美しすぎる従妹〈6〉 いるはずのない人

関門トンネルを抜け、国道3号を走って福岡に到着したのは、
広島を出発して28時間後の午後1時だった。「お帰りなさい」。
元気な声で迎えてくれたのは、予期しない人だった――
マリアたちへ 第18話
美しすぎる従妹〈6〉
前回までのあらすじ その小さな手が、どんなに懸命に私の手を握り締めていたか? その感触を、私はいまでも覚えている。それから10年、高校生になった私は、自転車で郷里・福岡へ帰る旅の途中、広島に立ち寄った。従妹・ユリは、美しい中学生に育っていた。叔父に言われて、私にビールを注いでくれるユリ。そのムームーからのぞく胸元に、私は、ふくらみ始めた蕾を見た。私にビールをすすめながら、叔父は、政治や世界情勢について熱く語りかけてくる。ふたりの話が熱を帯びる様子を、ユリは、興味深そうに見ている。そこへ真人が帰って来た。快活で勝気なユリと、引っ込み思案な兄・真人。ふたりは、性格が正反対の兄妹だった。翌朝、私は九州へ向けて、広島を出発した。岩国の錦帯橋まで、叔父に言われた真人が伴走し、錦帯橋で弁当を広げた。私の弁当はユリのお手製だと言う。「いつかまた、私の手を引っ張ってください」。箸を巻いた紙に、そんなメモが添えてあった。岩国を出ると、山道になる。そこで事故が起こった。後輪のブレーキが焼き切れてしまったのだ。前輪のブレーキだけで走る危険な走行。それでも防府に着き、私は駅の待合室で仮眠をとった。明け方、だれかに肩を叩かれた。そこにいたのは、制服姿のユリだった――
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このシリーズは、筆者がこれまでに出会ってきた思い出の女性たちに捧げる「ありがとう」の短編集です。いま思えば、それぞれにマリアであった彼女たちに、心からの感謝を込めて――。

前回分から読みたい方は、こちらからどうぞ。
駅のトイレで顔を洗い、歯を磨き、売店で牛乳とパンを買って腹ごしらえをすませると、5時30分だった。
早朝の涼しいうちに、できるだけ距離を稼ごう。
よし、出発!
駅前に停めておいた自転車に荷物を積んで、再びペダルを踏み込んだ。
防府の市街地を抜けると、すぐ小郡町(現在は山口市)に入り、そこを抜けると、国道2号は再び、丘陵地帯に入った。
宇部―小野田(現・山陽小野田市)と、山道が続く。しかし、岩国―徳山間ほどの険しい勾配ではない。何とか、自転車を下りずに漕ぎ上ることができた。
厚狭を過ぎると、道は瀬戸内の海に向かって一気に下り、海岸沿いの道となる。そこからは、もう下関市だ。
左手に周防灘を見ながら、潮風を受けてペダルを踏む。やがて遠浅の小月の海に出る。そして、水族館のある長府。中学生時代に訪れたことのある、見覚えのある風景。やっと帰って来た――という安堵感が湧いてきて、ペダルを漕ぐ足に力が加わる。
9時ちょっと。関門国道トンネル入り口に到着。エレベーターに自転車を乗せて歩道に下り、本州に別れを告げる。
トンネルを下り、そして上り、門司の出口に出ると、そこからは国道3号だ。
残り、約80キロ。
溶鉱炉の立ち並ぶ北九州の工業地帯を横目に折尾へ抜け、遠賀郡、宗像郡の海辺の街を走り抜けて、多々良川を渡ると、福岡の市街地だ。
やっと着いた。
福岡市南部の実家へ帰り着いたのは、午後1時を回った頃だった。
脚が痙攣を起こしそうになっていた。

