見えます。
舌がもつれているところから見ると、脳血管系の疾患かもしれません。
夜には痰がからまるらしく、ゲホゲホ、ヒィー……と咳き込む声に、何度か目を覚まされます。その度に、ナースが駆けつけて来て、痰を吸引し、「大丈夫?」と声をかけ、「ヨイショ」と夜具を直していきます。
その「ヨイショ」を聞くと、なんだか私まで、安らかな気分になって、再び、眠りに落ちるのです。
おばさんが腰を上げたりするときに口にするような「ヨイショ」じゃありません。
ひと言で言うと、かわいい「ヨイショ」です。
何か重いものを持ち上げるときには、「ヨイショッ!」になり、「ガンバって」というときには、「ヨイショ、ヨイショ」とかけ声をかけるふうにも使われます。そして、作業を終えて荷物を片づけるときには、まるで「ヨシッ!」のように自分に向かって言う「ヨイショ」。
3日間、そのベッドで過ごすうちに、私は、いつの間にかその「ヨイショ」が好きになっていました。

私は、その病院に「検査入院」していました。
前立腺にガンの疑いがあるということで、「生検」を受けることになったのです。
検査と言っても、前立腺に直腸から12カ所ほど針を突き刺して組織を採取するわけですから、立派に「手術」です。
腰椎に麻酔を打って行う手術ですから、別に痛くはないのですが、その後、尿道からカテーテルを差し込まれ、ひと晩中、装着したまま、過ごさなくてはなりません。
これが、ちょっとうっとおしい……というか、かなり不快。寝返りを打ったりする度に、カテーテルが引っ張られて、尿道が痛みます。
その不快さに耐えながら過ごすベッドの上で、唯一のなぐさめになったのが、彼女が発するかわいい「ヨイショ」でした。
小柄な体つきの看護師さんでした。
歳の頃は、30代前半ぐらい。少し切れ長の目が、笑うと柔和に溶けるような、愛嬌のある顔をしていました。
残念ながら、検査入院にすぎない私には、彼女の手を借りなければならないような不便はありませんでしたから、間近で彼女の「ヨイショ」に触れる機会はありませんでした。
それでも、退院の朝、カテーテルを尿道から抜き取る作業は、彼女の手に委ねられることになりました。
「さ、カテーテル抜いちゃいますよ。うっとおしいカテーテルともおさらばですね。抜き取るときは、ちょっと気持ちわるい感じがするかもしれないけど、痛くはないと思います。じゃ、いきますね。ヨイショ……」
それが、私が直接耳にする、最初で最後の「ヨイショ」でした。
カテーテルが尿道を抜けて行く感覚は、異物が尿道を駆け抜けるようで、彼女が言うように、確かにちょっと気持ちがわるい。
「痛くはなかったでしょ?」
「出産するのって、こんな感じなのかなぁ」
「甘い! 甘いですよォ、長住さん。産みの苦しみは、そんなものじゃありませんから」
もしかして、あなたはそれを知っているのか――とは、残念ながら訊けませんでした。

その「ヨイショ」を最後に、私は退院することになったわけですが、彼女がかわいく口にした「ヨイショ」は、女性が口にする言葉の中でも、好きなもののひとつです。
繰り返し言いますが、おばさんたちが口にする「ドッコイショ」とは違う「ヨイショ」です。
たぶん、私がその言葉に心を動かされるのは、そこに、小さな体で懸命に物事を成し遂げようとする健気さが感じられるからだろうと思います。
「退院、おめでとうございます。どうぞお大事に」
ナースステーションの前で見送ってくれた彼女に、「お世話になりました」と頭を下げながら、私は、願わずにいられませんでした。
どうぞ、その「ヨイショ」で、これからも多くの人の魂を救ってくださいね――と。
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『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。
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チャボのラブレター (マリアたちへ)
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