自転車を車庫の隅に置き、荷台に括りつけた荷物をほどいていると、玄関のドアが開いた。
「お兄ちゃん、帰ってきたよ」
物音を聞きつけて最初に声を挙げたのは、妹の加奈だった。
その後ろから、母親が「ようやっと帰ってきたとね」と顔を出した。
「まったく、広島にまで心配かけてから……」
「心配? 心配やらさせとらんよ。叔父さんも、叔母さんも……」
荷物を玄関に運びながら、そう言いかけたときだった。
「お帰りなさい」
玄関の奥から、そこにいるはずのない人の声がした。
「エッ……? な、なんで……?」
一瞬、声を失った。
前日の朝、広島で「いってらっしゃ~い!」と私を見送ってくれたばかりのユリちゃんが、クスッと笑ってそこに立っていた。
「昨日の夜行で、こっちに来たんよ」
「あ、前から、夏休みに遊びにおいで――って言うとったと。別に、お兄ちゃんに会いに来たわけやないけんね」
加奈が、こまっしゃくれた憎まれ口をきく。
いつも、こいつはそうだ――とニラみつけていると、ユリちゃんが後ろで、私だけにわかるように首を振って見せた。
「お父さんが……あ、父が、どうせなら、アキちゃんの先回りして、様子見てきたらどうじゃ――って。うちの父、口には出さんけど、けっこう、心配やったみたいで……」
そうなんだ――と思った。「もう、高校生なんだから」とビールまで飲ませたのに、ほんとは心配してたんだ、と思うと、なんだか、申し訳ないような、少し自分が情けないような気がした。
「ということは……」と、私は思った。
「もしかして、その夜行、防府にも停まった?」
「ウン、停まった……かな」
「何時ごろ?」
「たぶん……4時ちょっと前ぐらい」
「そこで、途中下車とかしなかった? 売店で何か買った――とか?」
「ウウン。一度も、外には出んかったよ。なんで……?」
「あ、いや。防府の待合室で仮眠とったとやけど、そのとき、だれかに声かけられたような気がしたもんやけ」
「お兄ちゃん、夢でも見とったっちゃないと」
横からまた、加奈が余計な口を挟んだ。

「後で、広島に電話かけときんしゃい。叔母ちゃんたち、心配してござったけん」
母親に言われて、着替えをすませると、電話機に手を伸ばした。
出たのは、叔母さんだった。
「お陰さまで、無事、福岡に到着しました。ご心配おかけしました」
型通りのお礼を言うと、叔母が言った。
「私は、AKIちゃんなら大丈夫よ――と言うたんやけど、お父さんが心配しとってな。あ、そうそう。ユリがおじゃましとりますけん、AKIちゃん、ユリをよろしゅうお願いしますね」
「ハイ」と答えながら、ちょっとだけ、「ン……?」と思った。「ユリをよろしく」とはどういうことだろう?
しかし、それは、だれにも訊けない疑問だった。
「叔父さんにも、どうかよろしくお伝えください」と言って電話を切ると、改めて、ユリちゃんに「ありがとう」とお礼を言った。
何のこと?――という顔をしているので、手で弁当箱の形を作りながら言った。
「ユリちゃんが作ってくれた弁当、おいしかった」
「ほんと?」と、恥ずかしそうな顔をする。
「あれ、どこで食べたん?」
「錦帯橋で、真人ちゃんと一緒に。詰め方もおしゃれやったし、それに……箸の巻帯にも、ちょっと感動した」
巻帯に書かれたメッセージのことを言っている――とわかったのだろう。ユリちゃんは、耳の縁をほんのり赤く染めながら、舌をペロッと出した。
「そうそう、真人ちゃん、大丈夫やった? だいぶ、走らせてしもうたけど……」
「脚が痛い、言うてた。往復で、80キロぐらいしか走ってないのに。AKI兄ちゃんは、脚、大丈夫?」
「ウン、少し張ってるけど、大丈夫」
「よかった。明日、加奈ちゃんと一緒に柳川まで行くんやけど、よかったら、一緒に行ってくれる?」
「おお、よかね、それ」と答えながら、「なんだ、加奈も一緒か」と、胸の中でつぶやいた。
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シリーズ「マリアたちへ」Vol.1
『チャボのラブレター』
2014年10月リリース
Kidle専用端末の他、アプリをダウンロードすれば、スマホでもPCでも、ご覧いただけます。
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チャボのラブレター (マリアたちへ)
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